雪の女王
SNEDRONNINGEN
七つのお話でできているおとぎ物語
ハンス・クリスティアン・アンデルセン Hans Christian Andersen
楠山正雄訳


 第一だいいちのおはなし

   かがみとそのかけらのこと


 さあ、きいていらっしゃい。はじめますよ。このおはなしを おしまいまできくと、だんだんなにかが はっきりしてきて、つまり、それが わるい魔法使まほうつかいのおはなしであったことがわかるのです。この魔法使まほうつかいというのは、なかまでも いちばん いけないやつで、それこそ まがいなしの「悪魔あくま」でした。
 さて、ある日のこと、この悪魔あくまは、たいそうな ごきげんでした。というわけは、それは、かがみをいちめんつくりあげたからでしたが、そのかがみというのが、どんな けっこうな うつくしいものでも、それにうつると、ほとんど ないも どうぜんに、ちぢこまってしまうかわり、くだらない、みっともない ようすのものにかぎって、よけいはっきりと、いかにも にくにくしく うつるという、ふしぎな せいしつを もったものでした。どんな うつくしい けしきも、このかがみにうつすと、くたらした ほうれんそう のように見え、どんなに りっぱな ひとたちも、いやな かっこうになるか、どうたいのない、あたまだけで、さかだちするかしました。かおちがえるほど ゆがんでしまい、たった、ひとつぼっちの そばかすでも、はなくちいっぱいにおおきくひろがって、うつりました。
「こりゃ おもしろいな。」と、その悪魔あくまは いいました。ここに、たれかが、やさしい、つつましいこころをおこしますと、それがかがみには、しかめっつらに うつるので、この魔法使の悪魔は、じぶんながら、こいつはうまい発明はつめいだわいと、つい わらいださずには、いられませんでした。
 この悪魔あくまは、魔法まほう学校がっこうを ひらいていましたが、そこに かよっている生徒せいとどもは、こんど ふしぎなものが あらわれたと、ほうぼう ふれまわりました。
 さて、このかがみができたので、はじめて世界せかい人間にんげんの ほんとうの すがたが わかるのだと、この れんじゅう【れんちゅう】は ふいちょう【いふらす】して あるきました。で、ほうぼうへそのかがみを もちまわった ものですから、とうとう おしまいには、どこのくにでも、どのひとでも、そのかがみに めいめいの、ゆがんだ すがたを みないものは、なくなってしまいました。こうなると、にのった悪魔あくまの でし【先生せんせいについておしえをけるひと】どもは、てんまでものぼっていって、天使てんしたちやかみさままで、わらいぐさ【わらもの】に しようと おもいました。
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ところで、たかたかくのぼってけば、くほど、そのかがみは よけいひどく、しかめっつらをするので、さすがの悪魔あくまも、おかしくて、もっていられなくなりました。でもかまわず、たかたかくとのぼっていって、もうかみさまや天使てんしのお住居すまいちかくなりました。すると、かがみは あいかわらず、しかめっつらしながら、はげしく ぶるぶる ふるえだしたものですから、ついに悪魔あくまどものから、うえへおちて、何千万なんぜんまん何億万なんおくまん、というのではたりない、たいへんなかずに、こまかく くだけて、とんでしまいました。ところが、これがため、よけい下界げかいの わざわいに なったというわけは、かがみのかけらは、せいぜいすなつぶくらいのおおきさしかないのが、世界せかいじゅうに とびちって しまったからで、これがひとにはいると、そのまま そこに こびりついて しまいました。すると、そのひとたちは、なんでもものをまちがってみたり、ものごとの わるいほうだけを みるようになりました。それは、そのかけらが、どんな ちいさなものでも、かがみがもっていた ふしぎなちからを、そのまま、まだ のこして もっていたからです。なかにはまた、ひとの しんぞうに はいったものがあって、その しんぞうを、こおりのかけらのように、つめたいものに してしまいました。そのうち いくまいかおおきなかけらもあって、まどガラスに使つかわれるほどでしたが、そんなまどガラスのうちから、おともだちを のぞいてみようとしても、まるで だめでした。ほかのかけらで、めがねにもちいられたものもありましたが、このめがねをかけて、ものただしく、まちがいのないようにようとすると、とんだ さわぎが おこりました。悪魔あくまはこんなことを、たいへん おもしろがって、おなかをゆすぶって、くすぐったがって、わらいました。ところで、ほかにもまだ、こまかいかけらは、そらのなかに ただよっていました。さあ、これからがおはなしなのですよ。



 だいのおはなし

   おとこおんな


 たくさんのいえがたてこんで、おおぜいひとが すんでいる おおきなまちでは、たれでも、にわにするだけの、あきを もつわけには いきませんでした。ですから、たいてい、植木うえきばちのはなをみて、まんぞくしなければ なりませんでした。
 そういうまちに、ふたりの まずしい こどもが すんでいて、植木うえきばちよりも いくらかおおきなはなぞのを もっていました。
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その ふたりの こどもは、にいさんでもいもうとでも ありませんでしたが、まるで ほんとうの きょうだいのように、なかよくしていました。そのこどもたちの両親りょうしんは、おむこうどうし【ともにつまいえはいった婿むこ】で、そのんでいる屋根やねうらべやは、二軒にけんいえ屋根やね屋根やねとがくっついたところに、むかいあっていました。そのしきりのところには、一本いっぽんあまどいがとおっていて、両方りょうほうから、ひとつずつ、ちいさなまどが、のぞいていました。で、とい を ひとまたぎ しさえすれば、こちらのまどからむこうのまどへいけました。
 こどものおやたちは、それぞれはこまどそとにだして、台所だいどころでつかうお野菜やさいをうえておきました。そのほかに ちょっとしたばら をひとうえておいたのが、みごとにそだって、いきおいよく のびていました。ところでおやたちの おもいつきで、そのはこを、といをまたいで、よこにならべておいたので、はこまどまどとのあいだで、むこうから こちらへと、つづいて、そっくり、きのいいはなのかべを、ふたつならべたようにえました。えんどうまめのつるは、はこからしたのほうに たれさがり、ばらは、いきおいよくながえだをのばして、それがまた、両方りょうほうまどにからみついて、おたがいに おじぎを しあっていました。まあはな青葉あおばでこしらえた、アーチのようなものでした。そのはこは、たかところにありましたし、こどもたちは、そのうえに はいあがっては いけないのを しっていました。そこで、まどから屋根やねて、ばらのはなしたにある、ちいさな こしかけに、こしをかける おゆるしをいただいて、そこで おもしろそうに、あそびました。
 ふゆになると、そういう あそびも だめになりました。まどはどうかすると、まるっきり こおりついて しまいました。そんなとき、こどもたちは、だんろのうえ銅貨どうかをあたためて、こおったまどガラスに、この銅貨どうかをおしつけました。すると、そこに まるい、まんまるい、きれいな のぞきあなが できあがって、この あなのむこうに、両方りょうほうまどからひとつずつ、それはそれは うれしそうな、やさしいが ぴかぴかひかります、それがあのおとこと、おんなでした。おとこカイおんなゲルダといいました。なつのあいだは、ただひとまたぎで、いったりきたり したものが、ふゆになると、ふたりの こどもは、いくつも、いくつも、はしごだんを、おりたり あがったり しなければ、なりませんでした。
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そとには、ゆきがくるくるっていました。
「あれはね、しろいみつばちが あつまって、とんでいるのだよ。」と、おばあさんがいいました。
「あのなかにも、女王じょうおうばちがいるの。」と、おとこはたずねました。このは、ほんとうの みつばちに、そういうもののいることを、しっていたのです。
「ああ、いるともさ。」と、おばあさんは いいました。「その女王じょうおうばちは、いつも たくさん なかまの あつまっているところに、とんでいるのだよ。なかまのなかでも、いちばん からだがおおきくて、けっしてしたに じっとしてはいない。すぐとくろくものなかへ とんで はいってしまう。ま夜中よなかに、いくばんも、いくばんも、女王じょうおうまちとおりからとおりへ とびまわって、まどのところをのぞくのさ。すると ふしぎと そこでこおってしまって、まどはなを ふきつけたように、えるのだよ。」
「ああ、それ、みたことがありますよ。」と、こどもたちは、くちをそろえてさけびました。そして、すると、これは ほんとうのはなしなのだ、と おもいました。
ゆき女王じょうおうさまは、うちのなかへも はいってこられるかしら。」と、おんながたずねました。
「くるといいな。そうすれば、ぼく、それを あたたかいストーブのうえにのせてやるよ。すると女王じょうおうは とろけてしまうだろう。」と、おとこがいいました。
 でも、おばあさんは、おとこのかみのをなでながら、ほかのおはなしをしてくれました。
 その夕方ゆうがたカイはうちにいて、着物きもの半分はんぶんぬぎかけながら、ふと おもいついて、まどのそばの、いすのうえにあがって、れいの ちいさな のぞきあなから、そとをながめました。おもてには、ちらちら、こなゆきっていましたが、そのなかでおおきなかたまりが ひとひら、植木箱うえきばこのはしに おちました。すると みるみるそれは おおきくなって、とうとうそれが、まがいのない【まちがいなく】、わかい、ひとりのおんなひとになりました。もう何百万なんびゃくまんというかずの、ほしのようにひかるこなゆきった、うすいしろしゃ着物きものていました。
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やさしいおんな姿すがたはしていましたが、こおりのからだを していました。ぎらぎらひかる こおりのからだをして、そのくせきているのです。そのは、あかるいほしを ふたつならべたようでしたが、おちつきもやすみもないでした。おんなは、カイのいるまどのほうに、うなずきながら、まねぎしました。カイはびっくりして、いすからとびおりて しまいました。すぐそのあとで、おおきなとりが、まどそとをとんだような、けはいが しました。
 そのあくるは、からりとした、霜日しもびより【しもりたあとの、いい天気てんき】でした。――それからは、にまし、ゆきどけの ようき になって、とうとうはるが、やってきました。おさまは あたたかに、りかがやいて、みどりがもえだし、つばめをつくりはじめました。あのむかいあわせの屋根やねうらべやのまども、また、あけひろげられて、カイゲルダとは、アパートのてっぺんの屋根上やねうえあまどいの、ちいさなはなぞので、ことしも あそびました。
 このなつは、じつにみごとに、ばらのはなが さきました。おんなゲルダは、ばらのことの うたわれている、さんびをしっていました。そして、ばらのはなというと、ゲルダはすぐ、じぶんのはなぞのの ばらのことを かんがえました。ゲルダは、そのさんびを、カイにうたってきかせますと、カイもいっしょに うたいました。

「ばらのはな さきてはちりぬ
 おさなごエス やがてあおがん」

 ふたりのこどもは、をとりあって、ばらのはなにほおずりして、かみさまの、みひかりのかがやく、おさまをながめて、おさなごエスが、そこに、おいでになるかのように、うたいかけました。なんという、たのしいなつだったでしょう。いきいきと、いつまでも さくことを やめないようにみえる、ばらのはなのにおいと、のみどりにつつまれた、この屋根やねうえは、なんて いいところでしたろう。
 カイゲルダは、ならんでけて、けものやとりのかいてある、絵本えほんをみていました。ちょうどそのとき――おてらの、おおきなとううえで、とけいが、いつつうちましたが――カイは、ふと、
「あッ、なにか ちくりと むねにささったよ。それから、にも なにか とびこんだようだ。」と、いいました。
 あわてて、カイのくびを、ゲルダがかかえると、おとこをぱちぱち やりました。でも、のなかには なにもみえませんでした。
「じゃあ、とれてしまったのだろう。」と、カイはいいましたが、それは、とれたのではありませんでした。カイにはいったのは、れいのかがみから、とびちった かけらでした。そら、おぼえているでしょう。
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あのいやな、魔法まほうかがみのかけらで、そのかがみにうつすと、おおきくて いいものも、ちいさく、いやなものに、みえるかわり、いけない わるいものほど、いっそう きわだって わるくえ、なんによらず、物事ものごとあらが、すぐめだってえるのです。かわいそうに、カイは、しんぞうに、かけらがひとつ はいってしまいましたから、まもなく、それはこおりのかたまりのように、なるでしょう。それなり、もう いたみはしませんけれども、たしかに、しんぞうのなかにのこりました。
「なんだって べそをかくんだ。」と、カイはいいました。「そんなみっともないかおをして、ぼくは、もうどうもなってやしないんだよ。」
「チェッ、なんだい。」こんなふうに、カイはふいに、いいだしました。「あのばらはむしがくっているよ。このばらも、ずいぶん へんてこなばらだ。みんな きたならしい ばら だな。わっているはこはこなら、はなはなだ。」
 こういって、カイは、あし植木うえきはこをけとばして、ばらのはなを ひきちぎって しまいました。
カイちゃん、あんた、なにをするの。」と、ゲルダはさけびました。
 カイは、ゲルダのおどろいたかおをみると、また ほかのばらのはなを、もぎりだしました。それから、じぶんのうちのまどなかにとびこんで、やさしいゲルダとも、はなれてしまいました。
 ゲルダが そのあとで、絵本えほんをもって あそびにきたとき、カイは、そんなもの、かあさんに だっこされている、あかんぼの みるものだ、といいました。また、おばあさまがおはなしをしても、カイは のべつに【ひっきりなしに】「だって、だって。」とばかり いっていました。それどころか、すきをみて、おばあさまの うしろにまわって、がねをかけて、おばあさまくちまねまで、してみせました。しかも、なかなか じょうずに やったので、みんなは おかしがって わらいました。まもなくカイは、まちじゅうのひとたちの、ぶりやくちまねでも、できるようになりました。なんでも、ひとくせ かわったことや、みっともないことなら、カイはまねすることを おぼえました。
「あのはきっと、いい あたまなのに ちがいない。」
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と、みんないいましたが、それは、カイのなかにはいったかがみのかけらや、しんぞうのおくふかくささった、かがみのかけらの させることでした。そんなわけで、カイは まごころを ささげて、じぶんをしたってくれるゲルダまでも、いじめだしました。
 カイのあそびも、すっかりかわって、ひどく こましゃくれた【子供こどもへん大人おとなぶって生意気なまいき言動げんどう】ものになりました。――あるふゆ、こなゆきがさかんにいくるっているなかで、カイおおきな虫目むしめがねをもって、そとに でました。そしてあおい うわぎのすそを ひろげて、そのうえに ふってくるゆきを うけました。
「さあ、このがねのところから のぞいてごらん、ゲルダちゃん。」と、カイはいいました。なるほど、ゆきのひとひらが、ずっとおおきくえて、みごとにひらいたはなか、六角ろっかくほしのようで、それは まったく うつくしいもので ありました。
「ほら、ずいぶん たくみに できているだろう。ほんとうのはななんかるよりも、ずっと おもしろいよ。かけたところなんか、ひとつだってないものね。きちんとかたちをくずさずにいるのだよ。ただ とけさえ しなければね。」と、カイはいいました。
 そののち まもなく、カイは あついぶくろをはめて、そりをかついで、やってきました。そしてゲルダにむかって、
「ぼく、ほかのこどもたちの あそんでいる、ひろばのほうへ いってもいいと、いわれたのだよ。」と、ささやくと、そのまま いってしまいました。
 そのおおきなひろばでは、こどもたちのなかでも、あつかましいのが、そりを、おひゃくしょうたちの馬車ばしゃの、うしろに いわえつけて【むすんで】、じょうずに馬車ばしゃといっしょに すべっていました。これは、なかなか おもしろいことでした。こんなことで、こどもたちたれも、むちゅうになって あそんでいると、そこへ、いちだい、おおきなそりが やってきました。それは、まっしろにぬってあって、なかにたれだか、そまつなしろ毛皮けがわにくるまって、しろい そまつな ぼうしを かぶったひとがのっていました。そのそりは二回にかいばかり、ひろばを ぐるぐるまわりました。
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そこでカイは、さっそくそれに、じぶんの ちいさなそりを、しばりつけて、いっしょに すべっていきました。そのおおそりは、だんだんはやくすべって、やがて、つぎの大通おおどおりを、まっすぐに、はしっていきました。そりを はしらせていたひとは、くるりとふりかえって、まるでよくカイをしっているように、なれなれしいようすで、うなずきましたので、カイは つい そりをとくのを やめてしまいました。こんなぐあいにして、とうとうそりはまちもんのそとに、でてしまいました。そのとき、ゆきが、ひどくふってきたので、カイはじぶんののさきも みることが できませんでした。それでもかまわず、そりは はしっていきました。カイはあせって、しきりと つなをうごかして、そのおおそりから はなれようとしましたが、そりは しっかりとおおそりに しばりつけられていて、どうにもなりませんでした。ただもう、おおそりにひっぱられて、かぜのように とんでいきました。カイ大声おおごえをあげて、すくいを もとめましたが、たれのみみにも、きこえませんでした。ゆきは ぶっつけるように ふりしきりました。そりはまえまえへと、とんでいきました。ときどき、そりが とびあがるのは、いけがきや、おほりのうえを、とびこすのでしょうか、カイは まったく ふるえあがって しまいました。しゅの おいのりを しようとおもっても、あたまに うかんでくるのは、かけざんの九九くくばかりでした。
 こなゆきのかたまりは、だんだんおおきくなって、しまいには、おおきなしろい にわとりのように なりました。ふとそのゆきのにわとりが、りょうがわに とびたちました。とたんに、おおそりは とまりました。そりを はしらせていたひとが、たちあがったのをると、毛皮けがわの がいとう も ぼうし も、すっかりゆきで できていました。それはすらりと、たかい、のくらむようにまっしろおんなひとでした。それがゆき女王じょおうだったのです。
「ずいぶん よく はしったわね。」と、ゆき女王じょおうはいいました。「あら、あんた、ふるえているのね。わたしのくまの毛皮けがわにおはいり。」
 こういいながら女王じょおうは、カイを じぶんのそりにいれて、かたわらに すわらせ、カイのからだに、その毛皮けがわをかけてやりました。
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するとカイは、まるで ゆきのふきつもったなかに、うずめられたように感じました。
「まださむいの。」と、女王じょおうはたずねました。それからカイのひたいに、ほおを つけました。まあ、それは、こおりよりももっとつめたいかんじでした。そして、もう半分はんぶんこおりのかたまりに なりかけていた、カイのしんぞうに、じいんと しみわたりました。カイはこのままんでしまうのではないかと、おもいました。――けれど、それもほんのわずかのあいだで、やがてカイは、すっかり、きもちがよくなって、もうのまわりの さむさなど、いっこうにならなくなりました。
「ぼくのそりは――ぼくのそりを、わすれちゃいけない。」
 カイがまず第一だいいちにおもいだしたのは、じぶんの そりのことで ありました。そのそりは、しろいにわとりのうちの一わに、しっかりと むすびつけられました。このにわとりは、そりを せなかにのせて、カイのうしろで とんでいました。ゆき女王じょおうは、またもういちど、カイに ほおずりしました。それで、カイは、もう、かわいらしいゲルダのことも、おばあさまのことも、うちのことも、なにもかも、すっかりわすれてしまいました。
「さあ、もうほおずりは やめましょうね。」と、ゆき女王じょおうはいいました。「このうえすると、おまえなせてしまうかもしれないからね。」
 カイ女王じょおうをみあげました。まあ その うつくしいことといったら。カイは、これだけかしこそうな りっぱなかおがほかにあろうとは、どうしたって おもえませんでした。いつかまどのところにきて、まねきしてみせたときとちがって、もうこの女王じょおうが、こおりでできているとは、おもえなくなりました。カイには、女王じょおうは、もうしぶんなく かんぜんで、おそろしい などとは、かんじなくなりました。それで うちとけて、じぶんは分数ぶんすうまでも、あんざんで、できることや、じぶんのくにが、いく平方へいほうマイルあって、どのくらいの人口じんこうがあるか、しっていることまで、はなしました。女王じょおうは、しじゅう、にこにこして、それをきいていました。それが、なんだ、しっていることは、それっぱかしかと、いわれたようにおもって、あらためて、ひろいひろい大空おおぞらをあおぎました。すると、女王じょおうカイをつれて、たかくとびました。
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たか黒雲くろくもうえまでも、とんできました。あらしは ざあざあ、ひゅうひゅう、ふきすさんで、むかしうたでも うたっているようでした。女王じょおうカイは、もりや、みずうみや、うみや、りくうえを、とんできました。したのほうでは、つめたいかぜがごうごううなって、おおかみ の むれが ほえたり、ゆきが しゃっしゃっと きしったりして、そのうえに、まっくろなからすがカアカアないて とんでいました。しかし、はるかうえのほうには、おつきさまが、おおきくこうこうと、っていました。このおつきさまを、ながいながいふゆよるじゅう、カイは ながめて あかしました。ひるになると、カイ女王じょおうあしもとで ねむりました。



   第三だいさんのおはなし

     魔法まほう使つかえるおんなはなぞの


 ところで、カイが、あれなり かえってこなかったとき、あのおんなゲルダは、どうしたでしょう。カイは まあ どうしたのか、たれも【だれも】 しりませんでした。なんのがかりも えられませんでした。こどもたちのはなしでわかったのは、カイが よそのおおきなそりに、じぶんの そりを むすびつけて、まちをはしりまわって、まちもんから そとへ でていったと いうことだけでした。さて、それからカイが どんなことに なってしまったか、たれも【だれも】 しっているものは ありませんでした。いくにんものひとのなみだが、こののために、そそがれました。そして、あのゲルダは、そのうちでも、ひとり、もう ながいあいだ、むねの やぶれるほどに なきました。――みんなのうわさでは、カイまちのすぐそばをながれているかわにおちて、おぼれて しまったのだろう と いうことでした。ああ、まったく ながいながい、いんきなふゆでした。
 いま、はるはまた、あたたかいおさまのひかりと つれだって やってきました。
カイちゃんはんでしまったのよ。」と、ゲルダはいいました。
「わたしは そう おもわないね。」と、おさまが いいました。
カイちゃんはんでしまったのよ。」と、ゲルダつばめに いいました。
「わたしは そうおもいません。」と、つばめたちは こたえました。そこで、おしまいに、ゲルダは、じぶんでも、カイんだのではないと、おもうように なりました。
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「あたし、あたらしいあかいくつを おろすわ。あれはカイちゃんの まだみなかった くつよ。あれをはいてかわへおりていって、カイちゃんのことを きいてみましょう。」と、ゲルダは、あるあさいいました。で、あさはやかったので、ゲルダは まだねむっていたおばあさまに、せっぷんして、あかいくつをはき、たったひとりぼっちで、まちもんて、かわのほうへ あるいていきました。
かわさん、あなたが、わたしの すきな おともだちを、とっていってしまった というのは、ほんとうなの。このあかいくつをあげるわ。そのかわり、カイちゃんを かえしてね。」
 するとかわみずが、よしよし というように、みょうになみだって みえたので、ゲルダは じぶんの もっているもののなかで いちばんすきだった、あかいくつを ぬいで、ふたつとも、かわのなかに なげこみました。ところが、くつはきしちかくに おちたので、さざなみがすぐ、ゲルダっているところへ、くつを はこんで きてしまいました。まるでかわは、ゲルダから、いちばん だいじなものを もらうことを のぞんで いないようにえました。なぜなら、かわカイを かくしては いなかったからです。けれど、ゲルダは、くつを もっと とおくのほうへ なげないから いけなかったのだと おもいました。そこで、あしの しげみに うかんでいた小舟こぶねに のりました。そしてふねの いちばん はしへ いって、そこから くつを なげこみました。でも、小舟こぶねは しっかりときしに もやって【つなめて】なかったので、くつを なげるので うごかした ひょうしに、きしから すべりして しまいました。それにがついて、ゲルダは、いそいで ひっかえそうと しましたが、小舟こぶねの こちらのはしまで こないうちに、ふね二三尺にさんじゃく【60㎝~90㎝】もきしからはなれて、そのままで、どんどんはやくながれていきました。
 そこで、ゲルダは、たいそうびっくりして、なきだしましたが、すずめのほかは、たれも【だれも】そのこえをきくものは ありませんでした。すずめには、ゲルダをつれかえるちからは ありませんでした。
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でも、すずめたちは、きしにそってとびながら、ゲルダをなぐさめるように、
「だいじょうぶ、ぼくたちがいます。」と、なきました。
 小舟こぶねは、ずんずんながれに はこばれて いきました。ゲルダは、あしに くつしたを はいただけで、じっとふねのなかに すわったままでいました。ちいさなあかいくつは、うしろのほうで、ふわふわ ういていましたが、小舟こぶねに おいつくことは できませんでした。小舟こぶねのほうが、くつよりも、もっとはやく ながれていったからです。
 きしは、うつくしい けしきでした。きれいなはなが さいていたり、ふるっていたり、ところどころ、なだらかな土手どてには、ひつじ や めうしが、あそんでいました。でも、にんげんの姿すがたえませんでした。
『ことによると、このかわは、わたしを、カイちゃんのところへ、つれていって くれるのかもしれないわ。』と、ゲルダはかんがえました。
 それで、だんだん げんきが でてきたので、ちあがって、ながいあいだ、両方りょうほうあおあおと うつくしいきしを ながめていました。それからゲルダは、おおきな さくらんぼばたけ の ところにきました。そのはたけのなかには、ふうがわりな、あおあかまどのついた、いっけんのちいさないえがたっていました。そのいえはかやぶきで、おもてには、ふねとおりすぎるひとたちのほうにむいて、木製もくせいの ふたりの へいたいが、銃剣じゅうけんかたっていました。
 ゲルダは、それを ほんとうの へいたい かとおもって、こえを かけました。しかし、いうまでもなく そのへいたいは、なんの こたえも しませんでした。ゲルダは すぐそのそばまできました。なみ小舟こぶねきしのほうに はこんだからです。
 ゲルダはもっとおおきなこえで、よびかけてみました。すると、そのいえのなかから、撞木杖しゅもくづえにぎりがT字形じがたつえ】にすがった、たいそうとしとったおばあさんてきました。おばあさんは、のさめるように きれいなはなをかいた、おおきななつぼうしをかぶっていました。「やれやれ、かわいそうに。
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どうしておまえさんは、そんなにおおきななみのたつうえを、こんな とおいところまでながれてきたのだね。」と、おばあさんはいいました。
 それからおばあさんは、ざぶりざぶりみずなかにはいって、撞木杖しゅもくづえ小舟こぶねをおさえて、それをおかのほうへ ひっぱってきて、ゲルダを だきおろしました。ゲルダはまたおかにあがることのできたのを うれしいと おもいました。でも、この みなれないおばあさんは、すこし、こわいようでした。
「さあ、おまえさん、まえを なんというのだか、またどうして、ここへやってきたのだか、はなしてごらん。」と、おばあさんは いいました。そこでゲルダは、なにもかも、おばあさんはなしました。おばあさんは うなずきながら、「ふん、ふん。」と、いいました。ゲルダは、すっかりはなしてしまってから、おばあさんカイを みかけなかったかどうか、たずねますと、おばあさんは、カイは まだここをとおらないが、いずれそのうち、ここをとおるかもしれない。まあ、そう、くよくよおもわないで、はなをながめたり、さくらんぼをたべたりしておいで。はなはどんな絵本えほんのよりも、ずっときれいだし、そのはなびらのいちまい、いちまいが、ながいおはなしをしてくれるだろうからと いいました。それからおばあさんは、ゲルダをとって、じぶんのちいさないえへつれていって、なかからに かぎをかけました。
 そのいえまどは、たいそうたかくて、あかいのや、あおいのや、いろのまどガラスだったので、おさまのひかりは おもしろいいろにかわって、きれいに、へやのなかに さしこみました。つくえのうえには、とてもおいしい さくらんぼが おいてありました。そしてゲルダは、いくらたべてもいいという、おゆるしが でたものですから、おもうぞんぶん それをたべました。ゲルダが さくらんぼをたべているあいだに、おばあさんが、きんくしで、ゲルダのかみのをすきました。そこで、ゲルダのかみのは、ばらのはなのような、まるっこくて、かわいらしいかおのまわりで、金色きんいろに ちりちりまいて、ひかっていました。「わたしはながいあいだ、おまえのような、かわいらしいおんながほしいとおもっていたのだよ。さあ これから、わたしたちといっしょに、なかよく くらそうね。」
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と、おばあさんは いいました。そしておばあさんが、ゲルダのかみのに くしをいれてやっているうちに、ゲルダはだんだん、なかよしのカイのことなどは わすれてしまいました。というのは、このおばあさん魔法まほう使つかえるからでした。けれども、おばあさんは、わるい魔女まじょではありませんでした。おばあさんは じぶんのたのしみに、ほんのすこし魔法まほう使つかうだけで、こんども、それをつかったのは、ゲルダをじぶんのもとに おきたいためでした。そこで、おばあさんは、にわて、そこの ばらのにむかって、かたっぱしから撞木杖しゅもくづえをあてました。すると、いままで うつくしく、さきほこっていた ばらのも、みんな、くろつちなかに しずんでしまったので、もうたれの【だれの】にも、どこに いままで ばらのがあったか、わからなくなりました。おばあさんは、ゲルダがばらをて、自分じぶんいえの ばらのことを かんがえ、カイのことを おもいだして、ここから にげていってしまうと いけないと おもったのです。
 さて、ゲルダはなぞのに あんない されました。――そこは、まあなんという、いいかおりが あふれていて、のさめるように、きれいな ところでしたろう。はなというはなは、こぼれるように さいていました。そこでは、いちねんじゅうはなが さいていました。どんな絵本えほんはなだって、これより うつくしく、これより にぎやかないろに さいてはいませんでした。ゲルダは おどりあがって よろこびました。そして夕日ゆうひが、たかい さくらのの むこうにはいってしまうまで、あそびました。それからゲルダは、あおい すみれのはなが いっぱいつまった、あかきぬのクッションのある、きれいなベッドのうえで、結婚式けっこんしき女王じょおうさまのような、すばらしいゆめをむすびました【ました】。
 そのあくる日、ゲルダは、また、あたたかいおさまの ひかりをあびて、はなたちと あそびました。こんなふうにして、いくにちもいくにちも たちました。ゲルダはなぞののはなを のこらずしりました。そのくせ、はなぞののはなは、かずこそ ずいぶんたくさん ありましたけれど、ゲルダにとっては、どうもまだなにか、ひといろ たりないように おもわれました。でも、それが なんのはなであるか、わかりませんでした。
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するうちあるゲルダは なにげなく すわって、はなをかいたおばあさんなつぼうしを、ながめていましたが、そのはなのうちで、いちばんうつくしいのは、ばらのはなでした。おばあさんは、ほかのばらのはなをみんなえないように、かくしたくせに、じぶんのぼうしにかいた ばらのはなを、けすことを、つい わすれていたのでした。まあぬかりということは、たれ【だれ】にでもあるものです。
「あら、ここのおにわには、ばらがないわ。」と、ゲルダはさけびました。
 それから、ゲルダは、はなぞのを、いくどもいくども、さがしまわりましたけれども、ばらのはなは、ひとつも みつかりませんでした。そこで、ゲルダは、はなぞのにすわって なきました。ところが、なみだが、ちょうど ばらが うずめられた場所ばしょうえにおちました。あたたかい なみだが、しっとりとつちをしめらすと、ばらのは、みるみる しずまないまえと おなじように、はなをいっぱいつけて、うえに あらわれてきました。ゲルダはそれをだいて、せっぷんしました。そして、じぶんのうちの ばらを おもいだし、それといっしょに、カイのことも おもいだしました。
「まあ、あたし、どうして、こんなところに ひきとめられていたのかしら。」と、ゲルダはいいました。「あたし、カイちゃんを さがさなくては ならなかったのだわ――カイちゃん、どこにいるか、しらなくって。あなたは、カイちゃんがんだとおもって。」と、ゲルダは、ばらにききました。
カイちゃんはにはしませんよ。わたしどもは、いままでのなかにいました。そこには んだひとは みないましたが、でも、カイちゃんは みえませんでしたよ。」と、ばらのはなが こたえました。
「ありがとう。」と、ゲルダはいって、ほかのはなのところへいって、ひとつひとつ、うてな【はなびらをつつささえる緑色みどりいろ部分ぶぶん】のなかを のぞきながら たずねました。「カイちゃんはどこにいるか、しらなくって。」
 でも、どのはなも、なたぼっこしながら、じぶんたちのつくったおはなしや、おとぎばなしのことばかり かんがえていました。
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ゲルダはいろいろとはなにきいてみましたが、どのはなカイのことについては、いっこうに しりませんでした。
 ところで、おにゆりは、なんといったでしょう。
「あなたには、たいこのおとが、ドンドンというのが きこえますか。あれには、ふたつのおとしかないのです。だからドンドンと いつでもやっているのです。おんなたちがうたう、とむらいの うたを おききなさい。また、ぼうさんのあげる、おいのりを おききなさい。――インドじんやもめおっとをなくしたおんな】は、火葬かそうのたきぎのつまれたうえに、ながいあかいマントをまとってっています。ほのおがそのおんなと、んだおっとの しかばね【死体したい】のまわりに たちのぼります。でもインドのおんなは、ぐるりにあつまったひとたちのなかの、きている ひとりのおとこのことを かんがえているのです。そのおとこほのおよりも あつく もえ、そのおとこのやくようなつきは、やがて、おんなのからだを やきつくしてはいにするほのおなどよりも、もっとはげしく、おんなこころなかで、もえていたのです。こころほのおは、あぶりの たきぎのなかで、もえつきるものでしょうか。」
「なんのことだか、まるでわからないわ。」と、ゲルダがこたえました。
「わたしのはなしはそれだけさ。」と、おにゆりは いいました。
 ひるがおは、どんなおはなしをしたでしょう。
「せまい山道やまみちのむこうに、むかしの さむらいのおしろが ぼんやりみえます。くずれかかった、あかいしがきのうえには、つたが ふかく おいしげって、ろだい【バルコニー】のほうへ、ひとひと、はいあがっています。ろだい【バルコニー】のうえには、うつくしいおとめが、らんかん【すり】によりかかって、おうらいを みおろしています。どんな ばらのはなでも、そのおとめほど、みずみずとはえだに さきだしません。どんなりんごのはなでも、こんなに かるがるとしたふうに、からかぜが はこんでくることは ありません。まあ、おとめのうつくしいきぬ着物きものの さらさらなること。
 あのひとはまだこないのかしら。」
「あのひとというのは、カイちゃんのことなの。」
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と、ゲルダがたずねました。
「わたしは、ただ、わたしのおはなしをしただけ。わたしのゆめをね。」と、ひるがおは こたえました。
 かわいい、まつゆきそうは、どんなおはなしをしたでしょう。
のあいだに、つなでつるしたながいたが さがっています。ぶらんこなの。ゆきのようにしろ着物きものて、ぼうしには、ながい、緑色みどりいろきぬのリボンをまいた、ふたりのかわいらしいおんなが、それにのって ゆられています。このおんなたちよりも、大きいおとこきょうだいが、そのぶらんこにって のっています。おとこは、かたにちいさなおさらをもってるし、かたには土製どせいのパイプを にぎっているので、からだを ささえるために、つなに うでをまきつけています。おとこは シャボンだまを ふいているのです。ぶらんこがゆれて、シャボンだまは、いろんなうつくしいいろにかわりながら とんできます。いちばんおしまいのシャボンだまは、かぜにゆられながら、まだパイプのところに ついています。ぶらんこは とぶように ゆれています。あら、シャボンだまのようにのかるい黒犬くろいぬがあとあしって、のせてもらおうと しています。ぶらんこはゆれる、黒犬くろいぬはひっくりかえって、ほえているわ。からかわれて、おこっているのね。シャボンだまは はじけます。――ゆれるぶらんこ。われて こわれる シャボンだま。――これがわたしのうたなんです。」
「あなたのおはなしは、とてもおもしろそうね。けれどあなたは、かなしそうにはなしているのね。それからあなたは、カイちゃんのことは、なんにもはなしてくれないのね。」
 ヒヤシンスのはなは、どんなおはなしをしたでしょう。
「あるところに、三人さんにんの、すきとおるように うつくしい、きれいなあねいもうとが おりました。なかで いちばんうえのむすめの着物きものあかく、ばんのは水色みずいろで、さんばんのは まっしろでした。きょうだいたちは、をとりあって、さえたつきひかりなかで、しずかなみずうみのふちにでて、おどりを おどります。三人さんにんとも妖女ようじょではなくて、にんげん でした。
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そのあたりには、なんとなく あまい、いいにおいが していました。むすめたちは もりのなかに きえました。あまい、いいにおいが、いっそう つよく なりました。すると、その三人さんにんの うつくしい むすめを いれた っのひつぎが、もりのしげみから、すうっと あらわれてきて、みずうみのむこうへ わたって いきました。つちぼたるが、そのぐるりを、そらっている ちいさな ともしびの ように、ぴかりぴかり していました。おどりくるっていた三人さんにんのむすめたちは、ねむったのでしょうか。んだのでしょうか。――はなのにおいは いいました。あれは なきがら【くなったひとのこされたからだ】です。ゆうべのかねがなくなったひとたちをとむらいます。」
「ずいぶん かなしいおはなしね。あなたの、その つよいにおいを かぐと、あたし んだ そのむすめさんたちのことを、おもいださずには いられませんわ。ああ、カイちゃんは、ほんとうに んで しまったのかしら。のなかに はいっていた ばらのはなは、カイちゃんは んではいないと いってるけれど。」
「チリン、カラン。」と、ヒヤシンスの すずが なりました。「わたしはカイちゃんのために、なっているのでは ありません。カイちゃんなんてひとは、わたしたち、すこしも しりませんもの。わたしたちは、ただ自分じぶんのしっている たったひとつのうたを、うたっているだけです。」
 それから、ゲルダは、みどりのあいだから、あかるく さいている、たんぽぽのところへ いきました。
「あなたは まるで、ちいさな、あかるい おさまね。どこに わたしの おともだちがいるか、しっていたら おしえてくださいな。」と、ゲルダはいいました。
 そこで、たんぽぽは、よけい あかるく ひかりながら、ゲルダのほうへ むきました。どんなうたを、そのはなが うたったでしょう。そのうたも、カイのことでは ありませんでした。
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「ちいさな、なかにわには、はるの いちばん はじめの、うららかな おさまが、あたたかにっていました。おさまのひかりは、おとなりのいえの、まっしろな かべのうえからしたへ、すべりおちていました。そのそばに、はる いちばん はじめに さく、黄色きいろはなが、かがやくひかりなかに、きんのように さいていました。おばあさんは、いすを そとに だして、こしをかけていました。おばあさんのまごの、かわいそうな 女中じょちゅうぼうこう【おんなひとみで下働したばたらきをする】をしている うつくしいおんなが、おばあさんに あうために、わずかな おひまを もらって、うちへ かえってきました。おんなは おばあさんに せっぷんしました。この めぐみおおい せっぷんには きんが、こころのきんがありました。その口にもきん、そのふむつちにもきん、その あさの ひとときにも きんがありました。これが わたしの つまらないおはなしです。」と、たんぽぽが いいました。
「まあ、わたしのおばあさまは、どうしていらっしゃるかしら。」と、ゲルダは ためいきを つきました。「そうよ。きっとおばあさまは、わたしに あいたがって、かなしがって いらっしゃるわ。カイちゃんの いなくなったと おなじように、しんぱいして いらっしゃるわ。けれど、わたし、じきにカイちゃんをつれて、うちに かえれるでしょう。――もうはなたちに いくらたずねてみたって しかたがない。はなたち、ただ、自分じぶんうたを うたうだけで、なんにも こたえて くれないのだもの。」
 そこでゲルダは、はやく かけられるように【はしれるように】、着物きものを きりりと たくしあげました。けれど、ずいせんを、ゲルダが とびこえようとしたとき、それにあしが ひっかかりました。そこでゲルダは たちどまって、その黄色きいろい、たかはなにむかって たずねました。
「あんた、カイちゃんのこと、なんか しっているの。」 そしてゲルダは、こごんで【かがんで】、そのはなはなすことを ききました。そのはなは なんといったでしょう。
「わたし、じぶんが みられるのよ。じぶんが わかるのよ。」と、ずいせんは いいました。
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「ああ、ああ、なんて わたしは いいにおいが するんだろう。屋根やねうらの ちいさなへやに、はんはだかの、ちいさなおどりこっています。おどりこは かたあしったり、両足りょうあしったりして、まるで世界中せかいじゅうを ふみつけるようにえます。でも、これは ほんの の まよいです。おどりこは、ちいさなぬのに、わかしからをそそぎます。これはコルセットです。――そうです。そうです、せいけつが なによりです。しろ上着うわぎも、くぎに かけてあります。それもまた、わかしのであらって、屋根やねで かわかした ものなのです。おどりこは、その上着うわぎをつけて、サフランいろのハンケチを くびに まきました。ですから、上着うわぎは よけい しろく みえました。ほら、あしをあげた。どう、まるで じくのうえって、うんと ふんばった姿すがたは。わたし、じぶんがえるの。じぶんが わかるの。」
「なにも そんなはなし、わたしに しなくても いいじゃないの。そんなこと、どうだって、かまわないわ。」と、ゲルダはいいました。
 それでゲルダは、にわの むこうの はしまで かけて【はしって】きました。そのは しまって いましたが、ゲルダが そのさびついた とって【つまみ】を、どん と おしたので、はずれては ぱんと ひらきました。ゲルダは ひろい世界せかいに、はだしのままで とびだしました。ゲルダは、三度さんども あとを ふりかえって みましたが、たれも【だれも】 おっかけてくるものは ありませんでした。とうとうゲルダは、もう とても はしることが できなくなったので、おおきないしうえに こしを おろしました。そこらを みまわしますと、なつはすぎて、あきが ふかくなっていました。おさまが年中ねんじゅうかがやいて、四季しきはなが たえず さいていた、あのうつくしいはなぞのでは、そんなことは わかりませんでした。
「ああ、どうしましょう。あたし、こんなに おくれてしまって。」と、ゲルダはいいました。
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「もう とうにあきに なっているのね。さあ、ゆっくりしては いられないわ。」
 そしてゲルダちあがって、ずんずん あるきだしました。まあ、ゲルダのかよわいあしは、どんなにいたむし、そして、つかれていたことでしょう。どこもふゆがれて【ふゆになって草木くされる】、わびしい けしきでした。ながい やなぎのは、すっかりばんで、きりが あめしずくのように えだから たれていました。ただ、とげのある、こけももだけは、まだ を むすんでいましたが、こけももは すっぱくて、くちが まがるようでした。ああ、なんて このひろびろした世界せかい灰色はいいろで、うすぐらく みえたことでしょう。



   第四だいよんのおはなし

     王子と王女


 ゲルダは、またも、やすまなければ なりませんでした。ゲルダがやすんでいた場所ばしょの、ちょうどむこうのゆきうえで、いちわのおおきなからすが、ぴょんぴょん やっていました。このからすは、しばらく じっとしたなりゲルダをみつめて、あたまを ふっていましたが、やがて こういいました。
「カア、カア、こんちは。こんちは。」
 からすは、これよりよくは、なにも いうことが できませんでしたが、でも、ゲルダを なつかしく おもっていて、このひろい世界せかいで、たったひとりぼっち、どこへ いくのだ といって、たずねました。この『ひとりぼっち。』ということばを、ゲルダは よくあじわって、しみじみ そのことばに、ふかい いみの こもっていることを おもいました。ゲルダは そこでからすに、じぶんのうえのことを すっかりはなして きかせたうえ、どうかしてカイを みなかったか、たずねました。
 するとからすは、ひどく まじめに かんがえこんで、こういいました。
「あれかもしれない。あれかもしれない。」
「え、しってて。」と、ゲルダおおきな こえで いって、からすを らんぼうに、それこそ いきのとまるほど せっぷんしました。
「おてやわらかに、おてやわらかに。」と、からすは いいました。「どうも、カイちゃんを しっているようながします。たぶん、あれがカイちゃんだろうと おもいますよ。
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けれど、カイちゃんは、王女おうじょさまのところにいて、あなたのことなどは、きっと わすれていますよ。」
カイちゃんは、王女おうじょさまのところに いるんですって。」と、ゲルダは ききました。
「そうです。まあ、おききなさい。」と、からすは いいました。「どうも、わたしにすると、にんげんのことばではなすのは、たいそうな ほねおりです。あなたにからすのことばが わかると、ずっとうまく はなせるのだがなあ。」
「まあ、あたし、ならったことが なかったわ。」と、ゲルダはいいました。「でも、うちのおばあさまは、おできになるのよ。あたし、ならっておけば よかった。」
「かまいませんよ。」と、からすは いいました。「まあ、できるだけ してみますから。うまくいけばいいが。」
 それからからすは、しっていることを、はなしました。
「わたしたちが いまいる国には、たいそう かしこい王女おうじょさまが おいでなるのです。なにしろ世界中せかいじゅうのしんぶんを のこらずんで、のこらず また わすれてしまいます。まあ そんなわけで、たいそう りこうな かたなのです。さて、このあいだ、王女おうじょさまは 玉座ぎょくざ国王こくおうすわ椅子いす】に おすわりに なりました。玉座ぎょくざというものは、せけんでいうほど たのしいものでは ありません。そこで王女おうじょさまは、くちずさみにうたを うたいだしました。そのうたは『なぜに、わたしは、むことらぬ』といったうたでした。そこで、『なるほど、それも もっともだわ。』と、いうわけで、王女おうじょさまは けっこんしようと おもいたちました。でもおっとにするなら、ものをたずねても、すぐと こたえるようなのが ほしいと おもいました。だって、ただそこにつっって、ようすぶって【気取きどって】いるだけでは、じきに たいくつして しまいますからね。そこで、王女おうじょさまは、女官じょかんたち、のこらず おめしになって、このもくろみを おはなしになりました。女官じょかんたちは、たいそう おもしろく おもいまして、
『それは よいおもいつきで ございます。わたくしどもも、ついさきごろ、それとおなじことを かんがえついた しだいです。』などともうしました。
「わたしの いっている ことは、ごく、ほんとうの ことなのですよ。」と、からすは いって、「わたしには、やさしいいいなずけ結婚けっこん約束やくそくをした相手あいて】があって、その王女おうじょさまのおしろに、自由じゆうにとんでいける、それが わたしに すっかりはなして くれたのです。」
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と、いいそえました。
 いうまでもなく、その、いいなずけ というのは からすでした。というのは、にたものどうしで、からすは やはり、からすなかまで あつまります。
 ハートと、王女おうじょさまの かしらもじで ふちどった しんぶんが、さっそく、はっこう されました。それには、ようすのりっぱな、わかいおとこは、たれ【だれ】でもおしろにきて、王女おうじょさまとはなすことができる。そしておしろへきても、じぶんの うちに いるように、やすく、じょうずにはなしたひとを、王女おうじょおっととして えらぶであろう ということが かいてありました。
「そうです。そうです。あなたは わたしを だいじょうぶ しんじてください。このはなしは、わたしが ここに こうして すわっているのと どうよう、ほんとうのはなしなのですから。」と、からすは いいました。
「わかいおとこひとたちは、むれをつくって、やってきました。そして たいそうまちは こんざつして、たくさんのひとが、あっちへいったり、こっちへきたり、いそがしそうに かけずりまわって いました。でも はじめのも、つぎのも、ひとりだって うまくやったものは ありません。みんなは、おしろの そとでこそ、よくしゃべりましたが、いちど おしろもんを はいって、ぎんずくめの へいたいを みたり、かいだんを のぼって、きんぴかの せいふくをつけた お役人やくにんあって、あかるい大広間おおひろまに はいると、とたんに ぽうっとなって しまいました。そして、いよいよ 王女おうじょさまの おいでになる玉座ぎょくざ国王こくおうすわ椅子いす】のまえたときには、たれも【だれも】 王女おうじょさまに いわれた ことばの しりを、おうむがえしに くりかえすほか ありませんでした。王女おうじょさまとすれば、なにも じぶんのいった ことばを、もういちど いってもらっても しかたがないでしょう。ところが、だれも、ごてんの なかに はいると、かぎたばこでも のまされたように、ふらふらで、おうらい【どうろ】へ でてきて、やっと われにかえって、くちが きけるように なる。なにしろまちもんから、おしろもんまで、わかい ひとたちが、れつをつくって ならんでいました。わたしは それを じぶんで てきましたよ。」
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と、からすが、ねんをおして いいました。
「みんなは自分じぶんのばんが、なかなか まわってこないので、おなかがすいたり、のどが かわいたり しましたが、ごてんのなかでは、なまぬるいみず いっぱい くれませんでした。なかで のきいた せんせいたちが、バタパンご持参じさんで、やってきていましたが、それを そばのひとに わけようとは しませんでした。このれんじゅうのでは――こいつら、たんと ひもじそうなかおを しているがいい。おかげで王女おうじょさまも、ごさいように なるまいから――というのでしょう。」
「でも、カイちゃんは どうしたのです。いつカイちゃんは やってきたのです。」と、ゲルダはたずねました。「カイちゃんは、そのひとたちの なかまに いたのですか。」
「まあまあ、おまちなさい。これから、そろそろ、カイちゃんの ことに なるのです。ところで、その三日みっかに、うまにも、馬車ばしゃにものらない ちいさなおとこが、たのしそうに おしろのほうへ、あるいていきました。そのひとは、あなたののように かがやいて、りっぱな、ながいかみのを もっていましたが、着物きものは ぼろぼろに きれていました。」
「それがカイちゃんなのね。ああ、それでは、とうとう、あたし、カイちゃんを みつけたわ。」と、ゲルダは うれしそうに さけんで、を たたきました。
「そのは、せなかに、ちいさなはいのう【ふくろ】を しょっていました。」と、からすがいいました。
「いいえ、きっと、それは、そりよ。」と、ゲルダはいいました。「カイちゃんは、そりといっしょに えなくなって しまったのですもの。」
「なるほど、そうかもしれません。」と、からすは いいました。「なにしろ、ちょっとた だけですから。しかし、それは、みんな わたしの やさしい いいなずけから きいたのです。それから、そのはおしろもんをはいって、ぎん軍服ぐんぷくの へいたいを みながら、だんをのぼって、きんぴかの せいふくの お役人やくにんまえに でましたが、すこしも まごつきませんでした。
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それどころか、へいきで えしゃくして、
『かいだんのうえっているのは、さぞ たいくつでしょうね。では ごめんこうむって【相手あいて許可きょかる】、わたしは 広間ひろまに はいらせて もらいましょう。』と、いいました。広間ひろまには あかりが いっぱいついて、枢密顧問官すうみつこもんかん枢密院すうみついん役人やくにん】や、身分みぶんたかひとたちが、はだしで きんうつわを はこんで あるいて いました。そんななかで、たれ【だれ】だって、いやでも おごそかな きもちに なるでしょう。ところへ、そのの ながぐつは、やけにやかましく ギュウ、ギュウ なるのですが、いっこうに へいきでした。」
「きっとカイちゃんよ。」と、ゲルダが さけびました。
「だって、あたらしい ながぐつを はいて いましたもの。わたし、そのくつが ギュウ、ギュウいうのを、おばあさまのへやで きいたわ。」
「そう、ほんとうに ギュウ、ギュウって なりましたよ。」と、からすはまたはなしはじめました。
「さて、そのは、つかつかと、糸車いとぐるまほどの おおきな しんじゅに、こしをかけている、王女おうじょさまのごぜんに 進みました。王女おうじょさまの ぐるりを とりまいて、女官じょかんたちが おつきを、そのおつきが またおつきを、したがえ、侍従じじゅう王女おうじょまわりの世話せわをするひと】が けらいの、またそのけらいを したがえ、それがまた、めいめい小姓こしょうまわりの雑用ざつようをするひと】をひきつれて っていました。しかも、とびらのちかくにっているものほど、いばっているように えました。しじゅう、うわぐつで あるきまわっていた、けらいの けらいの 小姓こしょうなんか、とてもあおむいて かおられない くらいでした。とにかく、ぐちのところで いばりかえっているふうは、ちょっとものでした。」
「まあ、ずいぶん こわいこと。それでもカイちゃんは、王女おうじょさまと けっこんしたのですか。」と、ゲルダはいいました。
「もし、わたしがからすで なかったなら、いまの いいなずけ【結婚けっこん約束やくそくをした相手あいて】を すてても、王女おうじょさまと けっこんしたかも しれません。
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ひとのうわさによりますと、そのひとは、わたしがからすのことばを はなすときと どうよう、じょうずにはなしたと いうことでした。わたしは、そのことを、わたしの いいなずけから きいたのです。どうして、なかなか ようすのいい、げんきなでした。それも 王女おうじょさまと けっこんするために きたのではなくて、ただ、王女おうじょさまが どのくらい かしこいか ろうとおもって やってきたのですが、それで 王女おうじょさまが すきになり、王女おうじょさまもまた そのがすきになった というわけです。」
「そう、いよいよ、そのひと、カイちゃんに ちがいないわ。カイちゃんは、そりゃ りこうで、分数ぶんすうまで あんざんで やれますもの――ああ、わたしを、そのおしろへ つれていって くださらないこと。」と、ゲルダはいいました。
「さあ、くちでいうのは たやすいが、どうしたら、それができるか、むずかしいですよ。」と、からすは いいました。「ところで、まあ、それをどうするか、まあ、わたしの いいなずけに そうだん してみましょう。きっと、いいちえを かしてくれるかも しれません。なにしろ、あなたのような、ちいさなむすめさんが、おしろなかに はいることは、ゆるされて いないのですからね。」
「いいえ、そのおゆるしなら もらえてよ。」と、ゲルダが こたえました。「カイちゃんは、わたしが きたと きけば、すぐにてきて、わたしを いれてくれるでしょう。」
「むこうの かきねのところで、まっていらっしゃい。」と、からすはいって、あたまをふりふり とんでいってしまいました。
 そのからすが かえってきたときには、ばんもだいぶ くらくなっていました。
「すてき、すてき。」と、からすは いいました。「いいなずけが、あなたに よろしく とのことでしたよ。さあ、ここに、すこしばかり パンをもってきて あげました。さぞ、おなかが すいたでしょう。いいなずけが、だいどころから もってきたのです。そこには たくさん まだあるのです。
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――どうも、おしろへ はいることは、できそうも ありませんよ。なぜといって、あなたは くつを はいて いませんから、ぎん軍服ぐんぷくのへいたいや、きんぴかの せいふくの お役人やくにんたちが、ゆるして くれないでしょうからね、だがそれで いては いけない。きっと、つれてける くふうはしますよ。わたしの いいなずけは、王女おうじょさまの ねまにつうじている、ほそい、うらばしごを しっていますし、その かぎの あるところも しっているのですからね。」
 そこで、からすゲルダとは、おにわをぬけて、が あとからあとからと、ちってくる並木道なみきみちとおりました。そして、おしろのあかりが、じゅんじゅんに きえてしまったとき、からすは すこしあいている うらの戸口とぐちへ、ゲルダを つれていきました。
 まあ、ゲルダのむねは、こわかったり、うれしかったりで、なんて どきどき したことでしょう。まるでゲルダは、なにか わるいことでも しているようながしました。けれど、ゲルダはそのひとが、カイちゃんで あるかどうかを しりたい、いっしん なのです。そうです。それはきっと、カイちゃんに ちがいありません。ゲルダは、しみじみとカイちゃんの りこうそうなつきや、ながいかみのを おもいだしていました。そして、ふたりが うちにいて、ばらのはなのあいだに すわってあそんだとき、カイちゃんが わらったとおりの笑顔えがおが、にうかびました。そこで、カイちゃんにあって、ながいながい道中どうちゅうをして 自分じぶんを さがしに やってきたことをきき、あれなり【あのまま】 かえらないので、どんなに みんなが、かなしんでいるか しったなら、こうして きてくれたことを、どんなに よろこぶでしょう。まあ、そうおもうと、うれしいし、しんぱいでした。
 さて、からすゲルダとは、かいだんのうえに のぼりました。ちいさなランプが、たなのうえに ついていました。そして、ゆかいたのまんなかのところには、いならされたがらすが、じっとゲルダっていました。ゲルダおばあさまから おそわったように、ていねいに おじぎしました。
「かわいい おじょうさん。わたしの いいなずけは、あなたのことを、たいそう ほめておりました。」
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と、その やさしいからすが いいました。「あなたの、その ごけいれき とやら もうしますのは、ずいぶん おきのどく なのですね。さあ、ランプを おもちください。ごあんないしますわ。このところを まっすぐに まいりましょう。もう だれにも あいませんから。」
「だれか、わたしたちの あとから、ついてくるような がすることね。」と、なにかが そばをきゅうにとおったときに、ゲルダは いいました。それは、たてがみを ふりみだして、ほっそりとしたあしを もっている うまだの、それから、かりうどだの、うまにのった りっぱなおとこひとや、おんなひとだのの、それが みんな かべにうつった かげのように えました。
「あれは、ほんのゆめなのですわ。」と、からすが いいました。「あれらは、それぞれの ご主人しゅじんたちの こころを、りょうり】に さそいだそうと してくるのです。つごうの いいことに、あなたは、ねどこのなかで あのひとたちの おやすみのところが よくみられます。そこで、どうか、あなたが りっぱな身分みぶんに おなりになったのちも、せわになった おれいは、おわすれなくね。」
「それは いうまでもない ことだろうよ。」と、もりからすが いいました。
 さて、からすゲルダとは、いちばん はじめの広間ひろまに はいって いきました。そこのかべには、はなでかざった、ばらいろしゅす織物おりもの】が、うえからしたまで、はりつめられて いました。そして、ここにも りょう【り】にさそう さっきのゆめは、もう とんでて いましたが、あまり はやく うごきすぎて、ゲルダは えらい殿とのさまや貴婦人きふじんがたを、こんどは みることが できませんでした。ひろまから、ひろまへくほど、みどとに【みごとに】できていました。ただ もう あまりのうつくしさに、まごつく ばかりでしたが、そのうち、とうとう ねま【しんしつ】まで はいって いきました。そこの てんじょうは、高価こうかなガラスのをひろげた、おおきなしゅろの かたちに なっていました。
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そして、へやの まんなかには、ふたつのベッドが、のじくにあたる きんの ふといはしらに つりさがっていて、ふたつとも、ゆりのはなのように みえました。そのベッドは ひとつはしろくて、それには 王女おうじょが ねむっていました。もうひとつのはあかくて、そこに ねむっているひとこそ、ゲルダのさがすカイちゃんで なくてはならないのです。ゲルダあかはなびらを ひとひら、そっとどけると、そこにやけした くびすじがえました。――ああ、それはカイちゃんでした。
 ――ゲルダは、カイちゃんのを こえたかく よびました。ランプをカイちゃんのほうへ さしだしました。……ゆめが またうまにのって、さわがしく そのへやのなかへ、はいってきました。……そのひとをさまして、かおを こちらにむけました。ところが、それはカイちゃんでは なかったのです。
 いまは 王子おうじとなった そのひとは、ただ、くびすじのところが、カイちゃんに にていた だけでした。でもその王子おうじは わかくて、うつくしいかおを していました。王女おうじょしろい ゆりのはなともみえるベッドから、を ぱちくりやって あげながら、たれが【だれが】そこにきたのかと、おたずねに なりました。そこでゲルダは泣いて、いままでのことや、からすが いろいろに つくしてくれた ことなどを、のこらず王子おうじはなしました。
「それは、まあ、かわいそうに。」と、王子と王女とが いいました。そして、からすを おほめになり、じぶんたちは けっして、からすが したことを おこりはしないが、どと こんなことを してくれるな、とおっしゃいました。それでも、からすたちは、ごほうびを いただくことに なりました。
「おまえたちは、すきかってに、そとを とびまわって いるほうが いいかい。」と、王女おうじょは たずねました。「それとも、宮中きゅうちゅうおかかえのからすとして、台所だいどころのおあまりは、なんでも たべることができるし、そういうふうにして、いつまでも ごてんにいたいと おもうかい。」
 そこで、二わのからすは おじぎをして、自分じぶんたちが、としを とってからのことを かんがえると、やはり ごてんにおいて いただきたいと、ねがいました。
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そして、
「だれしも いっていますように、さきへいって こまらないように、したいもので ございます。」と、いいました。
 王子おうじはそのとき、ベッドからて、ゲルダを それに ねかせ、じぶんは、それなり【それきり】 ねようとは しませんでした。ゲルダは ちいさなをくんで、「まあ、なんという いい ひとや、いいからすたち だろう。」と、おもいました。それから、をつぶって、すやすや ねむりました。すると、またゆめがやってきて、こんどは 天使てんしのような ひとたちが、いちだいのそりを ひいてきました。そのうえには、カイちゃんが まねき していました。けれども、それはただのゆめだったので、をさますと、さっそく きえてしまいました。
 あくるになると、ゲルダは あたまから、あしのさきまで、きぬや びろうどの着物きもので つつまれました。そして このまま おしろにとどまっていて、たのしく くらすように とすすめられました。でも、ゲルダはただ、ちいさな馬車ばしゃと、それを ひく うまと、ちいさな いっそくのながぐつが いただきとうございますと、いいました。それで もういちど、ひろい世界せかいへ、カイちゃんを さがしにて いきたいのです。
 さて、ゲルダながぐつばかりでなく、マッフ【れてだんるための筒状つつじょう防寒具ぼうかんぐ】までもらって、さっぱりと たびの したくが できました。いよいよ でかけようと いうときに、げんかんには、じゅんきんの あたらしい馬車ばしゃいちだい とまりました。王子と王女の紋章もんしょうが、ほしのように ひかって ついて いました。ぎょしゃ【ばしゃを うんてん するひと】や、べっとう【長官ちょうかん】や、おさきばらい【行列ぎょうれつ先頭せんとうみちけてもらうやくひと】が――そうです、おさきばらいまでが――きんかんむりをかぶって ならんでいました。王子と王女は、ごじぶんで、ゲルダを たすけて 馬車ばしゃにのらせ、ぶじに いってくるように おっしゃいました。もう いまは けっこんを すませた もりからすも、さんマイルさきまで、みおくりに ついてきました。このからすは、うしろむきに のっていられない というので、ゲルダのそばに すわっていました。めすのほうのからすは、羽根はねを ばたばたやりながら、もんのところに とまっていました。
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おくっていかない わけは、あれからずっと ごてん づとめで、たくさんに たべものを いただくせいか、ひどく頭痛ずつうが していたからです。その馬車ばしゃの うちがわは、さとうビスケットで できていて、こしをかけるところは、くだものや、くるみの はいったしょうがパンで できていました。
「さよなら、さよなら。」と、王子と王女がさけびました。するとゲルダきだしました。――からすもまた きました。――さて、馬車ばしゃさんマイルさきのところまで きたとき、こんどはからすが、さよならを いいました。このうえない かなしい わかれでした。からすは そこのうえに とびあがって、馬車ばしゃが いよいよ えなくなるまで、くろいつばさを、ばたばた やっていました。馬車ばしゃは おさまのように かがやきながら、どこまでも はしりつづけました。



   第五だいごのおはなし

     おいはぎのこむすめ


 それから、ゲルダの なかまは、くらいもりなかとおっていきました。ところが、馬車ばしゃひかりは、たいまつのように ちらちらしていました。それが、おいはぎどもの にとまって、がまんがならなく させました。
「やあ、きんだぞ、きんだぞ。」と、おいはぎたちは さけんで、いちどに とびだして きました。うまをおさえて、ぎょしゃ、べっとうから、おさきばらいまで ころして、ゲルダ馬車ばしゃから ひきずり おろしました。
「こりゃあ、たいそう ふとって、かわいらしい むすめだわい。きっと、年中ねんじゅうくるみのばかり たべていたのだろう。」と、おいはぎばばが いいました。おんなのくせに、ながい、こわいひげをはやして、まゆげが、うえまで たれさがったばあさんでした。「なにしろ そっくり、あぶらの のった、こひつじ というところだが、さあ たべたら、どんなあじがするかな。」
 そういって、ばあさんは、ぴかぴかするナイフを もちだしました。きれそうに ひかって、きみのわるいといったら ありません。
「あッ。」
 そのとたん、ばあさんは こえを あげました。
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そのおんなの せなかに ぶらさがっていた、こむすめが、なにしろ らんぼうな だだっで、おもしろがって、いきなり、母親ははおやみみを かんだのです。
「この あまあ、なにょをする。」と、母親ははおやはさけびました。おかげで、ゲルダを ころす、はなさきを おられました。
「あのは、あたいと いっしょに あそぶのだよ。」と、おいはぎのこむすめは、いいました。
「あのはマッフや、きれいな着物きものを あたいにくれて、ばんには いっしょに ねるのだよ。」
 こういって、そのおんなは、もういちど、母親ははおやみみを したたかに かみました。それで、ばあさんは とびあがって、ぐるぐるまわりしました。おいはぎどもは、みんなわらって、
「見ろ、ばばあが、がきといっしょに おどっているからよ。」と、いいました。
馬車ばしゃなかへ はいってみようや。」と、おいはぎのこむすめは いいました。
 このむすめは、わんぱくに そだって、おまけに ごうじょうっぱり でしたから、なんでも したいとおもうことを しなければ、が すみませんでした。それで、ゲルダとふたり 馬車ばしゃに のりこんで、きりかぶや、いしのでているうえとおって、はやしのおくへ、ふかく はいって いきました。おいはぎのこむすめは、ちょうどゲルダぐらいの おおきさでしたが、ずっと、きつそうで、かたつきが がっしり していました。どすぐろい はだをして、そのはまっくろで、なんだ かかなしそうに えました。おんなは、ゲルダのこしのまわりにをかけて、
「あたい、おまえと けんかしないうちは、あんなやつらに、おまえを ころさせや しないことよ。おまえは どこかの王女おうじょじゃなくて。」と、いいました。「いいえ、わたしは王女おうじょではありません。」と、ゲルダは こたえて、いままでにあった できごとや、じぶんが どんなに、すきなカイちゃんのことを おもっているか、ということなぞを はなしました。
 おいはぎのむすめは、しげしげとゲルダて、かるく うなずきながら、
「あたいは、おまえとけんかしたって、あのやつらに、おまえを ころさせや しないよ。そんなくらいなら、あたい、じぶんで おまえを ころして しまうわ。」
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と、いいました。
 それからむすめは、ゲルダをふいてやり、両手りょうてを うつくしいマッフに つけてみましたが、それはたいへん、ふっくりして、やわらかでした。
 さあ、馬車ばしゃは とまりました。そこは おいはぎのこもる、おしろのひろでした。その山塞さんさいは、うえからしたまで ひびだらけでした。その ずれたわれから、おおがらすがらすが とびまわっていました。おおきなブルドッグが、あいてかまわず、にんげんでも くってしまいそうな ようすで、たかく とびあがりました。でも、けっして ほえませんでした。ほえることは とめられて あったからです。
 おおきな、すすけた ひろまには、けむりが もうもう していて、たきが、あかあかと いしだたみの ゆかうえで もえていました。けむりは てんじょうのしたに たちまよって、どこからともなく でていきました。おおきな おなべには、スープが にえたって、おおうさぎうさぎが、あぶりぐし に さして、やかれて いました。
「おまえは、こんは、あたいや、あたいの ちいさな どうぶつと いっしょにねるのよ。」と、おいはぎのこむすめDがいいました。
 ふたりは たべものと、のみものを もらうと、わらや、しきものが しいてある、へやの すみのほうへ きました。そのうえには、ひゃっぱよりも、もっと たくさんのはとが、ねむったように、木摺きずり塗壁ぬりかべ下地したじ使つか小幅こはばいた】や、とまりに とまって いましたが、ふたりのおんなが きたときには、ちょっと こちらを むきました。
「みんな、このはと、あたいの ものなのよ。」と、おいはぎのこむすめは いって、てばやく、てぢかにいた いちわを つかまえて、あしを ゆすぶったので、はとは、羽根はねを ばたばた やりました。
「せっぷん しておやりよ。」と、いって、おいはぎのこむすめは、それを、ゲルダかおに なげつけました。
「あすこに とまって いるのが、もりのあばれものさ。」と、そのむすめは、かべに あけた あなに、うちこまれた とまりを、ゆびさしながら、またはなしつづけました。「あれはわとも もりのあばれものさ。
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しっかり、とじこめておかないと、すぐ にげて いってしまうの。ここにいるのが、むかしから おともだちのベーよ。」
 こういって、おんなは、ぴかぴかみがいた、どうのくびわを はめたまま つながれている、いっぴきのとなかいを、つのをもって ひきだしました。
「これも、しっかり つないで おかないと、にげて いってしまうの。だから、あたいはね、まいばん よくきれる ナイフで、くびのところを くすぐってやるんだよ。すると、それは びっくりするったら ありゃしない。」
 そう いいながら、おんなは かべの われめの ところから、ながいナイフを とりだして、それをとなかいの くびに あてて、そろそろ なでました。かわいそうに、その けものは、あしを どんどんやって、くるしがりました。むすめは、おもしろそうに わらって、それなり【そのまま】ゲルダをつれて、ねどこに きました。
「あなたは ねているあいだ、ナイフを はなさないの。」と、ゲルダは、きみわるそうに、それを みました。
「わたい、しょっちゅうナイフを もっているよ。」と、おいはぎのこむすめは こたえました。
「なにがはじまるか わからないからね。それよか、もういちどカイちゃんってはなしを してくれない、それから、どうして このひろい世界せかいに、あてもなく でてきたのか、そのわけを はなしてくれないか。」
 そこで、ゲルダは はじめから、それを くりかえしました。もりのはとが、あたまうえの かごのなかで くうくう いっていました。ほかのはとは ねむっていました。おいはぎのこむすめは、かたゲルダの くびにかけて、かたには ナイフをもったまま、おおいびきをかいて ねてしまいました。けれども、ゲルダは、をつぶることも できませんでした。ゲルダは、いったい、じぶんは かしておかれるのか、ころされるのか、まるで わかりませんでした。
 たきの ぐるりをかこんで、おいはぎたちは、おさけをのんだり、うたをうたったり していました。そのなかで、ばあさんが とんぼをきりました【宙返ちゅうがえりしました】。ちいさなおんなにとっては、そのありさまを るだけで、こわいことでした。
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 そのとき、もりのはとが、こういいました。
「くう、くう、わたしたち、カイちゃんを ましたよ。いちわの しろい めんどりが、カイちゃんの そりを はこんでいました。カイちゃんは ゆき女王じょおうの そりにのって、わたしたちが、にねていると、もりの すぐうえとおっていったのですよ。ゆき女王じょおうは、わたしたちばとに、つめたい いきを ふきかけて、ころして しまいました。たすかったのは、わたしたち わだけ、くう、くう。」
「まあ、なにを そこで いってるの。」と、ゲルダが、つい おおきなこえを しました。「そのゆき女王じょおうさまは、どこへ いったのでしょうね。そのさきのこと、なにか しっていて。おしえてよ。」
「たぶん、*ラップランドのほうへ いったのでしょうよ。そこには、年中ねんじゅうこおりゆきがありますからね。まあ、つながれている、となかい に、きいて ごらんなさい。」

*ヨーロッパしゅう極北きょくほく、スカンジナビア半島はんとう北東部ほくとうぶ、四〇まん平方へいほうキロ一帯いったいさむい土地とち遊牧民ゆうぼくみんのラップじんがすむ。

 すると、となかいが ひきとって、
「そこには 年中ねんじゅうこおりゆきがあって、それは すばらしい みごとな ものですよ。」といいました。
「そこではおおきな、きらきらひかたにまを、自由じゆうに はしりまわることが できますし、ゆき女王じょおうは、そこになつのテントを もっています。でも女王じょおうの りっぱな本城ほんじょうは、もっと北極ほっきょくのほうの、*スピッツベルゲンというしまうえにあるのです。」

*ノルウェーのはるかきた北極海ほっきょくかいにちかい小島群こじまぐん(一名スヴァルバルド)。

「ああ、カイちゃんは、すきなカイちゃんは。」と、ゲルダは ためいきを つきました。
「しずかにしなよ。しないと、ナイフを からだに つきさすよ。」と、おいはぎのこむすめが いいました。
 あさになって、ゲルダは、もりの はとが はなしたことを、すっかり おいはぎのこむすめはなしました。するとむすめは、たいそう まじめになって、うなずきながら、
「まあいいや。どっちにしても おなじことだ。」
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と、いいました。そして、
「おまえ、ラップランドって、どこにあるのか しってるのかい。」と、むすめは、となかいに たずねました。
「わたしほど、それを よくしっているものが ございましょうか。」と、を かがやかしながら、となかいが こたえました。「わたしは そこでまれて、そだったのです。わたしは そこで、ゆき野原のはらを、はしりまわって いました。」
「ごらん。みんな でかけていって しまうだろう。おっかさんだけが うちにいる。おっかさんは、ずっとうちに のこっているのよ。でも おひるちかくなると、おおきなびんから おさけをのんで、すこしのあいだ、ひるねするから、そのとき、おまえに いいことを してあげようよ。」と、おいはぎのこむすめゲルダに いいました。
 それからおんなは、ぱんと、ねどこから はねおきて、おっかさんの くびのまわりに かじりついて、おっかさんの ひげを ひっぱりながら、こう いいました。
「かわいい、めやぎさん、おはようございます。」
 すると、おっかさんは、おんなのはなが 赤くなったり紫色むらさきいろになったりするまで、ゆびで はじきました。
 でもこれは、かわいくてたまらないこころから することでした。
 おっかさんが、びんのおさけをのんで、ねてしまったとき、おいはぎのこむすめは、となかいの ところへ いって、こういいました。
「わたしは もっと、なんべんも、なんべんも、ナイフでおまえを、くすぐって やりたいのだよ。だって、ずいぶん おかしいんだもの、でも、もういいさ。あたい、おまえが ラップランドへけるように、つなを ほどいて にがしてやろう。けれど、おまえは せっせとはしって、このを、このの おともだちのいる、ゆき女王じょおうのごてんへ、つれていかなければ いけないよ。おまえ、このが あたいにはなしていたこと、きいていたろう。とてもおおきなこえで はなしたし、おまえも みみをすまして、きいて いたのだから。」
 となかいは よろこんで、たかく はねあがりました。その背中せなかに おいはぎのこむすめは、ゲルダを のせて やりました。
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そして用心ようじんぶかく、ゲルダを しっかり いわえつけて【固定こていして】、そのうえ、くらの かわりに、ちいさな ふとんまで、しいて やりました。
「まあ、どうでもいいや。」と、こむすめは いいました。「そら、おまえの 毛皮けがわの ながぐつだよ。だんだん さむくなるからね。マッフ【れてだんるための筒状つつじょう防寒具ぼうかんぐ】は きれいだから もらっておくわ。けれど、おまえに さむいおもいは させないわ。ほら、おっかさんおおきな まるぶくろが ある。おまえなら、ひじのところまで、ちょうど とどくだろう。まあ、これを はめると、おまえのが、まるで あたいの いやなおっかさんのようだよ。」と、むすめは いいました。
 ゲルダは、もう うれしくて、なみだが こぼれました。
くなんて、いやなことだね。」と、おいはぎのこむすめは いいました。「ほんとは、うれしい はずじゃないの。さあ、ここに ふたつ、パンの かたまりと、ハムが あるわ。これだけあれば、ひもじいおもいは しないだろう。」
 これらのしなじなは、となかい背中せなかのうしろに いわえつけ【むすびつけ】られました。おいはぎのむすめをあけて、おおきな いぬを だまして、なかに いれておいて、それから、よくきれるナイフで つなをきると、となかい に むかって いいました。
「さあ、はしって。そのかわり、そのに、よくをつけてやってよ。」
 そのとき、ゲルダは、おおきな まるぶくろを はめた 両手りょうてを、おいはぎのこむすめの ほうに さしのばして、「さようなら。」といいました。
 とたんに、となかいは かけだしました。いわかどを とびこえ、おおきなもりを つきぬけて、沼地ぬまち草原そうげんも かまわず、いっしょうけんめい、まっしぐらに はしって いきました。おおかみが ほえ、わたりがらすが こえを たてました。ひゅッ、ひゅッ、そらで、なにかおとが しました。それは まるで 花火はなびが あがったように。
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「あれが わたしの なつかしい 北極光オーロラです。」と、となかいが いいました。「ごらんなさい。なんてよく、かがやいて いるでしょう。」
 それからとなかいは、ひるもよるも、まえよりも もっとはやく はしって きました。
 パンのかたまりも なくなりました。ハムも たべつくしました。となかいゲルダとは、ラップランドにつきました。



  第六だいろくのおはなし

    ラップランドの女とフィンランドの女


 ちいさな、そまつな こやのまえで、となかい は とまりました。そのこやは たいそう みすぼらしくて、屋根やね地面じめんと すれすれのところまでも、おおいかぶさって いました。そして、戸口とぐちが たいそう ひくく ついている ものですから、うちのひとたり、はいったり するときには、はらばいになって、そこを くぐらなければ なりませんでした。そのいえには、たったひとり としとったラップランドのおんながいて、鯨油げいゆランプのそばで、おさかなを やいていました。となかいは そのおばあさんに、ゲルダのことを すっかりはなして きかせました。でも、そのまえに じぶんのことを まずはなしました。となかいは、じぶんのはなしのほうが、ゲルダはなしより たいせつだと おもったからでした。
 ゲルダは さむさに、ひどく やられていて、くちをきくことが できませんでした。
「やれやれ、それは かわいそうに。」と、ラップランドのおんなは いいました。「おまえたちは まだまだ、ずいぶん とおく はしってかなければ ならないよ。ひゃくマイル以上いじょうきたの *フィンマルケンの おくふかく はいらなければ ならないのだよ。ゆき女王じょおうは そこにいて、まいばんあおひかり花火はなびを もやしているのさ。わたしは かみを もっていないから、干鱈ひだらのうえに、てがみを かいて あげよう。これをフィンランドのおんなのところへ もっておいで。そのおんなのほうが、わたしよりも くわしく、なんでもおしえて くれるだろうからね。」

*ノルウェーの北端ほくたん最低さいてい地方ちほう

 さてゲルダのからだも あたたまり、たべものや のみもので げんきを つけて もらったとき、ラップランドのおんなは、干鱈ひだらに、ふたこと みこと、もんくを かきつけて、それを たいせつに もっていくように、といって だしました。ゲルダは、またとなかいに いわえつけられて【固定こていされて】でかけました。
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ひゅッひゅッ、そらうえで また いいました。ひと晩中ばんじゅう、このうえもなく うつくしい青色あおいろをした、極光オーロラが もえていました。――さて、こうして、となかいゲルダとは、フィンマルケンに つきました。そして、フィンランドのおんないえの えんとつを、こつこつ たたきました。だってそのいえには、戸口とぐちも ついて いませんでした。
 さて、となかいは、まず じぶんのことを はなして、それからゲルダのことを はなしました。するとフィンランドのおんなは、その りこうそうなを しばたたいた だけで、なにも いいませんでした。
「あなたは、たいそう、かしこくて いらっしゃいますね。」と、となかいは、いいました。「わたしは あなたが、いっぽんの よりいとで、世界中せかいじゅうかぜを つなぐことが おできになると、きいて おります。もしもふなのりが、その いちばん はじめの むすびめを ほどくなら、つごうのいい 追風おいかぜが ふきます。ばんめの むすびめ だったら、つよいかぜが ふきます。さんばんめと よんばんめを ほどくなら、もりごと ふきたおすほどの あらしが ふきすさみます。どうか、このむすめさんに、十二人じゅうににんりきが ついて、しゅびよく ゆき女王じょおうに かてますよう、のみものを ひとつ、つくって やって いただけませんか。」
十二人じゅうににんりきかい。さぞ やくにたつ だろうよ。」と、フィンランドのおんなは くりかえして いいました。
 それからおんなひとは、たなの ところへ いって、おおきな 毛皮けがわの まいたものを もってきて ひろげました。それには、ふしぎな もんじ【もじ】が かいて ありましたが、フィンランドのおんなは、ひたいから、あせが たれるまで、それを よみかえしました。
 でも、となかいは、かわいいゲルダのために、また いっしょうけんめい、そのおんなひとに たのみました。ゲルダなみだを いっぱいためて、おがむように、フィンランドのおんなあげました。おんなは またを しばたたき はじめました。そして、となかいを すみのほうへ つれていって、その あたまに あたらしい こおりを のせて やりながら、こう つぶやきました。
カイっては、ほんとうに ゆき女王じょおうのおしろに いるのだよ。
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そして、そこにあるものは なんでも にいってしまって、世界せかいに こんないいところはないと おもっているんだよ。けれど それというのも、あれの の なかには、かがみの かけらが はいっているし、しんぞうの なかにだって、ちいさな かけらが はいって いるからなのだよ。だから そんなものを、カイから とりだして しまわないうちは、あれは けっして まにんげんに なることは できないし、いつまでも ゆき女王じょおうの いうなりに なっている ことだろうよ。」
「では、どんなものにも、うちかつことのできるちからに なるようなものを、ゲルダちゃんに くださるわけには いかないでしょうか。」
「このむすめに、うまれついて もっているちからよりも、おおきなちからを さずけることは、わたしには できない ことなのだよ。まあ、それは おまえさんにも、あのむすめが いまもっているちからが、どんなに おおきなちからだか わかるだろう。ごらん、どんなにして、いろいろと 人間にんげんやどうぶつが、あのむすめ ひとりのために してやっているか、どんなにして、はだしの くせに、あのむすめが よくも こんな とおくまで やってこられたか。それだもの、あのむすめは、わたしたちから、ちからを えようとしても だめなのだよ。それは あのむすめこころの なかに あるのだよ。それが かわいい むじゃきな こどもだという ところに あるのだよ。もし、あのむすめが、自分じぶんゆき女王じょおうのところへ、でかけていって、カイから ガラスのかけらを とりだすことが できないようなら、まして、わたしたちのちからに およばないことさ。もう ここから マイルばかりで、ゆき女王じょおうの おにわ入口いりぐちになるから、おまえは そこまで、あのおんなを はこんでいって、ゆきなかで、あかをつけて しげっている、おおきな やぶのところに、おろして くるがいい。それで、もう よけいなくちを きかないで、さっさと かえっておいで。」
 こういって、フィンランドのおんなは、ゲルダを、となかいの せなかに のせました。そこで、となかいは、ぜんそくりょくで、はしりだしました。
「ああ、あたしは、ながぐつを おいてきたわ。ぶくろも おいてきてしまった。」と、ゲルダはさけびました。
 とたんに、ゲルダをきるような さむさを かんじました。でも、となかいは けっして とまろうとは しませんでした。
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それは あかのなった やぶのところへ くるまで、いっさんばしり【わきらず夢中むちゅうになってはしる】に、はしりつづけました。そして、そこでゲルダを おろして、くちのところに せっぷんしました。
 おおつぶのなみだが、となかいほおながれました。それから、となかいは また、いっさんばしりに、はしって いって しまいました。かわいそうに、ゲルダは、くつも はかず、ぶくろも はめずに、こおりにとじられた、さびしい フィンマルケンの まっただなかに、ひとり とりのこされて っていました。
 ゲルダは、いっしょうけんめい かけだしました。すると、ゆき大軍たいぐんが、むこうから おしよせて きました。
 けれど、そのゆきは、そらから ふってくるのでは ありません。そら極光オーロラに てらされて、きらきら かがやいて いました。ゆき地面じめんうえを まっすぐに はしってきて、ちかくに くればくるほど、かたちおおきく なりました。ゲルダは、いつか むしめがねで のぞいたとき、ゆきの ひとひらが どんなにか おおきく みえたことを、まだ おぼえて いました。けれども、ここのゆきは ほんとうに、ずっとおおきく、ずっと おそろしく みえました。このゆききて いました。それは ゆき女王じょおう前哨ぜんしょう警戒けいかいのために前方ぜんぽう配置はいちする部隊ぶたい】でした。そして、ずいぶん へんてこなかたちを していました。おおきくて みにくい、やまあらし の ようなものもいれば、かまくびを もたげて、とぐろを まいている へびのような かっこうのもあり、の さかさに はえた、ふとった ぐまに にたものも ありました。それは みんな まぶしいように、ぎらぎら しろく ひかりました。これこそ きた ゆき大軍たいぐん でした。
 そこでゲルダは、いつものしゅいのりの 「われらの父」を となえました。さむさは とてもひどくて、ゲルダは じぶんの つく いきを ることが できました。それは、くちから けむりのように たちのぼりました。そのいきは だんだん こくなって、やがて ちいさい、きゃしゃな 天使てんしに なりました。それが びた【べた】に つくと いっしょに【同時どうじに】、どんどん おおきく なりました。天使てんしたちは みな、かしら【あたま】には かぶとを いただき、にはたてと やりを もっていました。天使てんしかずは だんだん ふえる ばかりでした。
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そして、ゲルダしゅの おいのりを おわった ときには、りっぱな 天使てんしぐんいったいが、ゲルダのぐるりを とりまいて いました。天使てんしたちは やりを ふるって、おそろしい ゆきの へいたいを うちたおすと、みんな ちりぢりに なって しまいました。そこでゲルダは、ゆうき を だして、げんきよく すすんでくことが できました。天使てんしたちは、ゲルダあしとを さすりました。するとゲルダは、まえほど さむさを かんじなくなって、ゆき女王じょおうのおしろを めがけて いそぎました。
 ところで、カイは、あののち、どうして いたでしょう。それからまず おはなしを すすめましょう。カイは、まるでゲルダのことなど、おもっては いませんでした。だから、ゲルダが、ゆき女王じょおうの ごてんまで きているなんて、どうして、ゆめにも おもわない ことでした。



 第七だいななのおはなし

   ゆき女王じょおうのおしろでのできごとと そののちのおはなし


 ゆき女王じょおうのおしろは、はげしく ふきたまる ゆきが、そのまま かべになり、まど戸口とぐちは、をきるようなかぜで、できていました。そこには、ひゃくいじょうの広間ひろまが、じゅんに ならんで いました。それは みんな ゆきの ふきたまった ものでした。いちばんおおきな広間ひろまは なんマイルにも わたっていました。つよい極光オーロラが この広間ひろまをも てらしていて、それは ただもう、ばかおおきく、がらんと していて、いかにも こおりのように つめたく、ぎらぎらして えました。たのしみと いうものの、まるでない ところでした。あらしが 音楽おんがくを かなでて、ほっきょくぐまが あとあしちあがって、どっておどる ダンスのかいも みられません。わかい しろぎつねの貴婦人きふじんのあいだに、ささやかなおちゃかいが ひらかれることも ありません。ゆき女王じょおう広間ひろまは、ただ もう がらんとして、だだっぴろく、そして さむい ばかりでした。極光オーロラのもえるのは、まことに きそくただしいので、いつが いちばんたかいか、いつが いちばん ひくいか、はっきり ることが できました。この はてしなくおおきな がらんとしたゆき広間ひろまのまんなかに、なん千万ぜんまんというかずの かけらに われて こおった、みずうみが ありました。
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われたかけらは、ひとつ ひとつ おなじかたちをして、これがあつまって、りっぱな美術品びじゅつひんに なっていました。この みずうみの まんなかに、おしろにいるとき、ゆき女王じょおうは すわっていました。そして じぶんは 理性りせいかがみのなかに すわっているのだ、このかがみほどのものは、世界中せかいじゅうさがしてもない、といっていました。
 カイは ここにいて、さむさのため、まっさおに、というよりは、うすぐろく なっていました。それでいて、カイは さむさを かんじませんでした。というよりは、ゆき女王じょおうが せっぷんして、カイのからだから、さむさを すいとって しまったからです。そしてカイのしんぞうは、こおりのように なっていました。カイは、たいらな、いくまいかの うすいこおりいたを、あっちこっちから はこんできて、いろいろに それを くみあわせて、なにか つくろうと していました。まるで わたしたちが、むずかしい漢字かんじを くみわせる ようでした。カイも、このうえなく のこんだ、みごとなかたちを つくりあげました。それは こおりの ちえあそびでした。カイには、これらのもののかたちは このうえなく りっぱな、このなかいちばんたいせつな もののように みえました。それはカイにささった かがみの かけらの せいでした。カイは、かたちで ひとつの ことばを かきあらわそうと おもって、のこらずのこおりいたを ならべてみましたが、自分じぶんが あらわしたいと おもうことば、すなわち、「永遠えいえん」という ことばを、どうしても つくりだすことは できませんでした。でも、女王じょおうは いっていました。
「もし おまえに、そのかたちを つくることが わかれば、からだも 自由じゆうになるよ。そうしたら、わたしは 世界せかいぜんたいと、あたらしいそりぐつを、いっそく あげよう。」
 けれども、カイには、それが できませんでした。
「これから、わたしは、あたたかいくにを、ざっと ひとまわり してこよう。」と、ゆき女王じょおうは いいました。「ついでに そこのくろなべを のぞいてくる。」くろなべ と いうのは、*エトナとかヴェスヴィオとか、いろんなの、をはく やまのことでした。「わたしは すこしばかり、それをしろく してやろう。ぶどうやレモンを おいしくするために いいそうだから。」
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*エトナはイタリア半島はんとうみなみシシリーとう火山かざん。ヴェスヴィオはおなじくナポリ東方とうほうにある火山かざん

 こういって、ゆき女王じょおうは、とんでいって しまいました。そしてカイは、たったひとりぼっちで、なんマイルという ひろさのある、こおり大広間おおひろまのなかで、こおりいたつめて、じっと かんがえこんで いました。もう、こちこちになって、おなかの なかの こおりが、みしりみしり いうかと おもうほど、じっと うごかずに いました。それを みたら、たれも【だれも】、カイは こおりついたなり【こおりついたまま】、んでしまったのだと おもったかも しれません。
 ちょうど そのとき、ゲルダおおきなもんとおって、その 大広間おおひろまに はいって きました。そこには、をきるようなかぜが、ふきすさんで いましたが、ゲルダが、ゆうべの おいのりを あげると、ねむったように、しずかになって しまいました。そして、ゲルダは、いくつも、いくつも、さむい、がらんとした ひろまを ぬけて、――とうとう、カイを みつけました。ゲルダは、カイを おぼえていました。で、いきなりカイの くびすじに とびついて、しっかり だきしめながら、
カイ、すきなカイ。ああ、あたし とうとう、みつけたわ。」と、さけびました。
 けれども、カイゆるぎ【動揺どうよう】もしずに、じっと しゃちほこばったなり【うごかないまま】、つめたくなって いました。そこで、ゲルダは、あついなみだながして きました。それはカイの むねのうえに おちて、しんぞうの なかにまで、しみこんで きました。そこに たまった こおりを とかして、しんぞうのなかの、かがみのかけらを なくなして しまいました。カイは、ゲルダを みました。ゲルダは うたいました。

ばらのはな さきてはちりぬ
おさなエス やがてあおがん

 すると、カイは わっと きだしました。カイが、あまりひどく いたものですから、ガラスの とげが、から ぽろり と ぬけて でてしまいました。すぐとカイは、ゲルダが わかりました。
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そして、おおよろこびで、こえを あげました。
「やあ、ゲルダちゃん、すきなゲルダちゃん。――いままで どこへ いってたの、そしてまた、ぼくは どこに いたんだろう。」こういって、カイは、そこらを みまわしました。「ここは、ずいぶん さむいんだなあ。なんておおきくて、がらんと しているんだろうなあ。」
 こういって、カイは、ゲルダに、ひしと とりつきました。ゲルダは、うれしまぎれに、いたり、わらったり しました。それが あまり たのしそうなので、こおりいたきれまでが、はしゃいで おどりだしました。そして、おどりつかれて たおれて しまいました。その たおれたかたちが、ひとりでに、ことばを つづっていました。それは、もしカイに、そのことばが つづれたら、カイ自由じゆうになれるし、そして あたらしい そりぐつと、のこらずの世界せかい【こののすべて】をやろうと、ゆき女王じょおうがいった、その ことばでした。
 ゲルダは、カイのほおに せっぷん しました。みるみるそれは ぽおっとあかく なりました。それからカイにも せっぷん しました。すると、それはゲルダのように、かがやきだしました。カイだの あしだのにも せっぷん しました。これで、しっかりして げんきに なりました。もう こうなれば、ゆき女王じょおうが かえってきても、かまいません。だって、女王じょおうが、それができれば ゆるしてやる と いったことばが、ぴかぴか ひかる こおりのもんじ【文字もじ】で、はっきりと そこに かかれて いたからです。
 さて、そこで ふたりは を とりあって、そのおおきなおしろから そとへ でました。そして、うちのおばあさんはなしだの、屋根やねうえの ばらのことなどを、かたりあいました。ふたりがく さきざきには、かぜもふかず、おさまのひかりが かがやき だしました。そして、あかのなった、あのやぶのあるところに きたとき、そこにもう、となかいが いて、ふたりを まっていました。そのとなかいは、もういっぴきの わかいとなかいを つれていました。そして、この わかいほうは、ふくれたぶさから ふたりの こどもたちに、あたたかい おちちを して のませて くれて、その くちのうえに せっぷん しました。
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それから ひきのとなかいは、カイゲルダを のせて、まずフィンランドのおんなのところへ きました。そこで ふたりは、あの あついへやで、じゅうぶん からだを あたためて、うちへ かえるみちを おしえて もらいました。それから こんどは、ラップランドのおんなのところへ いきました。そのおんなは、ふたりに あたらしい着物きものを つくってくれたり、そりを そろえてくれたり しました。
 となかいと、もういっぴきのとなかいとは、それなり【無理むりせず自分じぶんなりに】、ふたりのそりに ついて はしって、国境くにざかいまで おくってきて くれました。そこでは、はじめてくさみどりが もえだして いました。カイゲルダとは、ここで、ひきのとなかいと、ラップランドのおんなとに わかれました。
「さようなら。」と、みんなは いいました。そして、はじめて、小鳥ことりが さえずり だしました。もりには、みどりくさが、いっぱいに ふいていました。
 そのもりなかから、うつくしいうまにのった、わかいむすめが、あかい ぴかぴかする ぼうしを かぶり、くらに ピストルを ちょうさして、こちらに やってきました。ゲルダは そのうまを しっていました。(それは、ゲルダきん馬車ばしゃを ひっぱった うまであったからです。)そして、このむすめは、れいの おいはぎのこむすめ でした。このおんなは、もう、うちに いるのが いやになって、きたくにのほうへ いってみたいと おもっていました。そして もし、きたくににいらなかったら、どこかほかのくにへ いってみたいと おもっていました。このむすめは、すぐにゲルダがつきました。ゲルダもまた、このむすめを みつけました。そして、もういちど あえたことを、こころから よろこびました。
「おまえさん、ぶらつきやの ほうでは、たいした おやぶんさんだよ。」と、そのむすめは、カイに いいました。「おまえさんのために、世界せかいの はてまでも さがしに いってやるだけの ねうちが、いったい、あったのかしら。」
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 けれども、ゲルダは、そのむすめの ほおを、かるく さすりながら、王子と王女とは、あののち どうなったか と ききました。
「あのひとたちは、外国がいこくへ いって しまったのさ。」と、おいはぎのこむすめが こたえました。
「それで、からすは どうして。」と、ゲルダは たずねました。
「ああ、からすんでしまったよ。」と、むすめが いいました。「それでさ、おかみさんがらすも、やもめになって、くろ毛糸けいと喪章もしょうあしにつけてね、ないて ばかりいるって いうけれど、うわさ だけだろう。さあ、こんどは、あれから どんなたびをしたか、どうしてカイちゃんを つかまえたか、はなしておくれ。」
 そこで、カイゲルダとは、かわりあって、のこらずのはなしをしました。
「そこで、よろしく、ちんがらもんがらか【ごちゃごちゃしたかんじ】、でも、まあ うまくいって、よかったわ。」と、むすめは いいました。


 そして、ふたりのをとって、もし ふたりの すんでいるまちとおることが あったら、きっと たずねようと、やくそく しました。それから、むすめうまをとばして、ひろい世界せかいへ でてきました。でも、カイゲルダとは、をとりあって、あるいて いきました。いくほど、そこらが はるめいてきて、はながさいて、青葉あおばが しげりました。おてらかねが きこえて、おなじみの たかとうと、おおきなまちえてきました。それこそ、ふたりが すんでいたまちでした。そこで ふたりは、おばあさまいえ戸口とぐちへ いって、かいだんを あがって、へやへ はいりました。そこでは なにもかも、せんと【まえと】 かわって いませんでした。はしらどけいが 「カッチンカッチン」いって、はりが まわっていました。けれど、その戸口とぐちを はいるとき、じぶんたちが、いつか もう おとなに なっていることに がつきました。
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おもての屋根やねの といの うえでは、ばらのはながさいて、ひらいたまどから、うちのなかを のぞきこんでいました。そして そこには、こどもの いすが おいて ありました。カイゲルダとは、めいめいの いすに こしをかけて、を にぎりあいました。ふたりは もう、あのゆき女王じょおうのおしろの さむい、がらんとした、そうごんな けしきを、ただ ぼんやりと、おもくるしい ゆめのように おもっていました。おばあさまは、かみさまの、うららかな おさまのひかりを あびながら、「なんじら、もし、おさなごのごとくならずば、天国てんごくにいることをえじ【どものように純粋じゅんすい素直すなおこころたなければ、かみくに天国てんごく)にははいれない】。」と、たからかに 聖書せいしょいっせつを よんでいました。
 カイゲルダとは、おたがいに、あわせました。そして、

ばらのはな さきてはちりぬ
おさなエスやがてあおがん
【こののはかなさ(バラのはな)をて、わたし信仰しんこう(イエス)にみちびかれていく】

という さんびの いみが、にわかに はっきりと わかってきました。
 こうしてふたりは、からだこそ おおきくなっても、やはり こどもで、こころだけは こどものままで、そこに こしをかけて いました。
 ちょうど なつでした。あたたかい、みめぐみ あふれる なつでした。




底本:「新訳アンデルセン童話集 第二巻」同和春秋社
   1955(昭和30)年7月15日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本中、*で示された語句の訳註は、当該語句のあるページの下部に挿入されていますが、このファイルでは当該語句のある段落のあとに、5字下げで挿入しました。
※見出しの字下げは底本通りとしました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年11月22日作成
2014年3月27日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
大変ありがとうございました。感謝致します。
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シン文庫追記)
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