雪の女王
SNEDRONNINGEN
七つのお話でできているおとぎ物語
ハンス・クリスティアン・アンデルセン Hans Christian Andersen1805年(江戸後期) - 1875年(明治8年)
楠山正雄訳


 第一だいいちのお話はなし

   鏡かがみとそのかけらのこと


 さあ、きいていらっしゃい。はじめますよ。このお話はなしを おしまいまできくと、だんだんなにかが はっきりしてきて、つまり、それが わるい魔法使まほうつかいのお話はなしであったことがわかるのです。この魔法使まほうつかいというのは、なかまでも いちばん いけないやつで、それこそ まがいなしの「悪魔あくま」でした。
 さて、ある日のこと、この悪魔あくまは、たいそうな ごきげんでした。というわけは、それは、鏡かがみをいちめん作つくりあげたからでしたが、その鏡かがみというのが、どんな けっこうな うつくしいものでも、それにうつると、ほとんど ないも どうぜんに、ちぢこまってしまうかわり、くだらない、みっともない ようすのものにかぎって、よけいはっきりと、いかにも にくにくしく【にくたらしく】 うつるという、ふしぎな せいしつを もったものでした。どんな うつくしい けしきも、この鏡かがみにうつすと、煮にくたらした ほうれんそう のように見え、どんなに りっぱな ひとたちも、いやな かっこうになるか、どうたいのない、あたまだけで、さかだちするかしました。顔かおは見みちがえるほど ゆがんでしまい、たった、ひとつぼっちの そばかすでも、鼻はなや口くちいっぱいに大おおきくひろがって、うつりました。
「こりゃ おもしろいな。」と、その悪魔あくまは いいました。ここに、たれかが、やさしい、つつましい心こころをおこしますと、それが鏡かがみには、しかめっつらに うつるので、この魔法使の悪魔は、じぶんながら、こいつはうまい発明はつめいだわいと、つい わらいださずには、いられませんでした。
 この悪魔あくまは、魔法まほう学校がっこうを ひらいていましたが、そこに かよっている魔ま生徒せいとどもは、こんど ふしぎなものが あらわれたと、ほうぼう ふれまわりました。
 さて、この鏡かがみができたので、はじめて世界せかいや人間にんげんの ほんとうの すがたが わかるのだと、この れんじゅう【れんちゅう】は ふいちょう【言いいふらす】して あるきました。で、ほうぼうへその鏡かがみを もちまわった ものですから、とうとう おしまいには、どこの国くにでも、どの人ひとでも、その鏡かがみに めいめいの、ゆがんだ すがたを みないものは、なくなってしまいました。こうなると、図ずにのった悪魔あくまの でし【先生せんせいについて教おしえを受うける人ひと】どもは、天てんまでも昇のぼっていって、天使てんしたちや神かみさままで、わらいぐさ【笑わらい者もの】に しようと おもいました。
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ところで、高たかく高たかくのぼって行いけば、行いくほど、その鏡かがみは よけいひどく、しかめっつらをするので、さすがの悪魔あくまも、おかしくて、もっていられなくなりました。でもかまわず、高たかく高たかくとのぼっていって、もう神かみさまや天使てんしのお住居すまいに近ちかくなりました。すると、鏡かがみは あいかわらず、しかめっつらしながら、はげしく ぶるぶる ふるえだしたものですから、ついに悪魔あくまどもの手てから、地ちの上うえへおちて、何千万なんぜんまん、何億万なんおくまん、というのではたりない、たいへんな数かずに、こまかく くだけて、とんでしまいました。ところが、これがため、よけい下界げかいの わざわいに なったというわけは、鏡かがみのかけらは、せいぜい砂すなつぶくらいの大おおきさしかないのが、世界せかいじゅうに とびちって しまったからで、これが人ひとの目めにはいると、そのまま そこに こびりついて しまいました。すると、その人ひとたちは、なんでも物ものをまちがってみたり、ものごとの わるいほうだけを みるようになりました。それは、そのかけらが、どんな ちいさなものでも、鏡かがみがもっていた ふしぎな力ちからを、そのまま、まだ のこして もっていたからです。なかにはまた、人ひとの しんぞうに はいったものがあって、その しんぞうを、氷こおりのかけらのように、つめたいものに してしまいました。そのうち いくまいか大おおきなかけらもあって、窓まどガラスに使つかわれるほどでしたが、そんな窓まどガラスのうちから、お友ともだちを のぞいてみようとしても、まるで だめでした。ほかのかけらで、めがねに用もちいられたものもありましたが、このめがねをかけて、物ものを正ただしく、まちがいのないように見みようとすると、とんだ さわぎが おこりました。悪魔あくまはこんなことを、たいへん おもしろがって、おなかをゆすぶって、くすぐったがって、わらいました。ところで、ほかにもまだ、こまかいかけらは、空そらのなかに ただよっていました。さあ、これからがお話はなしなのですよ。



 第だい二にのお話はなし

   男おとこの子こと女おんなの子こ


 たくさんの家いえがたてこんで、おおぜい人ひとが すんでいる 大おおきな町まちでは、たれでも、庭にわにするだけの、あき地ちを もつわけには いきませんでした。ですから、たいてい、植木うえきばちの花はなをみて、まんぞくしなければ なりませんでした。
 そういう町まちに、ふたりの まずしい こどもが すんでいて、植木うえきばちよりも いくらか大おおきな花はなぞのを もっていました。
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その ふたりの こどもは、にいさんでも妹いもうとでも ありませんでしたが、まるで ほんとうの きょうだいのように、仲なかよくしていました。そのこどもたちの両親りょうしんは、おむこうどうし【ともに妻つまの家いえに入はいった婿むこ】で、その住すんでいる屋根やねうらべやは、二軒にけんの家いえの屋根やねと屋根やねとがくっついた所ところに、むかいあっていました。そのしきりの所ところには、一本いっぽんの雨あまどいがとおっていて、両方りょうほうから、ひとつずつ、ちいさな窓まどが、のぞいていました。で、とい を ひとまたぎ しさえすれば、こちらの窓まどからむこうの窓まどへいけました。
 こどもの親おやたちは、それぞれ木きの箱はこを窓まどの外そとにだして、台所だいどころでつかうお野菜やさいをうえておきました。そのほかに ちょっとしたばら をひと株かぶうえておいたのが、みごとにそだって、いきおいよく のびていました。ところで親おやたちの おもいつきで、その箱はこを、といをまたいで、横よこにならべておいたので、箱はこは窓まどと窓まどとのあいだで、むこうから こちらへと、つづいて、そっくり、生いきのいい花はなのかべを、ふたつならべたように見みえました。えんどう豆まめのつるは、箱はこから下したのほうに たれさがり、ばらの木きは、いきおいよく長ながい枝えだをのばして、それがまた、両方りょうほうの窓まどにからみついて、おたがいに おじぎを しあっていました。まあ花はなと青葉あおばでこしらえた、アーチのようなものでした。その箱はこは、高たかい所ところにありましたし、こどもたちは、その上うえに はいあがっては いけないのを しっていました。そこで、窓まどから屋根やねへ出でて、ばらの花はなの下したにある、ちいさな こしかけに、こしをかける おゆるしをいただいて、そこで おもしろそうに、あそびました。
 冬ふゆになると、そういう あそびも だめになりました。窓まどはどうかすると、まるっきり こおりついて しまいました。そんなとき、こどもたちは、だんろの上うえで銅貨どうかをあたためて、こおった窓まどガラスに、この銅貨どうかをおしつけました。すると、そこに まるい、まんまるい、きれいな のぞきあなが できあがって、この あなのむこうに、両方りょうほうの窓まどからひとつずつ、それはそれは うれしそうな、やさしい目めが ぴかぴか光ひかります、それがあの男おとこの子こと、女おんなの子こでした。男おとこの子こはカイ、女おんなの子こはゲルダといいました。夏なつのあいだは、ただひとまたぎで、いったりきたり したものが、冬ふゆになると、ふたりの こどもは、いくつも、いくつも、はしごだんを、おりたり あがったり しなければ、なりませんでした。
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外そとには、雪ゆきがくるくる舞まっていました。
「あれはね、白しろいみつばちが あつまって、とんでいるのだよ。」と、おばあさんがいいました。
「あのなかにも、女王じょうおうばちがいるの。」と、男おとこの子こはたずねました。この子こは、ほんとうの みつばちに、そういうもののいることを、しっていたのです。
「ああ、いるともさ。」と、おばあさんは いいました。「その女王じょうおうばちは、いつも たくさん なかまの あつまっているところに、とんでいるのだよ。なかまのなかでも、いちばん からだが大おおきくて、けっして下したに じっとしてはいない。すぐと黒くろい雲くものなかへ とんで はいってしまう。ま夜中よなかに、いく晩ばんも、いく晩ばんも、女王じょうおうは町まちの通とおりから通とおりへ とびまわって、窓まどのところをのぞくのさ。すると ふしぎと そこでこおってしまって、窓まどは花はなを ふきつけたように、見みえるのだよ。」
「ああ、それ、みたことがありますよ。」と、こどもたちは、口くちをそろえて叫さけびました。そして、すると、これは ほんとうの話はなしなのだ、と おもいました。
「雪ゆきの女王じょうおうさまは、うちのなかへも はいってこられるかしら。」と、女おんなの子こがたずねました。
「くるといいな。そうすれば、ぼく、それを あたたかいストーブの上うえにのせてやるよ。すると女王じょうおうは とろけてしまうだろう。」と、男おとこの子こがいいました。
 でも、おばあさんは、男おとこの子このかみの毛けをなでながら、ほかのお話はなしをしてくれました。
 その夕方ゆうがた、カイはうちにいて、着物きものを半分はんぶんぬぎかけながら、ふと おもいついて、窓まどのそばの、いすの上うえにあがって、れいの ちいさな のぞきあなから、外そとをながめました。おもてには、ちらちら、こな雪ゆきが舞まっていましたが、そのなかで大おおきなかたまりが ひとひら、植木箱うえきばこのはしに おちました。すると みるみるそれは 大おおきくなって、とうとうそれが、まがいのない【まちがいなく】、わかい、ひとりの女おんなの人ひとになりました。もう何百万なんびゃくまんという数かずの、星ほしのように光ひかるこな雪ゆきで織おった、うすい白しろい紗しゃの着物きものを着きていました。
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やさしい女おんなの姿すがたはしていましたが、氷こおりのからだを していました。ぎらぎらひかる 氷こおりのからだをして、そのくせ生いきているのです。その目めは、あかるい星ほしを ふたつならべたようでしたが、おちつきも休やすみもない目めでした。女おんなは、カイのいる窓まどのほうに、うなずきながら、手てまねぎしました。カイはびっくりして、いすからとびおりて しまいました。すぐそのあとで、大おおきな鳥とりが、窓まどの外そとをとんだような、けはいが しました。
 そのあくる日ひは、からりとした、霜日しもびより【霜しもが降おりたあとの、いい天気てんき】でした。‥‥それからは、日ひにまし、雪ゆきどけの ようき になって、とうとう春はるが、やってきました。お日ひさまは あたたかに、照てりかがやいて、緑みどりがもえだし、つばめは巣すをつくりはじめました。あのむかいあわせの屋根やねうらべやの窓まども、また、あけひろげられて、カイとゲルダとは、アパートのてっぺんの屋根上やねうえの雨あまどいの、ちいさな花はなぞので、ことしも あそびました。
 この夏なつは、じつにみごとに、ばらの花はなが さきました。女おんなの子このゲルダは、ばらのことの うたわれている、さんび歌かをしっていました。そして、ばらの花はなというと、ゲルダはすぐ、じぶんの花はなぞのの ばらのことを かんがえました。ゲルダは、そのさんび歌かを、カイにうたってきかせますと、カイもいっしょに うたいました。

「ばらのはな さきてはちりぬ
 おさなごエス やがてあおがん」

 ふたりのこどもは、手てをとりあって、ばらの花はなにほおずりして、神かみさまの、みひかりのかがやく、お日ひさまをながめて、おさなごエスが、そこに、おいでになるかのように、うたいかけました。なんという、楽たのしい夏なつの日ひだったでしょう。いきいきと、いつまでも さくことを やめないようにみえる、ばらの花はなのにおいと、葉はのみどりにつつまれた、この屋根やねの上うえは、なんて いいところでしたろう。
 カイとゲルダは、ならんで掛かけて、けものや鳥とりのかいてある、絵本えほんをみていました。ちょうどそのとき‥‥お寺てらの、大おおきな塔とうの上うえで、とけいが、五いつつうちましたが‥‥カイは、ふと、
「あッ、なにか ちくりと むねにささったよ。それから、目めにも なにか とびこんだようだ。」と、いいました。
 あわてて、カイのくびを、ゲルダがかかえると、男おとこの子こは目めをぱちぱち やりました。でも、目めのなかには なにもみえませんでした。
「じゃあ、とれてしまったのだろう。」と、カイはいいましたが、それは、とれたのではありませんでした。カイの目めにはいったのは、れいの鏡かがみから、とびちった かけらでした。そら、おぼえているでしょう。
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あのいやな、魔法まほうの鏡かがみのかけらで、その鏡かがみにうつすと、大おおきくて いいものも、ちいさく、いやなものに、みえるかわり、いけない わるいものほど、いっそう きわだって わるく見みえ、なんによらず、物事ものごとのあらが、すぐめだって見みえるのです。かわいそうに、カイは、しんぞうに、かけらがひとつ はいってしまいましたから、まもなく、それは氷こおりのかたまりのように、なるでしょう。それなり【そうなれば】、もう いたみはしませんけれども、たしかに、しんぞうの中なかにのこりました。
「なんだって べそをかくんだ。」と、カイはいいました。「そんなみっともない顔かおをして、ぼくは、もうどうも なってや しないんだよ。」
「チェッ、なんだい。」こんなふうに、カイはふいに、いいだしました。「あのばらは虫むしがくっているよ。このばらも、ずいぶん へんてこなばらだ。みんな きたならしい ばら だな。植うわっている箱はこも箱はこなら、花はなも花はなだ。」
 こういって、カイは、足あしで植木うえきの箱はこをけとばして、ばらの花はなを ひきちぎって しまいました。
「カイちゃん、あんた、なにをするの。」と、ゲルダはさけびました。
 カイは、ゲルダのおどろいた顔かおをみると、また ほかのばらの花はなを、もぎり【ちぎりとり】だしました。それから、じぶんのうちの窓まどの中なかにとびこんで、やさしいゲルダとも、はなれてしまいました。
 ゲルダが そのあとで、絵本えほんをもって あそびにきたとき、カイは、そんなもの、かあさんに だっこされている、あかんぼの みるものだ、といいました。また、おばあさまがお話はなしをしても、カイは のべつに【ひっきりなしに】「だって、だって。」とばかり いっていました。それどころか、すきをみて、おばあさまの うしろにまわって、目めがねをかけて、おばあさまの口くちまねまで、してみせました。しかも、なかなか じょうずに やったので、みんなは おかしがって わらいました。まもなくカイは、町まちじゅうの人ひとたちの、身みぶりや口くちまねでも、できるようになりました。なんでも、ひとくせ かわったことや、みっともないことなら、カイはまねすることを おぼえました。
「あの子こはきっと、いい あたまなのに ちがいない。」
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と、みんないいましたが、それは、カイの目めのなかにはいった鏡かがみのかけらや、しんぞうの奥おくふかくささった、鏡かがみのかけらの させることでした。そんなわけで、カイは まごころを ささげて、じぶんをしたってくれるゲルダまでも、いじめだしました。
 カイのあそびも、すっかりかわって、ひどく こましゃくれた【子供こどもが変へんに大人おとなぶって振ふる舞まう生意気なまいきな言動げんどう】ものになりました。‥‥ある冬ふゆの日ひ、こな雪ゆきがさかんに舞まいくるっているなかで、カイは大おおきな虫目むしめがねをもって、そとに でました。そして青あおい うわぎのすそを ひろげて、そのうえに ふってくる雪ゆきを うけました。
「さあ、この目めがねのところから のぞいてごらん、ゲルダちゃん。」と、カイはいいました。なるほど、雪ゆきのひとひらが、ずっと大おおきく見みえて、みごとにひらいた花はなか、六角ろっかくの星ほしのようで、それは まったく うつくしいもので ありました。
「ほら、ずいぶん たくみに できているだろう。ほんとうの花はななんか見みるよりも、ずっと おもしろいよ。かけたところなんか、ひとつだってないものね。きちんと形かたちをくずさずにいるのだよ。ただ とけさえ しなければね。」と、カイはいいました。
 そののち まもなく、カイは あつい手てぶくろをはめて、そりをかついで、やってきました。そしてゲルダにむかって、
「ぼく、ほかのこどもたちの あそんでいる、ひろばのほうへ いってもいいと、いわれたのだよ。」と、ささやくと、そのまま いってしまいました。
 その大おおきなひろばでは、こどもたちのなかでも、あつかましいのが、そりを、おひゃくしょうたちの馬車ばしゃの、うしろに いわえつけて【結むすんで】、じょうずに馬車ばしゃといっしょに すべっていました。これは、なかなか おもしろいことでした。こんなことで、こどもたち たれ【だれ】も、むちゅうになって あそんでいると、そこへ、いちだい、大おおきなそりが やってきました。それは、まっ白しろにぬってあって、なかにたれだか、そまつな白しろい毛皮けがわにくるまって、白しろい そまつな ぼうしを かぶった人ひとがのっていました。そのそりは二回にかいばかり、ひろばを ぐるぐるまわりました。
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そこでカイは、さっそくそれに、じぶんの ちいさなそりを、しばりつけて、いっしょに すべっていきました。その大おおそりは、だんだんはやくすべって、やがて、つぎの大通おおどおりを、まっすぐに、はしっていきました。そりを はしらせていた人ひとは、くるりとふりかえって、まるでよくカイをしっているように、なれなれしいようすで、うなずきましたので、カイは つい そりをとくのを やめてしまいました。こんなぐあいにして、とうとうそりは町まちの門もんのそとに、でてしまいました。そのとき、雪ゆきが、ひどくふってきたので、カイはじぶんの手てのさきも みることが できませんでした。それでもかまわず、そりは はしっていきました。カイはあせって、しきりと つなをうごかして、その大おおそりから はなれようとしましたが、小こそりは しっかりと大おおそりに しばりつけられていて、どうにもなりませんでした。ただもう、大おおそりにひっぱられて、風かぜのように とんでいきました。カイは大声おおごえをあげて、すくいを もとめましたが、たれの耳みみにも、きこえませんでした。雪ゆきは ぶっつけるように ふりしきりました。そりは前まえへ前まえへと、とんでいきました。ときどき、そりが とびあがるのは、生いけがきや、おほりの上うえを、とびこすのでしょうか、カイは まったく ふるえあがって しまいました。主しゅの おいのりを しようと思おもっても、あたまに うかんでくるのは、かけざんの九九くくばかりでした。
 こな雪ゆきのかたまりは、だんだん大おおきくなって、しまいには、大おおきな白しろい にわとりのように なりました。ふとその雪ゆきのにわとりが、両りょうがわに とびたちました。とたんに、大おおそりは とまりました。そりを はしらせていた人ひとが、たちあがったのを見みると、毛皮けがわの がいとう も ぼうし も、すっかり雪ゆきで できていました。それはすらりと、背せの高たかい、目めのくらむようにまっ白しろな女おんなの人ひとでした。それが雪ゆきの女王じょおうだったのです。
「ずいぶん よく はしったわね。」と、雪ゆきの女王じょおうはいいました。「あら、あんた、ふるえているのね。わたしのくまの毛皮けがわにおはいり。」
 こういいながら女王じょおうは、カイを じぶんのそりにいれて、かたわらに すわらせ、カイのからだに、その毛皮けがわをかけてやりました。
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するとカイは、まるで 雪ゆきのふきつもったなかに、うずめられたように感じました。
「まださむいの。」と、女王じょおうはたずねました。それからカイのひたいに、ほおを つけました。まあ、それは、氷こおりよりももっとつめたい感かんじでした。そして、もう半分はんぶん氷こおりのかたまりに なりかけていた、カイのしんぞうに、じいんと しみわたりました。カイはこのまま死しんでしまうのではないかと、おもいました。‥‥けれど、それもほんのわずかのあいだで、やがてカイは、すっかり、きもちがよくなって、もう身みのまわりの さむさなど、いっこう気きにならなくなりました。
「ぼくのそりは‥‥ぼくのそりを、わすれちゃいけない。」
 カイがまず第一だいいちにおもいだしたのは、じぶんの そりのことで ありました。そのそりは、白しろいにわとりのうちの一わに、しっかりと むすびつけられました。このにわとりは、そりを せなかにのせて、カイのうしろで とんでいました。雪ゆきの女王じょおうは、またもういちど、カイに ほおずりしました。それで、カイは、もう、かわいらしいゲルダのことも、おばあさまのことも、うちのことも、なにもかも、すっかりわすれてしまいました。
「さあ、もうほおずりは やめましょうね。」と、雪ゆきの女王じょおうはいいました。「このうえすると、お前まえを死しなせてしまうかも しれないからね。」
 カイは女王じょおうをみあげました。まあ その うつくしいことといったら。カイは、これだけかしこそうな りっぱな顔かおがほかにあろうとは、どうしたって おもえませんでした。いつか窓まどのところにきて、手てまねきしてみせた ときと ちがって、もうこの女王じょおうが、氷こおりでできているとは、おもえなくなりました。カイの目めには、女王じょおうは、申もうしぶんなく かんぜんで、おそろしい などとは、感かんじなくなりました。それで うちとけて、じぶんは分数ぶんすうまでも、あんざんで、できることや、じぶんの国くにが、いく平方へいほうマイルあって、どのくらいの人口じんこうがあるか、しっていることまで、話はなしました。女王じょおうは、しじゅう、にこにこして、それをきいていました。それが、なんだ、しっていることは、それっぱかしかと、いわれたようにおもって、あらためて、ひろいひろい大空おおぞらをあおぎました。すると、女王じょおうはカイをつれて、たかくとびました。
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高たかい黒雲くろくもの上うえまでも、とんで行いきました。あらしは ざあざあ、ひゅうひゅう、ふきすさんで、昔むかしの歌うたでも うたっているようでした。女王じょおうとカイは、森もりや、湖みずうみや、海うみや、陸りくの上うえを、とんで行いきました。下したのほうでは、つめたい風かぜがごうごううなって、おおかみ の むれが ほえたり、雪ゆきが しゃっしゃっと きしったり【きしむような音をたてたり】して、その上うえに、まっくろなからすがカアカアないて とんでいました。しかし、はるか上うえのほうには、お月つきさまが、大おおきくこうこうと、照てっていました。このお月つきさまを、ながいながい冬ふゆの夜よるじゅう、カイは ながめて あかしました。ひるになると、カイは女王じょおうの足あしもとで ねむりました。



   第三だいさんのお話はなし

     魔法まほうの使つかえる女おんなの花はなぞの


 ところで、カイが、あれなり【あれきり】 かえってこなかったとき、あの女おんなの子このゲルダは、どうしたでしょう。カイは まあ どうしたのか、たれも【だれも】 しりませんでした。なんの手てがかりも えられませんでした。こどもたちの話はなしでわかったのは、カイが よその大おおきなそりに、じぶんの そりを むすびつけて、町まちをはしりまわって、町まちの門もんから そとへ でていったと いうことだけでした。さて、それからカイが どんなことに なってしまったか、たれも【だれも】 しっているものは ありませんでした。いくにんもの人ひとのなみだが、この子このために、そそがれました。そして、あのゲルダは、そのうちでも、ひとり、もう ながいあいだ、むねの やぶれるほどに なきました。‥‥みんなのうわさでは、カイは町まちのすぐそばを流ながれている川かわにおちて、おぼれて しまったのだろう と いうことでした。ああ、まったく ながいながい、いんきな冬ふゆでした。
 いま、春はるはまた、あたたかいお日ひさまの光ひかりと つれだって やってきました。
「カイちゃんは死しんでしまったのよ。」と、ゲルダはいいました。
「わたしは そう おもわないね。」と、お日ひさまが いいました。
「カイちゃんは死しんでしまったのよ。」と、ゲルダはつばめに いいました。
「わたしは そうおもいません。」と、つばめたちは こたえました。そこで、おしまいに、ゲルダは、じぶんでも、カイは死しんだのではないと、おもうように なりました。
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「あたし、あたらしい赤あかいくつを おろすわ。あれはカイちゃんの まだみなかった くつよ。あれをはいて川かわへおりていって、カイちゃんのことを きいてみましょう。」と、ゲルダは、ある朝あさいいました。で、朝あさはやかったので、ゲルダは まだねむっていたおばあさまに、せっぷんして、赤あかいくつをはき、たったひとりぼっちで、町まちの門もんを出でて、川かわのほうへ あるいていきました。
「川かわさん、あなたが、わたしの すきな おともだちを、とっていってしまった というのは、ほんとうなの。この赤あかいくつをあげるわ。そのかわり、カイちゃんを かえしてね。」
 すると川かわの水みずが、よしよし というように、みょうに波なみだって みえたので、ゲルダは じぶんの もっているもののなかで いちばんすきだった、赤あかいくつを ぬいで、ふたつとも、川かわのなかに なげこみました。ところが、くつは岸きしの近ちかくに おちたので、さざ波なみがすぐ、ゲルダの立たっているところへ、くつを はこんで きてしまいました。まるで川かわは、ゲルダから、いちばん だいじなものを もらうことを のぞんで いないように見みえました。なぜなら、川かわはカイを かくしては いなかったからです。けれど、ゲルダは、くつを もっと とおくのほうへ なげないから いけなかったのだと おもいました。そこで、あしの しげみに うかんでいた小舟こぶねに のりました。そして舟ふねの いちばん はしへ いって、そこから くつを なげこみました。でも、小舟こぶねは しっかりと岸きしに もやって【繋つなぎ止とめて】なかったので、くつを なげるので 動うごかした ひょうしに、岸きしから すべり出だして しまいました。それに気きがついて、ゲルダは、いそいで ひっかえそうと しましたが、小舟こぶねの こちらのはしまで こないうちに、舟ふねは二三尺にさんじゃく【60㎝~90㎝】も岸きしからはなれて、そのままで、どんどんはやく流ながれていきました。
 そこで、ゲルダは、たいそうびっくりして、なきだしましたが、すずめのほかは、たれも【だれも】その声こえをきくものは ありませんでした。すずめには、ゲルダをつれかえる力ちからは ありませんでした。
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でも、すずめたちは、岸きしにそってとびながら、ゲルダをなぐさめるように、
「だいじょうぶ、ぼくたちがいます。」と、なきました。
 小舟こぶねは、ずんずん流ながれに はこばれて いきました。ゲルダは、足あしに くつしたを はいただけで、じっと舟ふねのなかに すわったままでいました。ちいさな赤あかいくつは、うしろのほうで、ふわふわ ういていましたが、小舟こぶねに おいつくことは できませんでした。小舟こぶねのほうが、くつよりも、もっとはやく ながれていったからです。
 岸きしは、うつくしい けしきでした。きれいな花はなが さいていたり、古ふるい木きが立たっていたり、ところどころ、なだらかな土手どてには、ひつじ や めうしが、あそんでいました。でも、にんげんの姿すがたは見みえませんでした。
『ことによると、この川かわは、わたしを、カイちゃんのところへ、つれていって くれるのかもしれないわ。』と、ゲルダはかんがえました。
 それで、だんだん げんきが でてきたので、立たちあがって、ながいあいだ、両方りょうほうの青あおあおと うつくしい岸きしを ながめていました。それからゲルダは、大おおきな さくらんぼばたけ の ところにきました。そのはたけの中なかには、ふうがわりな、青あおや赤あかの窓まどのついた、一いっけんのちいさな家いえがたっていました。その家いえはかやぶきで、おもてには、舟ふねで通とおりすぎる人ひとたちのほうにむいて、木製もくせいの ふたりの へいたいが、銃剣じゅうけんを肩かたに立たっていました。
 ゲルダは、それを ほんとうの へいたい かとおもって、こえを かけました。しかし、いうまでもなく そのへいたいは、なんの こたえも しませんでした。ゲルダは すぐそのそばまできました。波なみが小舟こぶねを岸きしのほうに はこんだからです。
 ゲルダはもっと大おおきなこえで、よびかけてみました。すると、その家いえのなかから、撞木杖しゅもくづえ【握にぎりがT字形じがたの杖つえ】にすがった、たいそう年としとったおばあさんが出でてきました。おばあさんは、目めのさめるように きれいな花はなをかいた、大おおきな夏なつぼうしをかぶっていました。「やれやれ、かわいそうに。
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どうしておまえさんは、そんなに大おおきな波なみのたつ上うえを、こんな とおいところまで流ながれてきたのだね。」と、おばあさんはいいました。
 それからおばあさんは、ざぶりざぶり水みずの中なかにはいって、撞木杖しゅもくづえで小舟こぶねをおさえて、それを陸おかのほうへ ひっぱってきて、ゲルダを だきおろしました。ゲルダはまた陸おかにあがることのできたのを うれしいと おもいました。でも、この みなれないおばあさんは、すこし、こわいようでした。
「さあ、おまえさん、名なまえを なんというのだか、またどうして、ここへやってきたのだか、話はなしてごらん。」と、おばあさんは いいました。そこでゲルダは、なにもかも、おばあさんに話はなしました。おばあさんは うなずきながら、「ふん、ふん。」と、いいました。ゲルダは、すっかり話はなしてしまってから、おばあさんがカイを みかけなかったかどうか、たずねますと、おばあさんは、カイは まだここを通とおらないが、いずれそのうち、ここを通とおるかもしれない。まあ、そう、くよくよおもわないで、花はなをながめたり、さくらんぼを たべたりして おいで。花はなはどんな絵本えほんのよりも、ずっときれいだし、その花はなびらの一いちまい、一いちまいが、ながいお話はなしをしてくれるだろうからと いいました。それからおばあさんは、ゲルダの手てをとって、じぶんのちいさな家いえへつれていって、中なかから戸とに かぎをかけました。
 その家いえの窓まどは、たいそう高たかくて、赤あかいのや、青あおいのや、黄きいろの窓まどガラスだったので、お日ひさまの光ひかりは おもしろい色いろにかわって、きれいに、へやのなかに さしこみました。つくえの上うえには、とてもおいしい さくらんぼが おいてありました。そしてゲルダは、いくらたべてもいいという、おゆるしが でたものですから、おもうぞんぶん それをたべました。ゲルダが さくらんぼを たべている あいだに、おばあさんが、金きんのくしで、ゲルダのかみの毛けをすきました。そこで、ゲルダのかみの毛けは、ばらの花はなのような、まるっこくて、かわいらしい顔かおのまわりで、金色きんいろに ちりちりまいて、光ひかっていました。「わたしは長ながいあいだ、おまえのような、かわいらしい女おんなの子こがほしいとおもっていたのだよ。さあ これから、わたしたちといっしょに、なかよく くらそうね。」
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と、おばあさんは いいました。そしておばあさんが、ゲルダのかみの毛けに くしをいれてやっているうちに、ゲルダはだんだん、なかよしのカイのことなどは わすれてしまいました。というのは、このおばあさんは魔法まほうが使つかえるからでした。けれども、おばあさんは、わるい魔女まじょではありませんでした。おばあさんは じぶんのたのしみに、ほんのすこし魔法まほうを使つかうだけで、こんども、それをつかったのは、ゲルダをじぶんの手てもとに おきたいためでした。そこで、おばあさんは、庭にわへ出でて、そこの ばらの木きにむかって、かたっぱしから撞木杖しゅもくづえをあてました。すると、いままで うつくしく、さきほこっていた ばらの木きも、みんな、黒くろい土つちの中なかに しずんでしまったので、もうたれの【だれの】目めにも、どこに いままで ばらの木きがあったか、わからなくなりました。おばあさんは、ゲルダがばらを見みて、自分じぶんの家いえの ばらのことを かんがえ、カイのことを おもいだして、ここから にげていってしまうと いけないと おもったのです。
 さて、ゲルダは花はなぞのに あんない されました。‥‥そこは、まあなんという、いい香かおりが あふれていて、目めのさめるように、きれいな ところでしたろう。花はなという花はなは、こぼれるように さいていました。そこでは、一いちねんじゅう花はなが さいていました。どんな絵本えほんの花はなだって、これより うつくしく、これより にぎやかな色いろに さいてはいませんでした。ゲルダは おどりあがって よろこびました。そして夕日ゆうひが、高たかい さくらの木きの むこうにはいってしまうまで、あそびました。それからゲルダは、青あおい すみれの花はなが いっぱいつまった、赤あかい絹きぬのクッションのある、きれいなベッドの上うえで、結婚式けっこんしきの日ひの女王じょおうさまのような、すばらしい夢ゆめをむすびました【見みました】。
 そのあくる日、ゲルダは、また、あたたかいお日ひさまの ひかりをあびて、花はなたちと あそびました。こんなふうにして、いく日にちもいく日にちも たちました。ゲルダは花はなぞのの花はなを のこらずしりました。そのくせ、花はなぞのの花はなは、かずこそ ずいぶんたくさん ありましたけれど、ゲルダにとっては、どうもまだなにか、ひといろ たりないように おもわれました。でも、それが なんの花はなであるか、わかりませんでした。
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するうち【そうしているうちに】ある日ひ、ゲルダは なにげなく すわって、花はなをかいたおばあさんの夏なつぼうしを、ながめていましたが、その花はなのうちで、いちばんうつくしいのは、ばらの花はなでした。おばあさんは、ほかのばらの花はなをみんな見みえないように、かくしたくせに、じぶんのぼうしにかいた ばらの花はなを、けすことを、つい わすれていたのでした。まあ手てぬかりということは、たれ【だれ】にでもあるものです。
「あら、ここのお庭にわには、ばらがないわ。」と、ゲルダはさけびました。
 それから、ゲルダは、花はなぞのを、いくどもいくども、さがしまわりましたけれども、ばらの花はなは、ひとつも みつかりませんでした。そこで、ゲルダは、花はなぞのにすわって なきました。ところが、なみだが、ちょうど ばらが うずめられた場所ばしょの上うえにおちました。あたたかい なみだが、しっとりと土つちをしめらすと、ばらの木きは、みるみる しずまない前まえと おなじように、花はなをいっぱいつけて、地ちの上うえに あらわれてきました。ゲルダはそれをだいて、せっぷんしました。そして、じぶんのうちの ばらを おもいだし、それといっしょに、カイのことも おもいだしました。
「まあ、あたし、どうして、こんなところに ひきとめられていたのかしら。」と、ゲルダはいいました。「あたし、カイちゃんを さがさなくては ならなかったのだわ‥‥カイちゃん、どこにいるか、しらなくって。あなたは、カイちゃんが死しんだとおもって。」と、ゲルダは、ばらにききました。
「カイちゃんは死しにはしませんよ。わたしどもは、いままで地ちのなかにいました。そこには 死しんだ人ひとは みないましたが、でも、カイちゃんは みえませんでしたよ。」と、ばらの花はなが こたえました。
「ありがとう。」と、ゲルダはいって、ほかの花はなのところへいって、ひとつひとつ、うてな【花はなびらを包つつみ支ささえる緑色みどりいろの部分ぶぶん】のなかを のぞきながら たずねました。「カイちゃんはどこにいるか、しらなくって。」
 でも、どの花はなも、日ひなたぼっこしながら、じぶんたちのつくったお話はなしや、おとぎばなしのことばかり かんがえていました。
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ゲルダはいろいろと花はなにきいてみましたが、どの花はなもカイのことについては、いっこうに しりませんでした。
 ところで、おにゆりは、なんといったでしょう。
「あなたには、たいこの音おとが、ドンドンというのが きこえますか。あれには、ふたつの音おとしかないのです。だからドンドンと いつでもやっているのです。女おんなたちがうたう、とむらいの うたを おききなさい。また、坊ぼうさんのあげる、おいのりを おききなさい。‥‥インド人じんのやもめ【夫おっとをなくした女おんな】は、火葬かそうのたきぎのつまれた上うえに、ながい赤あかいマントをまとって立たっています。炎ほのおがその女おんなと、死しんだ夫おっとの しかばね【死体したい】のまわりに たちのぼります。でもインドの女おんなは、ぐるりにあつまった人ひとたちのなかの、生いきている ひとりの男おとこのことを かんがえているのです。その男おとこの目めは炎ほのおよりも あつく もえ、その男おとこのやくような目めつきは、やがて、女おんなのからだを やきつくして灰はいにする炎ほのおなどよりも、もっとはげしく、女おんなの心こころの中なかで、もえていたのです。心こころの炎ほのおは、火ひあぶりの たきぎのなかで、もえつきるものでしょうか。」
「なんのことだか、まるでわからないわ。」と、ゲルダがこたえました。
「わたしの話はなしはそれだけさ。」と、おにゆりは いいました。
 ひるがおは、どんなお話はなしをしたでしょう。
「せまい山道やまみちのむこうに、昔むかしの さむらいのお城しろが ぼんやりみえます。くずれかかった、赤あかい石いしがきのうえには、つたが ふかく おいしげって、ろだい【バルコニー】のほうへ、ひと葉はひと葉は、はいあがっています。ろだい【バルコニー】の上うえには、うつくしいおとめが、らんかん【手てすり】によりかかって、おうらいを みおろしています。どんな ばらの花はなでも、そのおとめほど、みずみずとは枝えだに さきだしません。どんなりんごの花はなでも、こんなに かるがるとしたふうに、木きから風かぜが はこんでくることは ありません。まあ、おとめのうつくしい絹きぬの着物きものの さらさらなること。
 あの人ひとはまだこないのかしら。」
「あの人ひとというのは、カイちゃんのことなの。」
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と、ゲルダがたずねました。
「わたしは、ただ、わたしのお話はなしをしただけ。わたしの夢ゆめをね。」と、ひるがおは こたえました。
 かわいい、まつゆきそうは、どんなお話はなしをしたでしょう。
「木きと木きのあいだに、つなでつるした長ながい板いたが さがっています。ぶらんこなの。雪ゆきのように白しろい着物きものを着きて、ぼうしには、ながい、緑色みどりいろの絹きぬのリボンをまいた、ふたりのかわいらしい女おんなの子こが、それにのって ゆられています。この女おんなの子こたちよりも、大きい男おとこきょうだいが、そのぶらんこに立たって のっています。男おとこの子こは、かた手てにちいさなお皿さらをもってるし、かた手てには土製どせいのパイプを にぎっているので、からだを ささえるために、つなに うでをまきつけています。男おとこの子こは シャボンだまを ふいているのです。ぶらんこがゆれて、シャボンだまは、いろんなうつくしい色いろにかわりながら とんで行いきます。いちばんおしまいのシャボンだまは、風かぜにゆられながら、まだパイプのところに ついています。ぶらんこは とぶように ゆれています。あら、シャボンだまのように身みのかるい黒犬くろいぬがあと足あしで立たって、のせてもらおうと しています。ぶらんこはゆれる、黒犬くろいぬはひっくりかえって、ほえているわ。からかわれて、おこっているのね。シャボンだまは はじけます。‥‥ゆれるぶらんこ。われて こわれる シャボンだま。‥‥これがわたしの歌うたなんです。」
「あなたのお話はなしは、とてもおもしろそうね。けれどあなたは、かなしそうに話はなしているのね。それからあなたは、カイちゃんのことは、なんにも話はなしてくれないのね。」
 ヒヤシンスの花はなは、どんなお話はなしをしたでしょう。
「あるところに、三人さんにんの、すきとおるように うつくしい、きれいな姉あねいもうとが おりました。なかで いちばん上うえのむすめの着物きものは赤あかく、二にばん目めのは水色みずいろで、三さんばん目めのは まっ白しろでした。きょうだいたちは、手てをとりあって、さえた月つきの光ひかりの中なかで、静しずかな湖みずうみのふちにでて、おどりを おどります。三人さんにんとも妖女ようじょではなくて、にんげん でした。
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そのあたりには、なんとなく あまい、いいにおいが していました。むすめたちは 森もりのなかに きえました。あまい、いいにおいが、いっそう つよく なりました。すると、その三人さんにんの うつくしい むすめを いれた 三みっのひつぎが、森もりのしげみから、すうっと あらわれてきて、湖みずうみのむこうへ わたって いきました。つちぼたるが、そのぐるりを、空そらに舞まっている ちいさな ともしびの ように、ぴかりぴかり していました。おどりくるっていた三人さんにんのむすめたちは、ねむったのでしょうか。死しんだのでしょうか。‥‥花はなのにおいは いいました。あれは なきがら【亡なくなった人ひとの残のこされた体からだ】です。ゆうべの鐘かねが なくなったひとたちを とむらいます。」
「ずいぶん かなしいお話はなしね。あなたの、その つよいにおいを かぐと、あたし 死しんだ そのむすめさんたちのことを、おもいださずには いられませんわ。ああ、カイちゃんは、ほんとうに 死しんで しまったのかしら。地ちのなかに はいっていた ばらの花はなは、カイちゃんは 死しんではいないと いってるけれど。」
「チリン、カラン。」と、ヒヤシンスの すずが なりました。「わたしはカイちゃんのために、なっているのでは ありません。カイちゃんなんて人ひとは、わたしたち、すこしも しりませんもの。わたしたちは、ただ自分じぶんのしっている たったひとつの歌うたを、うたっているだけです。」
 それから、ゲルダは、緑みどりの葉はのあいだから、あかるく さいている、たんぽぽのところへ いきました。
「あなたは まるで、ちいさな、あかるい お日ひさまね。どこに わたしの おともだちがいるか、しっていたら おしえてくださいな。」と、ゲルダはいいました。
 そこで、たんぽぽは、よけい あかるく ひかりながら、ゲルダのほうへ むきました。どんな歌うたを、その花はなが うたったでしょう。その歌うたも、カイのことでは ありませんでした。
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「ちいさな、なか庭にわには、春はるの いちばん はじめの日ひ、うららかな お日ひさまが、あたたかに照てっていました。お日ひさまの光ひかりは、おとなりの家いえの、まっ白しろな かべの上うえから下したへ、すべりおちていました。そのそばに、春はる いちばん はじめに さく、黄色きいろい花はなが、かがやく光ひかりの中なかに、金きんのように さいていました。おばあさんは、いすを そとに だして、こしをかけていました。おばあさんの孫まごの、かわいそうな 女中じょちゅうぼうこう【女おんなの人ひとが住すみ込こみで下働したばたらきをする】をしている うつくしい女おんなの子こが、おばあさんに あうために、わずかな おひまを もらって、うちへ かえってきました。女おんなの子こは おばあさんに せっぷんしました。この めぐみおおい せっぷんには 金きんが、こころの金きんがありました。その口にも金きん、そのふむ土つちにも金きん、その あさの ひとときにも 金きんがありました。これが わたしの つまらないお話はなしです。」と、たんぽぽが いいました。
「まあ、わたしのおばあさまは、どうしていらっしゃるかしら。」と、ゲルダは ためいきを つきました。「そうよ。きっとおばあさまは、わたしに あいたがって、かなしがって いらっしゃるわ。カイちゃんの いなくなったと おなじように、しんぱいして いらっしゃるわ。けれど、わたし、じきにカイちゃんをつれて、うちに かえれるでしょう。‥‥もう花はなたちに いくらたずねてみたって しかたがない。花はなたち、ただ、自分じぶんの歌うたを うたうだけで、なんにも こたえて くれないのだもの。」
 そこでゲルダは、はやく かけられるように【走はしれるように】、着物きものを きりりと たくしあげました。けれど、黄きずいせんを、ゲルダが とびこえようとしたとき、それに足あしが ひっかかりました。そこでゲルダは たちどまって、その黄色きいろい、背せの高たかい花はなにむかって たずねました。
「あんた、カイちゃんのこと、なんか しっているの。」 そしてゲルダは、こごんで【かがんで】、その花はなの話はなすことを ききました。その花はなは なんといったでしょう。
「わたし、じぶんが みられるのよ。じぶんが わかるのよ。」と、黄きずいせんは いいました。
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「ああ、ああ、なんて わたしは いいにおいが するんだろう。屋根やねうらの ちいさなへやに、半はんはだかの、ちいさなおどりこが立たっています。おどりこは かた足あしで立たったり、両足りょうあしで立たったりして、まるで世界中せかいじゅうを ふみつけるように見みえます。でも、これは ほんの 目めの まよいです。おどりこは、ちいさな布ぬのに、湯ゆわかしから湯ゆをそそぎます。これはコルセットです。‥‥そうです。そうです、せいけつが なによりです。白しろい上着うわぎも、くぎに かけてあります。それもまた、湯ゆわかしの湯ゆであらって、屋根やねで かわかした ものなのです。おどりこは、その上着うわぎをつけて、サフラン色いろのハンケチを くびに まきました。ですから、上着うわぎは よけい 白しろく みえました。ほら、足あしをあげた。どう、まるで じくの上うえに立たって、うんと ふんばった姿すがたは。わたし、じぶんが見みえるの。じぶんが わかるの。」
「なにも そんな話はなし、わたしに しなくても いいじゃないの。そんなこと、どうだって、かまわないわ。」と、ゲルダはいいました。
 それでゲルダは、庭にわの むこうの はしまで かけて【はしって】行いきました。その戸とは しまって いましたが、ゲルダが そのさびついた とって【つまみ】を、どん と おしたので、はずれて戸とは ぱんと ひらきました。ゲルダは ひろい世界せかいに、はだしのままで とびだしました。ゲルダは、三度さんども あとを ふりかえって みましたが、たれも【だれも】 おっかけてくるものは ありませんでした。とうとうゲルダは、もう とても はしることが できなくなったので、大おおきな石いしの上うえに こしを おろしました。そこらを みまわしますと、夏なつはすぎて、秋あきが ふかくなっていました。お日ひさまが年中ねんじゅうかがやいて、四季しきの花はなが たえず さいていた、あのうつくしい花はなぞのでは、そんなことは わかりませんでした。
「ああ、どうしましょう。あたし、こんなに おくれてしまって。」と、ゲルダはいいました。
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「もう とうに秋あきに なっているのね。さあ、ゆっくりしては いられないわ。」
 そしてゲルダは立たちあがって、ずんずん あるきだしました。まあ、ゲルダのかよわい足あしは、どんなにいたむし、そして、つかれていたことでしょう。どこも冬ふゆがれて【冬ふゆになって草木くさが枯かれる】、わびしい けしきでした。ながい やなぎの葉はは、すっかり黄きばんで、きりが 雨あめしずくのように 枝えだから たれていました。ただ、とげのある、こけももだけは、まだ 実みを むすんでいましたが、こけももは すっぱくて、くちが まがるようでした。ああ、なんて このひろびろした世界せかいは灰色はいいろで、うすぐらく みえたことでしょう。



   第四だいよんのお話はなし

     王子と王女


 ゲルダは、またも、やすまなければ なりませんでした。ゲルダがやすんでいた場所ばしょの、ちょうどむこうの雪ゆきの上うえで、一いちわの大おおきなからすが、ぴょんぴょん やっていました。このからすは、しばらく じっとしたなりゲルダをみつめて、あたまを ふっていましたが、やがて こういいました。
「カア、カア、こんちは。こんちは。」
 からすは、これよりよくは、なにも いうことが できませんでしたが、でも、ゲルダを なつかしく おもっていて、このひろい世界せかいで、たったひとりぼっち、どこへ いくのだ といって、たずねました。この『ひとりぼっち。』ということばを、ゲルダは よくあじわって、しみじみ そのことばに、ふかい いみの こもっていることを おもいました。ゲルダは そこでからすに、じぶんの身みの上うえのことを すっかり話はなして きかせた上うえ、どうかしてカイを みなかったか、たずねました。
 するとからすは、ひどく まじめに かんがえこんで、こういいました。
「あれかもしれない。あれかもしれない。」
「え、しってて。」と、ゲルダは大おおきな こえで いって、からすを らんぼうに、それこそ いきのとまるほど せっぷんしました。
「おてやわらかに、おてやわらかに。」と、からすは いいました。「どうも、カイちゃんを しっているような気きがします。たぶん、あれがカイちゃんだろうと おもいますよ。
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けれど、カイちゃんは、王女おうじょさまのところにいて、あなたのことなどは、きっと わすれていますよ。」
「カイちゃんは、王女おうじょさまのところに いるんですって。」と、ゲルダは ききました。
「そうです。まあ、おききなさい。」と、からすは いいました。「どうも、わたしにすると、にんげんのことばで話はなすのは、たいそうな ほねおりです。あなたにからすのことばが わかると、ずっとうまく 話はなせるのだがなあ。」
「まあ、あたし、ならったことが なかったわ。」と、ゲルダはいいました。「でも、うちのおばあさまは、おできになるのよ。あたし、ならっておけば よかった。」
「かまいませんよ。」と、からすは いいました。「まあ、できるだけ してみますから。うまくいけばいいが。」
 それからからすは、しっていることを、話はなしました。
「わたしたちが いまいる国には、たいそう かしこい王女おうじょさまが おいでなるのです。なにしろ世界中せかいじゅうのしんぶんを のこらず読よんで、のこらず また わすれてしまいます。まあ そんなわけで、たいそう りこうな かたなのです。さて、このあいだ、王女おうじょさまは 玉座ぎょくざ【国王こくおうが座すわる椅子いす】に おすわりに なりました。玉座ぎょくざというものは、せけんでいうほど たのしいものでは ありません。そこで王女おうじょさまは、くちずさみに歌うたを うたいだしました。その歌うたは『なぜに、わたしは、むことらぬ』といった歌うたでした。そこで、『なるほど、それも もっともだわ。』と、いうわけで、王女おうじょさまは けっこんしようと おもいたちました。でも夫おっとにするなら、ものをたずねても、すぐと こたえるようなのが ほしいと おもいました。だって、ただそこにつっ立たって、ようすぶって【気取きどって】いるだけでは、じきに たいくつして しまいますからね。そこで、王女おうじょさまは、女官じょかんたち、のこらず おめしになって、このもくろみを お話はなしになりました。女官じょかんたちは、たいそう おもしろく おもいまして、
『それは よいおもいつきで ございます。わたくしどもも、ついさきごろ、それとおなじことを かんがえついた しだいです。』などと申もうしました。
「わたしの いっている ことは、ごく、ほんとうの ことなのですよ。」と、からすは いって、「わたしには、やさしいいいなずけ【結婚けっこんの約束やくそくをした相手あいて】があって、その王女おうじょさまのお城しろに、自由じゆうにとんでいける、それが わたしに すっかり話はなして くれたのです。」
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と、いいそえました。
 いうまでもなく、その、いいなずけ というのは からすでした。というのは、にたものどうしで、からすは やはり、からすなかまで あつまります。
 ハートと、王女おうじょさまの かしらもじで ふちどった しんぶんが、さっそく、はっこう されました。それには、ようすのりっぱな、わかい男おとこは、たれ【だれ】でもお城しろにきて、王女おうじょさまと話はなすことができる。そしてお城しろへきても、じぶんの うちに いるように、気きやすく、じょうずに話はなした人ひとを、王女おうじょは 夫おっととして えらぶであろう ということが かいてありました。
「そうです。そうです。あなたは わたしを だいじょうぶ 信しんじてください。この話はなしは、わたしが ここに こうして すわっているのと どうよう、ほんとうの話はなしなのですから。」と、からすは いいました。
「わかい男おとこの人ひとたちは、むれをつくって、やってきました。そして たいそう町まちは こんざつして、たくさんの人ひとが、あっちへいったり、こっちへきたり、いそがしそうに かけずりまわって いました。でも はじめの日ひも、つぎの日ひも、ひとりだって うまくやったものは ありません。みんなは、お城しろの そとでこそ、よくしゃべりましたが、いちど お城しろの門もんを はいって、銀ぎんずくめの へいたいを みたり、かいだんを のぼって、金きんぴかの せいふくをつけた お役人やくにんに出であって、あかるい大広間おおひろまに はいると、とたんに ぽうっとなって しまいました。そして、いよいよ 王女おうじょさまの おいでになる玉座ぎょくざ【国王こくおうが座すわる椅子いす】の前まえに出でたときには、たれも【だれも】 王女おうじょさまに いわれた ことばの しりを、おうむがえしに くりかえすほか ありませんでした。王女おうじょさまとすれば、なにも じぶんのいった ことばを、もういちど いってもらっても しかたがないでしょう。ところが、だれも、ごてんの なかに はいると、かぎたばこでも のまされたように、ふらふらで、おうらい【どうろ】へ でてきて、やっと われにかえって、くちが きけるように なる。なにしろ町まちの門もんから、お城しろの門もんまで、わかい ひとたちが、れつをつくって ならんでいました。わたしは それを じぶんで 見みてきましたよ。」
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と、からすが、ねんをおして いいました。
「みんなは自分じぶんのばんが、なかなか まわってこないので、おなかがすいたり、のどが かわいたり しましたが、ごてんの中なかでは、なまぬるい水みず いっぱい くれませんでした。なかで 気きのきいた せんせいたちが、バタパンご持参じさんで、やってきていましたが、それを そばの人ひとに わけようとは しませんでした。このれんじゅうの気きでは‥‥こいつら、たんと ひもじそうな顔かおを しているがいい。おかげで王女おうじょさまも、ごさいように なるまいから‥‥というのでしょう。」
「でも、カイちゃんは どうしたのです。いつカイちゃんは やってきたのです。」と、ゲルダはたずねました。「カイちゃんは、その人ひとたちの なかまに いたのですか。」
「まあまあ、おまちなさい。これから、そろそろ、カイちゃんの ことに なるのです。ところで、その三日みっか目めに、馬うまにも、馬車ばしゃにものらない ちいさな男おとこの子こが、たのしそうに お城しろのほうへ、あるいていきました。その人ひとの目めは、あなたの目めのように かがやいて、りっぱな、長ながいかみの毛けを もっていましたが、着物きものは ぼろぼろに きれていました。」
「それがカイちゃんなのね。ああ、それでは、とうとう、あたし、カイちゃんを みつけたわ。」と、ゲルダは うれしそうに さけんで、手てを たたきました。
「その子こは、せなかに、ちいさなはいのう【ふくろ】を しょっていました。」と、からすがいいました。
「いいえ、きっと、それは、そりよ。」と、ゲルダはいいました。「カイちゃんは、そりといっしょに 見みえなくなって しまったのですもの。」
「なるほど、そうかもしれません。」と、からすは いいました。「なにしろ、ちょっと見みた だけですから。しかし、それは、みんな わたしの やさしい いいなずけから きいたのです。それから、その子こはお城しろの門もんをはいって、銀ぎんの軍服ぐんぷくの へいたいを みながら、だんをのぼって、金きんぴかの せいふくの お役人やくにんの前まえに でましたが、すこしも まごつきませんでした。
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それどころか、へいきで えしゃくして、
『かいだんの上うえに 立たっているのは、さぞ たいくつでしょうね。では ごめんこうむって【相手あいての許可きょかを得える】、わたしは 広間ひろまに はいらせて もらいましょう。』と、いいました。広間ひろまには あかりが いっぱいついて、枢密顧問官すうみつこもんかん【枢密院すうみついんの役人やくにん】や、身分みぶんの高たかい人ひとたちが、はだしで 金きんの器うつわを はこんで あるいて いました。そんな中なかで、たれ【だれ】だって、いやでも おごそかな きもちに なるでしょう。ところへ、その子この ながぐつは、やけにやかましく ギュウ、ギュウ なるのですが、いっこうに へいきでした。」
「きっとカイちゃんよ。」と、ゲルダが さけびました。
「だって、あたらしい 長ながぐつを はいて いましたもの。わたし、そのくつが ギュウ、ギュウいうのを、おばあさまのへやで きいたわ。」
「そう、ほんとうに ギュウ、ギュウって なりましたよ。」と、からすはまた話はなしはじめました。
「さて、その子こは、つかつかと、糸車いとぐるまほどの 大おおきな しんじゅに、こしをかけている、王女おうじょさまのご前ぜんに 進みました。王女おうじょさまの ぐるりを とりまいて、女官じょかんたちが おつきを、そのおつきが またおつきを、したがえ、侍従じじゅう【王女おうじょの身みの回まわりの世話せわをする人ひと】が けらいの、またそのけらいを したがえ、それがまた、めいめい小姓こしょう【身みの回まわりの雑用ざつようをするひと】をひきつれて 立たっていました。しかも、とびらの近ちかくに立たっているものほど、いばっているように 見みえました。しじゅう、うわぐつで あるきまわっていた、けらいの けらいの 小姓こしょうなんか、とてもあおむいて 顔かおが見みられない くらいでした。とにかく、戸とぐちのところで いばりかえっているふうは、ちょっと見みものでした。」
「まあ、ずいぶん こわいこと。それでもカイちゃんは、王女おうじょさまと けっこんしたのですか。」と、ゲルダはいいました。
「もし、わたしがからすで なかったなら、いまの いいなずけ【結婚けっこんの約束やくそくをした相手あいて】を すてても、王女おうじょさまと けっこんしたかも しれません。
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人ひとのうわさによりますと、その人ひとは、わたしがからすのことばを 話はなすときと どうよう、じょうずに話はなしたと いうことでした。わたしは、そのことを、わたしの いいなずけから きいたのです。どうして、なかなか ようすのいい、げんきな子こでした。それも 王女おうじょさまと けっこんするために きたのではなくて、ただ、王女おうじょさまが どのくらい かしこいか 知しろうとおもって やってきたのですが、それで 王女おうじょさまが すきになり、王女おうじょさまもまた その子こがすきになった というわけです。」
「そう、いよいよ、そのひと、カイちゃんに ちがいないわ。カイちゃんは、そりゃ りこうで、分数ぶんすうまで あんざんで やれますもの‥‥ああ、わたしを、そのお城しろへ つれていって くださらないこと。」と、ゲルダはいいました。
「さあ、くちでいうのは たやすいが、どうしたら、それができるか、むずかしいですよ。」と、からすは いいました。「ところで、まあ、それをどうするか、まあ、わたしの いいなずけに そうだん してみましょう。きっと、いいちえを かしてくれるかも しれません。なにしろ、あなたのような、ちいさな娘むすめさんが、お城しろの中なかに はいることは、ゆるされて いないのですからね。」
「いいえ、そのおゆるしなら もらえてよ。」と、ゲルダが こたえました。「カイちゃんは、わたしが きたと きけば、すぐに出でてきて、わたしを いれてくれるでしょう。」
「むこうの かきねのところで、まっていらっしゃい。」と、からすはいって、あたまをふりふり とんでいってしまいました。
 そのからすが かえってきたときには、晩ばんもだいぶ くらくなっていました。
「すてき、すてき。」と、からすは いいました。「いいなずけが、あなたに よろしく とのことでしたよ。さあ、ここに、すこしばかり パンをもってきて あげました。さぞ、おなかが すいたでしょう。いいなずけが、だいどころから もってきたのです。そこには たくさん まだあるのです。
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‥‥どうも、お城しろへ はいることは、できそうも ありませんよ。なぜといって、あなたは くつを はいて いませんから、銀ぎんの軍服ぐんぷくのへいたいや、金きんぴかの せいふくの お役人やくにんたちが、ゆるして くれないでしょうからね、だがそれで 泣ないては いけない。きっと、つれて行いける くふうはしますよ。わたしの いいなずけは、王女おうじょさまの ねまに通つうじている、ほそい、うらばしごを しっていますし、その かぎの あるところも しっているのですからね。」
 そこで、からすとゲルダとは、お庭にわをぬけて、木この葉はが あとからあとからと、ちってくる並木道なみきみちを通とおりました。そして、お城しろのあかりが、じゅんじゅんに きえてしまったとき、からすは すこしあいている うらの戸口とぐちへ、ゲルダを つれていきました。
 まあ、ゲルダのむねは、こわかったり、うれしかったりで、なんて どきどき したことでしょう。まるでゲルダは、なにか わるいことでも しているような気きがしました。けれど、ゲルダはその人ひとが、カイちゃんで あるかどうかを しりたい、いっしん なのです。そうです。それはきっと、カイちゃんに ちがいありません。ゲルダは、しみじみとカイちゃんの りこうそうな目めつきや、長ながいかみの毛けを おもいだしていました。そして、ふたりが うちにいて、ばらの花はなのあいだに すわってあそんだとき、カイちゃんが わらったとおりの笑顔えがおが、目めにうかびました。そこで、カイちゃんにあって、ながいながい道中どうちゅうをして 自分じぶんを さがしに やってきたことをきき、あれなり【あのまま】 かえらないので、どんなに みんなが、かなしんでいるか しったなら、こうして きてくれたことを、どんなに よろこぶでしょう。まあ、そうおもうと、うれしいし、しんぱいでした。
 さて、からすとゲルダとは、かいだんの上うえに のぼりました。ちいさなランプが、たなの上うえに ついていました。そして、ゆか板いたのまん中なかのところには、飼かいならされた女めがらすが、じっとゲルダを見みて 立たっていました。ゲルダはおばあさまから おそわったように、ていねいに おじぎしました。
「かわいい おじょうさん。わたしの いいなずけは、あなたのことを、たいそう ほめておりました。」
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と、その やさしいからすが いいました。「あなたの、その ごけいれき とやら もうしますのは、ずいぶん おきのどく なのですね。さあ、ランプを おもちください。ごあんないしますわ。このところを まっすぐに まいりましょう。もう だれにも あいませんから。」
「だれか、わたしたちの あとから、ついてくるような 気きがすることね。」と、なにかが そばをきゅうに通とおったときに、ゲルダは いいました。それは、たてがみを ふりみだして、ほっそりとした足あしを もっている 馬うまだの、それから、かりうどだの、馬うまにのった りっぱな男おとこの人ひとや、女おんなの人ひとだのの、それが みんな かべにうつった かげのように 見みえました。
「あれは、ほんの夢ゆめなのですわ。」と、からすが いいました。「あれらは、それぞれの ご主人しゅじんたちの こころを、りょう【狩かり】に さそいだそうと してくるのです。つごうの いいことに、あなたは、ねどこの中なかで あのひとたちの お休やすみのところが よくみられます。そこで、どうか、あなたが りっぱな身分みぶんに おなりになったのちも、せわになった おれいは、おわすれなくね。」
「それは いうまでもない ことだろうよ。」と、森もりのからすが いいました。
 さて、からすとゲルダとは、一いちばん はじめの広間ひろまに はいって いきました。そこのかべには、花はなでかざった、ばら色いろのしゅす【織物おりもの】が、上うえから下したまで、はりつめられて いました。そして、ここにも りょう【狩かり】にさそう さっきの夢ゆめは、もう とんで来きて いましたが、あまり はやく うごきすぎて、ゲルダは えらい殿とのさまや貴婦人きふじん方がたを、こんどは みることが できませんでした。ひろまから、ひろまへ行いくほど、みどとに【みごとに】できていました。ただ もう あまりのうつくしさに、まごつく ばかりでしたが、そのうち、とうとう ねま【しんしつ】まで はいって いきました。そこの てんじょうは、高価こうかなガラスの葉はをひろげた、大おおきなしゅろの木きの かたちに なっていました。
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そして、へやの まんなかには、ふたつのベッドが、木きのじくにあたる 金きんの ふとい柱はしらに つりさがっていて、ふたつとも、ゆりの花はなのように みえました。そのベッドは ひとつは白しろくて、それには 王女おうじょが ねむっていました。もうひとつのは赤あかくて、そこに ねむっている人ひとこそ、ゲルダのさがすカイちゃんで なくてはならないのです。ゲルダは赤あかい花はなびらを ひとひら、そっとどけると、そこに日ひやけした くびすじが見みえました。‥‥ああ、それはカイちゃんでした。
 ‥‥ゲルダは、カイちゃんの名なを こえ高たかく よびました。ランプをカイちゃんのほうへ さしだしました。……夢ゆめが また馬うまにのって、さわがしく そのへやの中なかへ、はいってきました。……その人ひとは目めをさまして、顔かおを こちらにむけました。ところが、それはカイちゃんでは なかったのです。
 いまは 王子おうじとなった その人ひとは、ただ、くびすじのところが、カイちゃんに にていた だけでした。でもその王子おうじは わかくて、うつくしい顔かおを していました。王女おうじょは 白しろい ゆりの花はなともみえるベッドから、目めを ぱちくりやって 見みあげながら、たれが【だれが】そこにきたのかと、おたずねに なりました。そこでゲルダは泣いて、いままでのことや、からすが いろいろに つくしてくれた ことなどを、のこらず王子おうじに話はなしました。
「それは、まあ、かわいそうに。」と、王子と王女とが いいました。そして、からすを おほめになり、じぶんたちは けっして、からすが したことを おこりはしないが、二にどと こんなことを してくれるな、とおっしゃいました。それでも、からすたちは、ごほうびを いただくことに なりました。
「おまえたちは、すきかってに、そとを とびまわって いるほうが いいかい。」と、王女おうじょは たずねました。「それとも、宮中きゅうちゅうおかかえのからすとして、台所だいどころのおあまりは、なんでも たべることができるし、そういうふうにして、いつまでも ごてんにいたいと おもうかい。」
 そこで、二わのからすは おじぎをして、自分じぶんたちが、としを とってからのことを かんがえると、やはり ごてんにおいて いただきたいと、ねがいました。
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そして、
「だれしも いっていますように、さきへいって こまらないように、したいもので ございます。」と、いいました。
 王子おうじはそのとき、ベッドから出でて、ゲルダを それに ねかせ、じぶんは、それなり【そのまま】 ねようとは しませんでした。ゲルダは ちいさな手てをくんで、「まあ、なんという いい 人ひとや、いいからすたち だろう。」と、おもいました。それから、目めをつぶって、すやすや ねむりました。すると、また夢ゆめがやってきて、こんどは 天使てんしのような 人ひとたちが、一いちだいのそりを ひいてきました。その上うえには、カイちゃんが 手てまねき していました。けれども、それはただの夢ゆめだったので、目めをさますと、さっそく きえてしまいました。
 あくる日ひになると、ゲルダは あたまから、足あしのさきまで、絹きぬや びろうどの着物きもので つつまれました。そして このまま お城しろにとどまっていて、たのしく くらすように とすすめられました。でも、ゲルダはただ、ちいさな馬車ばしゃと、それを ひく うまと、ちいさな 一いっそくの長ながぐつが いただきとうございますと、いいました。それで もういちど、ひろい世界せかいへ、カイちゃんを さがしに出でて いきたいのです。
 さて、ゲルダは 長ながぐつばかりでなく、マッフ【手てを入いれて暖だんを取とるための筒状つつじょうの防寒具ぼうかんぐ】までもらって、さっぱりと 旅たびの したくが できました。いよいよ でかけようと いうときに、げんかんには、じゅん金きんの あたらしい馬車ばしゃが 一いちだい とまりました。王子と王女の紋章もんしょうが、星ほしのように ひかって ついて いました。ぎょしゃ【ばしゃを うんてん するひと】や、べっとう【長官ちょうかん】や、おさきばらい【行列ぎょうれつの先頭せんとうで道みちを開あけてもらう役やくの人ひと】が‥‥そうです、おさきばらいまでが‥‥金きんの冠かんむりをかぶって ならんでいました。王子と王女は、ごじぶんで、ゲルダを たすけて 馬車ばしゃにのらせ、ぶじに いってくるように おっしゃいました。もう いまは けっこんを すませた 森もりのからすも、三さんマイルさきまで、みおくりに ついてきました。このからすは、うしろむきに のっていられない というので、ゲルダのそばに すわっていました。めすのほうのからすは、羽根はねを ばたばたやりながら、門もんのところに とまっていました。
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おくっていかない わけは、あれからずっと ごてん づとめで、たくさんに たべものを いただくせいか、ひどく頭痛ずつうが していたからです。その馬車ばしゃの うちがわは、さとうビスケットで できていて、こしをかけるところは、くだものや、くるみの はいったしょうがパンで できていました。
「さよなら、さよなら。」と、王子と王女がさけびました。するとゲルダは 泣なきだしました。‥‥からすもまた 泣なきました。‥‥さて、馬車ばしゃが 三さんマイル先さきのところまで きたとき、こんどはからすが、さよならを いいました。この上うえない かなしい わかれでした。からすは そこの木きの上うえに とびあがって、馬車ばしゃが いよいよ 見みえなくなるまで、黒くろいつばさを、ばたばた やっていました。馬車ばしゃは お日ひさまのように かがやきながら、どこまでも はしりつづけました。



   第五だいごのお話はなし

     おいはぎのこむすめ


 それから、ゲルダの なかまは、くらい森もりの中なかを 通とおっていきました。ところが、馬車ばしゃの光ひかりは、たいまつのように ちらちらしていました。それが、おいはぎどもの 目めにとまって、がまんがならなく させました。
「やあ、金きんだぞ、金きんだぞ。」と、おいはぎたちは さけんで、いちどに とびだして きました。馬うまをおさえて、ぎょしゃ、べっとうから、おさきばらいまで ころして、ゲルダを 馬車ばしゃから ひきずり おろしました。
「こりゃあ、たいそう ふとって、かわいらしい むすめだわい。きっと、年中ねんじゅうくるみの実みばかり たべていたのだろう。」と、おいはぎばばが いいました。女おんなのくせに、ながい、こわいひげをはやして、まゆげが、目めの上うえまで たれさがったばあさんでした。「なにしろ そっくり、あぶらの のった、こひつじ というところだが、さあ たべたら、どんな味あじがするかな。」
 そういって、ばあさんは、ぴかぴかするナイフを もちだしました。きれそうに ひかって、きみのわるいといったら ありません。
「あッ。」
 そのとたん、ばあさんは こえを あげました。
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その女おんなの せなかに ぶらさがっていた、こむすめが、なにしろ らんぼうな だだっ子こで、おもしろがって、いきなり、母親ははおやの耳みみを かんだのです。
「この あまあ、なにょをする。」と、母親ははおやはさけびました。おかげで、ゲルダを ころす、はなさきを おられました。
「あの子こは、あたいと いっしょに あそぶのだよ。」と、おいはぎのこむすめは、いいました。
「あの子こはマッフや、きれいな着物きものを あたいにくれて、晩ばんには いっしょに ねるのだよ。」
 こういって、その女おんなの子こは、もういちど、母親ははおやの耳みみを したたかに かみました。それで、ばあさんは とびあがって、ぐるぐるまわりしました。おいはぎどもは、みんなわらって、
「見ろ、ばばあが、がきといっしょに おどっているからよ。」と、いいました。
「馬車ばしゃの中なかへ はいってみようや。」と、おいはぎのこむすめは いいました。
 このむすめは、わんぱくに そだって、おまけに ごうじょうっぱり でしたから、なんでも したいとおもうことを しなければ、気きが すみませんでした。それで、ゲルダとふたり 馬車ばしゃに のりこんで、きりかぶや、石いしのでている上うえを通とおって、林はやしのおくへ、ふかく はいって いきました。おいはぎのこむすめは、ちょうどゲルダぐらいの 大おおきさでしたが、ずっと、きつそうで、肩かたつきが がっしり していました。どす黒ぐろい はだをして、その目めはまっ黒くろで、なんだ かかなしそうに 見みえました。女おんなの子こは、ゲルダのこしのまわりに手てをかけて、
「あたい、おまえと けんかしないうちは、あんなやつらに、おまえを ころさせや しないことよ。おまえは どこかの王女おうじょじゃなくて。」と、いいました。「いいえ、わたしは王女おうじょではありません。」と、ゲルダは こたえて、いままでにあった できごとや、じぶんが どんなに、すきなカイちゃんのことを 思おもっているか、ということなぞを 話はなしました。
 おいはぎのむすめは、しげしげとゲルダを見みて、かるく うなずきながら、
「あたいは、おまえとけんかしたって、あのやつらに、おまえを ころさせや しないよ。そんなくらいなら、あたい、じぶんで おまえを ころして しまうわ。」
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と、いいました。
 それからむすめは、ゲルダの目めをふいてやり、両手りょうてを うつくしいマッフに つけてみましたが、それはたいへん、ふっくりして、やわらかでした。
 さあ、馬車ばしゃは とまりました。そこは おいはぎのこもる、お城しろのひろ庭ばでした。その山塞さんさいは、上うえから下したまで ひびだらけでした。その ずれたわれ目めから、大おおがらす小こがらすが とびまわっていました。大おおきなブルドッグが、あいてかまわず、にんげんでも くってしまいそうな ようすで、高たかく とびあがりました。でも、けっして ほえませんでした。ほえることは とめられて あったからです。
 大おおきな、煤すすけた ひろまには、煙けむりが もうもう していて、たき火びが、赤あかあかと 石いしだたみの ゆか上うえで もえていました。煙けむりは てんじょうの下したに たちまよって、どこからともなく でていきました。大おおきな おなべには、スープが にえたって、大おおうさぎ小こうさぎが、あぶりぐし に さして、やかれて いました。
「おまえは、こん夜やは、あたいや、あたいの ちいさな どうぶつと いっしょにねるのよ。」と、おいはぎのこむすめがいいました。
 ふたりは たべものと、のみものを もらうと、わらや、しきものが しいてある、へやの すみのほうへ 行いきました。その上うえには、百ひゃっぱよりも、もっと たくさんのはとが、ねむったように、木摺きずり【塗壁ぬりかべの下地したじに使つかう小幅こはばの板いた】や、とまり木ぎに とまって いましたが、ふたりの女おんなの子こが きたときには、ちょっと こちらを むきました。
「みんな、このはと、あたいの ものなのよ。」と、おいはぎのこむすめは いって、てばやく、てぢかにいた 一いちわを つかまえて、足あしを ゆすぶったので、はとは、羽根はねを ばたばた やりました。
「せっぷん しておやりよ。」と、いって、おいはぎのこむすめは、それを、ゲルダの顔かおに なげつけました。
「あすこに とまって いるのが、森もりのあばれものさ。」と、そのむすめは、かべに あけた あなに、うちこまれた とまり木ぎを、ゆびさしながら、また話はなしつづけました。「あれは二にわとも 森もりのあばれものさ。
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しっかり、とじこめておかないと、すぐ にげて いってしまうの。ここにいるのが、昔むかしから おともだちのベーよ。」
 こういって、女おんなの子こは、ぴかぴかみがいた、銅どうのくびわを はめたまま つながれている、一いっぴきのとなかいを、つのをもって ひきだしました。
「これも、しっかり つないで おかないと、にげて いってしまうの。だから、あたいはね、まい晩ばん よくきれる ナイフで、くびのところを くすぐってやるんだよ。すると、それは びっくりするったら ありゃしない。」
 そう いいながら、女おんなの子こは かべの われめの ところから、ながいナイフを とりだして、それをとなかいの くびに あてて、そろそろ なでました。かわいそうに、その けものは、足あしを どんどんやって、苦くるしがりました。むすめは、おもしろそうに わらって、それなり【そのまま】ゲルダをつれて、ねどこに 行いきました。
「あなたは ねているあいだ、ナイフを はなさないの。」と、ゲルダは、きみわるそうに、それを みました。
「わたい、しょっちゅうナイフを もっているよ。」と、おいはぎのこむすめは こたえました。
「なにがはじまるか わからないからね。それよか、もういちどカイちゃんって子この話はなしを してくれない、それから、どうして このひろい世界せかいに、あてもなく でてきたのか、そのわけを 話はなしてくれないか。」
 そこで、ゲルダは はじめから、それを くりかえしました。森もりのはとが、頭あたまの上うえの かごの中なかで くうくう いっていました。ほかのはとは ねむっていました。おいはぎのこむすめは、かた手てをゲルダの くびにかけて、かた手てには ナイフをもったまま、大おおいびきをかいて ねてしまいました。けれども、ゲルダは、目めをつぶることも できませんでした。ゲルダは、いったい、じぶんは 生いかしておかれるのか、ころされるのか、まるで わかりませんでした。
 たき火びの ぐるりをかこんで、おいはぎたちは、お酒さけをのんだり、歌うたをうたったり していました。そのなかで、ばあさんが とんぼをきりました【宙返ちゅうがえりしました】。ちいさな女おんなの子こにとっては、そのありさまを 見みるだけで、こわいことでした。
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 そのとき、森もりのはとが、こういいました。
「くう、くう、わたしたち、カイちゃんを 見みましたよ。一いちわの 白しろい めんどりが、カイちゃんの そりを はこんでいました。カイちゃんは 雪ゆきの女王じょおうの そりにのって、わたしたちが、巣すにねていると、森もりの すぐ上うえを 通とおっていったのですよ。雪ゆきの女王じょおうは、わたしたち子こばとに、つめたい いきを ふきかけて、ころして しまいました。たすかったのは、わたしたち 二にわだけ、くう、くう。」
「まあ、なにを そこで いってるの。」と、ゲルダが、つい 大おおきなこえを しました。「その雪ゆきの女王じょおうさまは、どこへ いったのでしょうね。そのさきのこと、なにか しっていて。おしえてよ。」
「たぶん、*ラップランドのほうへ いったのでしょうよ。そこには、年中ねんじゅう、氷こおりや雪ゆきがありますからね。まあ、つながれている、となかい に、きいて ごらんなさい。」

*ヨーロッパ洲しゅうの極北きょくほく、スカンジナビア半島はんとうの北東部ほくとうぶ、四〇万まん平方へいほうキロ一帯いったいの寒さむいい土地とち。遊牧民ゆうぼくみんのラップ人じんがすむ。

 すると、となかいが ひきとって、
「そこには 年中ねんじゅう、氷こおりや雪ゆきがあって、それは すばらしい みごとな ものですよ。」といいました。
「そこでは大おおきな、きらきら光ひかる谷たにまを、自由じゆうに はしりまわることが できますし、雪ゆきの女王じょおうは、そこに夏なつのテントを もっています。でも女王じょおうの りっぱな本城ほんじょうは、もっと北極ほっきょくのほうの、*スピッツベルゲンという島しまの上うえにあるのです。」

*ノルウェーのはるか北きた、北極海ほっきょくかいにちかい小島群こじまぐん(一名スヴァルバルド)。

「ああ、カイちゃんは、すきなカイちゃんは。」と、ゲルダは ためいきを つきました。
「しずかにしなよ。しないと、ナイフを からだに つきさすよ。」と、おいはぎのこむすめが いいました。
 あさになって、ゲルダは、森もりの はとが 話はなしたことを、すっかり おいはぎのこむすめに 話はなしました。するとむすめは、たいそう まじめになって、うなずきながら、
「まあいいや。どっちにしても おなじことだ。」
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と、いいました。そして、
「おまえ、ラップランドって、どこにあるのか しってるのかい。」と、むすめは、となかいに たずねました。
「わたしほど、それを よくしっているものが ございましょうか。」と、目めを かがやかしながら、となかいが こたえました。「わたしは そこで生うまれて、そだったのです。わたしは そこで、雪ゆきの野原のはらを、はしりまわって いました。」
「ごらん。みんな でかけていって しまうだろう。おっかさんだけが うちにいる。おっかさんは、ずっとうちに のこっているのよ。でも おひるちかくなると、大おおきなびんから お酒さけをのんで、すこしのあいだ、ひるねするから、そのとき、おまえに いいことを してあげようよ。」と、おいはぎのこむすめはゲルダに いいました。
 それから女おんなの子こは、ぱんと、ねどこから はねおきて、おっかさんの くびのまわりに かじりついて、おっかさんの ひげを ひっぱりながら、こう いいました。
「かわいい、めやぎさん、おはようございます。」
 すると、おっかさんは、女おんなの子このはなが 赤くなったり紫色むらさきいろになったりするまで、ゆびで はじきました。
 でもこれは、かわいくてたまらない心こころから することでした。
 おっかさんが、びんのお酒さけをのんで、ねてしまったとき、おいはぎのこむすめは、となかいの ところへ いって、こういいました。
「わたしは もっと、なんべんも、なんべんも、ナイフでおまえを、くすぐって やりたいのだよ。だって、ずいぶん おかしいんだもの、でも、もういいさ。あたい、おまえが ラップランドへ行いけるように、つなを ほどいて にがしてやろう。けれど、おまえは せっせとはしって、この子こを、この子この おともだちのいる、雪ゆきの女王じょおうのごてんへ、つれていかなければ いけないよ。おまえ、この子こが あたいに話はなしていたこと、きいていたろう。とても大おおきなこえで 話はなしたし、おまえも 耳みみをすまして、きいて いたのだから。」
 となかいは よろこんで、高たかく はねあがりました。その背中せなかに おいはぎのこむすめは、ゲルダを のせて やりました。
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そして用心ようじんぶかく、ゲルダを しっかり いわえつけて【固定こていして】、その上うえ、くらの かわりに、ちいさな ふとんまで、しいて やりました。
「まあ、どうでもいいや。」と、こむすめは いいました。「そら、おまえの 毛皮けがわの ながぐつだよ。だんだん さむくなるからね。マッフ【手てを入いれて暖だんを取とるための筒状つつじょうの防寒具ぼうかんぐ】は きれいだから もらっておくわ。けれど、おまえに さむいおもいは させないわ。ほら、おっかさんの 大おおきな まる手てぶくろが ある。おまえなら、ひじのところまで、ちょうど とどくだろう。まあ、これを はめると、おまえの手てが、まるで あたいの いやなおっかさんの 手てのようだよ。」と、むすめは いいました。
 ゲルダは、もう うれしくて、涙なみだが こぼれました。
「泣なくなんて、いやなことだね。」と、おいはぎのこむすめは いいました。「ほんとは、うれしい はずじゃないの。さあ、ここに ふたつ、パンの かたまりと、ハムが あるわ。これだけあれば、ひもじいおもいは しないだろう。」
 これらの品しなじなは、となかいの 背中せなかのうしろに いわえつけ【結むすびつけ】られました。おいはぎのむすめは 戸とをあけて、大おおきな 犬いぬを だまして、中なかに いれておいて、それから、よくきれるナイフで つなをきると、となかい に むかって いいました。
「さあ、はしって。そのかわり、その子こに、よく気きをつけてやってよ。」
 そのとき、ゲルダは、大おおきな まる手てぶくろを はめた 両手りょうてを、おいはぎのこむすめの ほうに さしのばして、「さようなら。」といいました。
 とたんに、となかいは かけだしました。木きの根ね、岩いわかどを とびこえ、大おおきな森もりを つきぬけて、沼地ぬまちや草原そうげんも かまわず、いっしょうけんめい、まっしぐらに はしって いきました。おおかみが ほえ、わたりがらすが こえを たてました。ひゅッ、ひゅッ、空そらで、なにか音おとが しました。それは まるで 花火はなびが あがったように。
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「あれが わたしの なつかしい 北極光オーロラです。」と、となかいが いいました。「ごらんなさい。なんてよく、かがやいて いるでしょう。」
 それからとなかいは、ひるも夜よるも、前まえよりも もっとはやく はしって 行いきました。
 パンのかたまりも なくなりました。ハムも たべつくしました。となかいとゲルダとは、ラップランドにつきました。



  第六だいろくのお話はなし

    ラップランドの女とフィンランドの女


 ちいさな、そまつな こやの前まえで、となかい は とまりました。そのこやは たいそう みすぼらしくて、屋根やねは 地面じめんと すれすれのところまでも、おおいかぶさって いました。そして、戸口とぐちが たいそう ひくく ついている ものですから、うちの人ひとが出でたり、はいったり するときには、はらばいになって、そこを くぐらなければ なりませんでした。その家いえには、たったひとり 年としとったラップランドの女おんながいて、鯨油げいゆランプのそばで、おさかなを やいていました。となかいは そのおばあさんに、ゲルダのことを すっかり話はなして きかせました。でも、その前まえに じぶんのことを まず話はなしました。となかいは、じぶんの話はなしのほうが、ゲルダの話はなしより たいせつだと おもったからでした。
 ゲルダは さむさに、ひどく やられていて、口くちをきくことが できませんでした。
「やれやれ、それは かわいそうに。」と、ラップランドの女おんなは いいました。「おまえたちは まだまだ、ずいぶん とおく はしって行いかなければ ならないよ。百ひゃくマイル以上いじょうも北きたの *フィンマルケンの おくふかく はいらなければ ならないのだよ。雪ゆきの女王じょおうは そこにいて、まい晩ばん、青あおい光ひかりを出だす花火はなびを もやしているのさ。わたしは 紙かみを もっていないから、干鱈ひだらのうえに、てがみを かいて あげよう。これをフィンランドの女おんなのところへ もっておいで。その女おんなのほうが、わたしよりも くわしく、なんでも教おしえて くれるだろうからね。」

*ノルウェーの北端ほくたん、最低さいてい地方ちほう。

 さてゲルダのからだも あたたまり、たべものや のみもので げんきを つけて もらったとき、ラップランドの女おんなは、干鱈ひだらに、ふたこと みこと、もんくを かきつけて、それを たいせつに もっていくように、といって だしました。ゲルダは、またとなかいに いわえつけられて【固定こていされて】でかけました。
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ひゅッひゅッ、空そらの上うえで また いいました。ひと晩中ばんじゅう、この上うえもなく うつくしい青色あおいろをした、極光オーロラが もえていました。‥‥さて、こうして、となかいとゲルダとは、フィンマルケンに つきました。そして、フィンランドの女おんなの 家いえの えんとつを、こつこつ たたきました。だってその家いえには、戸口とぐちも ついて いませんでした。
 さて、となかいは、まず じぶんのことを 話はなして、それからゲルダのことを 話はなしました。するとフィンランドの女おんなは、その りこうそうな目めを しばたたいた だけで、なにも いいませんでした。
「あなたは、たいそう、かしこくて いらっしゃいますね。」と、となかいは、いいました。「わたしは あなたが、いっぽんの より糸いとで、世界中せかいじゅうの風かぜを つなぐことが おできになると、きいて おります。もしも舟ふなのりが、その いちばん はじめの むすびめを ほどくなら、つごうのいい 追風おいかぜが ふきます。二にばんめの むすびめ だったら、つよい風かぜが ふきます。三さんばんめと 四よんばんめを ほどくなら、森もりごと ふきたおすほどの あらしが ふきすさみます。どうか、このむすめさんに、十二人じゅうににんりきが ついて、しゅびよく 雪ゆきの女王じょおうに かてますよう、のみものを ひとつ、つくって やって いただけませんか。」
「十二人じゅうににんりきかい。さぞ 役やくにたつ だろうよ。」と、フィンランドの女おんなは くりかえして いいました。
 それから女おんなの人ひとは、たなの ところへ いって、大おおきな 毛皮けがわの まいたものを もってきて ひろげました。それには、ふしぎな もんじ【もじ】が かいて ありましたが、フィンランドの女おんなは、ひたいから、あせが たれるまで、それを よみかえしました。
 でも、となかいは、かわいいゲルダのために、また いっしょうけんめい、その女おんなの人ひとに たのみました。ゲルダも 目めに涙なみだを いっぱいためて、おがむように、フィンランドの女おんなを 見みあげました。女おんなは また目めを しばたたき はじめました。そして、となかいを すみのほうへ つれていって、その あたまに あたらしい 氷こおりを のせて やりながら、こう つぶやきました。
「カイって子こは、ほんとうに 雪ゆきの女王じょおうのお城しろに いるのだよ。
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そして、そこにあるものは なんでも 気きにいってしまって、世界せかいに こんないいところはないと おもっているんだよ。けれど それというのも、あれの 目めの なかには、鏡かがみの かけらが はいっているし、しんぞうの なかにだって、ちいさな かけらが はいって いるからなのだよ。だから そんなものを、カイから とりだして しまわないうちは、あれは けっして まにんげんに なることは できないし、いつまでも 雪ゆきの女王じょおうの いうなりに なっている ことだろうよ。」
「では、どんなものにも、うちかつことのできる力ちからに なるようなものを、ゲルダちゃんに くださるわけには いかないでしょうか。」
「このむすめに、うまれついて もっている力ちからよりも、大おおきな力ちからを さずけることは、わたしには できない ことなのだよ。まあ、それは おまえさんにも、あのむすめが いまもっている力ちからが、どんなに 大おおきな力ちからだか わかるだろう。ごらん、どんなにして、いろいろと 人間にんげんやどうぶつが、あのむすめ ひとりのために してやっているか、どんなにして、はだしの くせに、あのむすめが よくも こんな とおくまで やってこられたか。それだもの、あのむすめは、わたしたちから、力ちからを えようとしても だめなのだよ。それは あのむすめの 心こころの なかに あるのだよ。それが かわいい むじゃきな こどもだという ところに あるのだよ。もし、あのむすめが、自分じぶんで 雪ゆきの女王じょおうのところへ、でかけていって、カイから ガラスのかけらを とりだすことが できないようなら、まして、わたしたちの力ちからに およばないことさ。もう ここから 二にマイルばかりで、雪ゆきの女王じょおうの お庭にわの入口いりぐちになるから、おまえは そこまで、あの女おんなの子こを はこんでいって、雪ゆきの中なかで、赤あかい実みをつけて しげっている、大おおきな 木きやぶのところに、おろして くるがいい。それで、もう よけいな口くちを きかないで、さっさと かえっておいで。」
 こういって、フィンランドの女おんなは、ゲルダを、となかいの せなかに のせました。そこで、となかいは、ぜんそくりょくで、はしりだしました。
「ああ、あたしは、長ながぐつを おいてきたわ。手てぶくろも おいてきてしまった。」と、ゲルダはさけびました。
 とたんに、ゲルダは 身みをきるような さむさを かんじました。でも、となかいは けっして とまろうとは しませんでした。
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それは 赤あかい実みのなった 木きやぶのところへ くるまで、いっさんばしり【わき目めも振ふらず夢中むちゅうになって走はしる】に、はしりつづけました。そして、そこでゲルダを おろして、くちのところに せっぷんしました。
 大おおつぶの涙なみだが、となかいの頬ほおを 流ながれました。それから、となかいは また、いっさんばしりに、はしって いって しまいました。かわいそうに、ゲルダは、くつも はかず、手てぶくろも はめずに、氷こおりにとじられた、さびしい フィンマルケンの まっただなかに、ひとり とりのこされて 立たっていました。
 ゲルダは、いっしょうけんめい かけだしました。すると、雪ゆきの大軍たいぐんが、むこうから おしよせて きました。
 けれど、その雪ゆきは、空そらから ふってくるのでは ありません。空そらは 極光オーロラに てらされて、きらきら かがやいて いました。雪ゆきは 地面じめんの上うえを まっすぐに 走はしってきて、ちかくに くればくるほど、形かたちが 大おおきく なりました。ゲルダは、いつか 虫むしめがねで のぞいたとき、雪ゆきの ひとひらが どんなにか 大おおきく みえたことを、まだ おぼえて いました。けれども、ここの雪ゆきは ほんとうに、ずっと大おおきく、ずっと おそろしく みえました。この雪ゆきは 生いきて いました。それは 雪ゆきの女王じょおうの 前哨ぜんしょう【警戒けいかいのために前方ぜんぽうに配置はいちする部隊ぶたい】でした。そして、ずいぶん へんてこな形かたちを していました。大おおきくて みにくい、やまあらし の ようなものもいれば、かまくびを もたげて、とぐろを まいている へびのような かっこうのもあり、毛けの さかさに はえた、ふとった 小こぐまに にたものも ありました。それは みんな まぶしいように、ぎらぎら 白しろく ひかりました。これこそ 生いきた 雪ゆきの大軍たいぐん でした。
 そこでゲルダは、いつもの主しゅの祈いのりの 「われらの父」を となえました。さむさは とてもひどくて、ゲルダは じぶんの つく いきを 見みることが できました。それは、口くちから けむりのように たちのぼりました。そのいきは だんだん こくなって、やがて ちいさい、きゃしゃな 天使てんしに なりました。それが 地じびた【地じべた】に つくと いっしょに【同時どうじに】、どんどん 大おおきく なりました。天使てんしたちは みな、かしら【頭あたま】には かぶとを いただき、手てには楯たてと やりを もっていました。天使てんしの数かずは だんだん ふえる ばかりでした。
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そして、ゲルダが 主しゅの おいのりを おわった ときには、りっぱな 天使軍てんしぐんの一いったいが、ゲルダのぐるりを とりまいて いました。天使てんしたちは やりを ふるって、おそろしい 雪ゆきの へいたいを うちたおすと、みんな ちりぢりに なって しまいました。そこでゲルダは、ゆうき を だして、げんきよく 進すすんで行いくことが できました。天使てんしたちは、ゲルダの 手てと足あしとを さすりました。するとゲルダは、前まえほど さむさを 感かんじなくなって、雪ゆきの女王じょおうのお城しろを めがけて いそぎました。
 ところで、カイは、あののち、どうして いたでしょう。それからまず お話はなしを すすめましょう。カイは、まるでゲルダのことなど、おもっては いませんでした。だから、ゲルダが、雪ゆきの女王じょおうの ごてんまで きているなんて、どうして、ゆめにも おもわない ことでした。



 第七だいななのお話はなし

   雪ゆきの女王じょおうのお城しろでのできごとと そののちのお話はなし


 雪ゆきの女王じょおうのお城しろは、はげしく ふきたまる 雪ゆきが、そのまま かべになり、窓まどや戸口とぐちは、身みをきるような風かぜで、できていました。そこには、百ひゃくいじょうの広間ひろまが、じゅんに ならんで いました。それは みんな 雪ゆきの ふきたまった ものでした。いちばん大おおきな広間ひろまは なんマイルにも わたっていました。つよい極光オーロラが この広間ひろまをも てらしていて、それは ただもう、ばか大おおきく、がらんと していて、いかにも 氷こおりのように つめたく、ぎらぎらして 見みえました。たのしみと いうものの、まるでない ところでした。あらしが 音楽おんがくを かなでて、ほっきょくぐまが あと足あしで立たちあがって、気きどっておどる ダンスの会かいも みられません。わかい 白しろぎつねの貴婦人きふじんのあいだに、ささやかなお茶ちゃの会かいが ひらかれることも ありません。雪ゆきの女王じょおうの広間ひろまは、ただ もう がらんとして、だだっぴろく、そして さむい ばかりでした。極光オーロラのもえるのは、まことに きそく正ただしいので、いつが いちばん高たかいか、いつが いちばん ひくいか、はっきり 見みることが できました。この はてしなく大おおきな がらんとした雪ゆきの広間ひろまのまん中なかに、なん千万ぜんまんという数かずの かけらに われて こおった、みずうみが ありました。
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われたかけらは、ひとつ ひとつ おなじ形かたちをして、これがあつまって、りっぱな美術品びじゅつひんに なっていました。この みずうみの まん中なかに、お城しろにいるとき、雪ゆきの女王じょおうは すわっていました。そして じぶんは 理性りせいの鏡かがみのなかに すわっているのだ、この鏡かがみほどのものは、世界中せかいじゅうさがしてもない、といっていました。
 カイは ここにいて、さむさのため、まっ青さおに、というよりは、うす黒ぐろく なっていました。それでいて、カイは さむさを 感かんじませんでした。というよりは、雪ゆきの女王じょおうが せっぷんして、カイのからだから、さむさを すいとって しまったからです。そしてカイのしんぞうは、氷こおりのように なっていました。カイは、たいらな、いく枚まいかの うすい氷こおりの板いたを、あっちこっちから はこんできて、いろいろに それを くみあわせて、なにか つくろうと していました。まるで わたしたちが、むずかしい漢字かんじを くみ合あわせる ようでした。カイも、この上うえなく 手てのこんだ、みごとな形かたちを つくりあげました。それは 氷こおりの ちえあそびでした。カイの目めには、これらのものの形かたちは このうえなく りっぱな、この世よの中なかで 一いちばんたいせつな もののように みえました。それはカイの目めにささった 鏡かがみの かけらの せいでした。カイは、形かたちで ひとつの ことばを かきあらわそうと おもって、のこらずの氷こおりの板いたを ならべてみましたが、自分じぶんが あらわしたいと おもうことば、すなわち、「永遠えいえん」という ことばを、どうしても つくりだすことは できませんでした。でも、女王じょおうは いっていました。
「もし おまえに、その形かたちを つくることが わかれば、からだも 自由じゆうになるよ。そうしたら、わたしは 世界せかいぜんたいと、あたらしいそりぐつを、いっそく あげよう。」
 けれども、カイには、それが できませんでした。
「これから、わたしは、あたたかい国くにを、ざっと ひとまわり してこよう。」と、雪ゆきの女王じょおうは いいました。「ついでに そこの黒くろなべを のぞいてくる。」黒くろなべ と いうのは、*エトナとかヴェスヴィオとか、いろんな名なの、火ひをはく 山やまのことでした。「わたしは すこしばかり、それを白しろく してやろう。ぶどうやレモンを おいしくするために いいそうだから。」
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*エトナは イタリア半島はんとうの南みなみシシリー島とうの火山かざん。ヴェスヴィオは おなじくナポリ市しの東方とうほうにある火山かざん。

 こういって、雪ゆきの女王じょおうは、とんでいって しまいました。そしてカイは、たったひとりぼっちで、なんマイルという ひろさのある、氷こおりの大広間おおひろまのなかで、氷こおりの板いたを 見みつめて、じっと 考かんがえこんで いました。もう、こちこちになって、おなかの なかの 氷こおりが、みしりみしり いうかと おもうほど、じっと うごかずに いました。それを みたら、たれも【だれも】、カイは こおりついたなり【こおりついたまま】、死しんでしまったのだと おもったかも しれません。
 ちょうど そのとき、ゲルダは 大おおきな門もんを 通とおって、その 大広間おおひろまに はいって きました。そこには、身みをきるような風かぜが、ふきすさんで いましたが、ゲルダが、ゆうべの おいのりを あげると、ねむったように、しずかになって しまいました。そして、ゲルダは、いくつも、いくつも、さむい、がらんとした ひろまを ぬけて、‥‥とうとう、カイを みつけました。ゲルダは、カイを おぼえていました。で、いきなりカイの くびすじに とびついて、しっかり だきしめながら、
「カイ、すきなカイ。ああ、あたし とうとう、みつけたわ。」と、さけびました。
 けれども、カイは 身みゆるぎもしず【微動びどうだにせず】に、じっと しゃちほこばったなり【動うごかないまま】、つめたくなって いました。そこで、ゲルダは、あつい涙なみだを 流ながして 泣なきました。それはカイの むねの上うえに おちて、しんぞうの なかにまで、しみこんで 行いきました。そこに たまった 氷こおりを とかして、しんぞうの中なかの、鏡かがみのかけらを なくなして【なくして】 しまいました。カイは、ゲルダを みました。ゲルダは うたいました。

ばらのはな さきてはちりぬ
おさな子ごエス やがてあおがん

 すると、カイは わっと 泣なきだしました。カイが、あまりひどく 泣ないたものですから、ガラスの とげが、目めから ぽろり と ぬけて でてしまいました。すぐとカイは、ゲルダが わかりました。
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そして、大おおよろこびで、こえを あげました。
「やあ、ゲルダちゃん、すきなゲルダちゃん。‥‥いままで どこへ いってたの、そしてまた、ぼくは どこに いたんだろう。」こういって、カイは、そこらを みまわしました。「ここは、ずいぶん さむいんだなあ。なんて大おおきくて、がらんと しているんだろうなあ。」
 こういって、カイは、ゲルダに、ひしと とりつきました。ゲルダは、うれしまぎれに、泣ないたり、わらったり しました。それが あまり たのしそうなので、氷こおりの板いたきれまでが、はしゃいで おどりだしました。そして、おどりつかれて たおれて しまいました。その たおれた形かたちが、ひとりでに、ことばを つづっていました。それは、もしカイに、そのことばが つづれたら、カイは 自由じゆうになれるし、そして あたらしい そりぐつと、のこらずの世界せかい【この世よのすべて】をやろうと、雪ゆきの女王じょおうがいった、その ことばでした。
 ゲルダは、カイのほおに せっぷん しました。みるみるそれは ぽおっと赤あかく なりました。それからカイの目めにも せっぷん しました。すると、それはゲルダの目めのように、かがやきだしました。カイの 手てだの 足あしだのにも せっぷん しました。これで、しっかりして げんきに なりました。もう こうなれば、雪ゆきの女王じょおうが かえってきても、かまいません。だって、女王じょおうが、それができれば ゆるしてやる と いったことばが、ぴかぴか ひかる 氷こおりのもんじ【文字もじ】で、はっきりと そこに かかれて いたからです。
 さて、そこで ふたりは 手てを とりあって、その大おおきなお城しろから そとへ でました。そして、うちのおばあさんの 話はなしだの、屋根やねの上うえの ばらのことなどを、語かたりあいました。ふたりが行いく さきざきには、風かぜもふかず、お日ひさまの光ひかりが かがやき だしました。そして、赤あかい実みのなった、あの木きやぶのあるところに きたとき、そこにもう、となかいが いて、ふたりを まっていました。そのとなかいは、もう一いっぴきの わかいとなかいを つれていました。そして、この わかいほうは、ふくれた乳ちぶさから ふたりの こどもたちに、あたたかい おちちを 出だして のませて くれて、その くちの上うえに せっぷん しました。
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それから 二にひきのとなかいは、カイとゲルダを のせて、まずフィンランドの女おんなのところへ 行いきました。そこで ふたりは、あの あついへやで、じゅうぶん からだを あたためて、うちへ かえる道みちを おしえて もらいました。それから こんどは、ラップランドの女おんなのところへ いきました。その女おんなは、ふたりに あたらしい着物きものを つくってくれたり、そりを そろえてくれたり しました。
 となかいと、もう一いっぴきのとなかいとは、それなり【そのまま】、ふたりのそりに ついて はしって、国境くにざかいまで おくってきて くれました。そこでは、はじめて草くさの緑みどりが もえだして いました。カイとゲルダとは、ここで、二にひきのとなかいと、ラップランドの女おんなとに わかれました。
「さようなら。」と、みんなは いいました。そして、はじめて、小鳥ことりが さえずり だしました。森もりには、緑みどりの草くさの芽めが、いっぱいに ふいていました。
 その森もりの中なかから、うつくしい馬うまにのった、わかいむすめが、赤あかい ぴかぴかする ぼうしを かぶり、くらに ピストルを 二にちょうさして、こちらに やってきました。ゲルダは その馬うまを しっていました。(それは、ゲルダの金きんの馬車ばしゃを ひっぱった 馬うまであったからです。)そして、このむすめは、れいの おいはぎのこむすめ でした。この女おんなの子こは、もう、うちに いるのが いやになって、北きたの国くにのほうへ いってみたいと おもっていました。そして もし、北きたの国くにが 気きにいらなかったら、どこかほかの国くにへ いってみたいと おもっていました。このむすめは、すぐにゲルダに 気きがつきました。ゲルダもまた、このむすめを みつけました。そして、もういちど あえたことを、心こころから よろこびました。
「おまえさん、ぶらつきやの ほうでは、たいした おやぶんさんだよ。」と、そのむすめは、カイに いいました。「おまえさんのために、世界せかいの はてまでも さがしに いってやるだけの ねうちが、いったい、あったのかしら。」
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 けれども、ゲルダは、そのむすめの ほおを、かるく さすりながら、王子と王女とは、あののち どうなったか と ききました。
「あの人ひとたちは、外国がいこくへ いって しまったのさ。」と、おいはぎのこむすめが こたえました。
「それで、からすは どうして。」と、ゲルダは たずねました。
「ああ、からすは 死しんでしまったよ。」と、むすめが いいました。「それでさ、おかみさんがらすも、やもめになって、黒くろい毛糸けいとの喪章もしょうを 足あしにつけてね、ないて ばかりいるって いうけれど、うわさ だけだろう。さあ、こんどは、あれから どんな旅たびをしたか、どうしてカイちゃんを つかまえたか、話はなしておくれ。」
 そこで、カイとゲルダとは、かわりあって、のこらずの話はなしをしました。
「そこで、よろしく、ちんがらもんがらか【ごちゃごちゃした感かんじ】、でも、まあ うまくいって、よかったわ。」と、むすめは いいました。


 そして、ふたりの手てをとって、もし ふたりの すんでいる町まちを 通とおることが あったら、きっと たずねようと、やくそく しました。それから、むすめは 馬うまをとばして、ひろい世界せかいへ でて行いきました。でも、カイとゲルダとは、手てをとりあって、あるいて いきました。いくほど、そこらが 春はるめいてきて、花はながさいて、青葉あおばが しげりました。お寺てらの鐘かねが きこえて、おなじみの 高たかい塔とうと、大おおきな町まちが 見みえてきました。それこそ、ふたりが すんでいた町まちでした。そこで ふたりは、おばあさまの 家いえの戸口とぐちへ いって、かいだんを あがって、へやへ はいりました。そこでは なにもかも、せんと【前まえと】 かわって いませんでした。柱はしらどけいが 「カッチンカッチン」いって、針はりが まわっていました。けれど、その戸口とぐちを はいるとき、じぶんたちが、いつか もう おとなに なっていることに 気きがつきました。
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おもての屋根やねの といの 上うえでは、ばらの花はながさいて、ひらいた窓まどから、うちのなかを のぞきこんでいました。そして そこには、こどもの いすが おいて ありました。カイとゲルダとは、めいめいの いすに こしをかけて、手てを にぎりあいました。ふたりは もう、あの雪ゆきの女王じょおうのお城しろの さむい、がらんとした、そうごんな けしきを、ただ ぼんやりと、おもくるしい 夢ゆめのように おもっていました。おばあさまは、神かみさまの、うららかな お日ひさまの光ひかりを あびながら、「なんじら、もし、おさなごのごとくならずば、天国てんごくにいることをえじ【子こどものように純粋じゅんすいで素直すなおな心こころを持もたなければ、神かみの国くに(天国てんごく)には入はいれない】。」と、高たからかに 聖書せいしょの一いっせつを よんでいました。
 カイとゲルダとは、おたがいに、目めと目めを 見みあわせました。そして、

ばらのはな さきてはちりぬ
おさな子ごエスやがてあおがん
【この世よのはかなさ(バラの花はな)を経へて、私わたしは信仰しんこう(イエス)に導みちびかれていく】

という さんび歌かの いみが、にわかに はっきりと わかってきました。
 こうしてふたりは、からだこそ 大おおきくなっても、やはり こどもで、心こころだけは こどものままで、そこに こしをかけて いました。
 ちょうど 夏なつでした。あたたかい、みめぐみ あふれる 夏なつでした。




底本:「新訳アンデルセン童話集 第二巻」同和春秋社
   1955(昭和30)年7月15日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本中、*で示された語句の訳註は、当該語句のあるページの下部に挿入されていますが、このファイルでは当該語句のある段落のあとに、5字下げで挿入しました。
※見出しの字下げは底本通りとしました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年11月22日作成
2014年3月27日修正
青空文庫作成ファイル:
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