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赤ずきんちゃん
ROTKAPPCHEN
グリム兄弟 Bruder Grimm
楠山正雄訳


 むかし、むかし、あるところに、ちいちゃいかわいい女の子がありました。それはたれだって、ちょいとみただけで、かわいくなるこの子でしたが、でも、たれよりもかれよりも、この子おばあさんほど、この子をかわいがっているものはなく、この子をみると、なにもかも やりたくてやりたくて、いったいなにを やっていいのか わからなくなるくらいでした。それで、あるとき、おばあさんは、赤いびろうどで、この子にずきんをこしらえてやりました。すると、それがまたこの子によく似あうので、もうほかのものは、なんにもかぶらないと、きめてしまいました。そこで、この子は、赤ずきんちゃん、赤ずきんちゃん、とばかり、よばれるようになりました。
 ある日、おかあさんは、この子をよんでいいました。
さあ、ちょいといらっしゃい、赤ずきんちゃん、ここにお菓子かしがひとつと、ぶどうしゅがひとびんあります。これを赤ずきんちゃん、おばあさんのところへもっていらっしゃい。おばあさんは、ご病気でよわっていらっしゃるが、これをあげると、きっと元気になるでしょう。それでは、あつくならないうちに おでかけなさい。それから、そとへでたら気をつけて、おぎょうぎよくしてね、やたらに、しらない横道へかけだしていったりなんか しないのですよ。そんなことをして、ころびでもしたら、せっかくのびんはこわれるし、おばあさんにあげるものが なくなるからね。それから、おばあさんのおへやにはいったら、まず、おはようございます、をいうのをわすれずにね。はいると、いきなり、おへやの中を きょろきょろみまわしたりなんかしないでね。
そんなこと、あたし、ちゃんとよくしてみせてよ。」と、赤ずきんちゃんは、おかあさんにそういって、指きりしました。
 ところで、おばあさんのおうちは、村から半道はなれた森の中にありました。赤ずきんちゃんが森にはいりかけますと、おおかみが ひょっこりでてきました。でも、赤ずきんちゃんは、おおかみって、どんなわるいけだものだか しりませんでしたから、べつだん、こわいともおもいませんでした。
赤ずきんちゃん、こんちは。」と、おおかみはいいました。
ありがとう、おおかみちゃん。
[しおり] グリム兄弟-赤ずきんちゃん(1 / 5)
たいそうはやくから、どちらへ。
おばあちゃんのところへいくのよ。
前かけの下にもってるものは、なあに。
お菓子に、ぶどう酒。おばあさん、ご病気でよわっているでしょう。それでおみまいにもってって あげようとおもって、きのう、おうちで焼いたの。これでおばあさん、しっかりなさるわ。」「おばあさんのおうちはどこさ、赤ずきんちゃん。
これからまた、八、九ちょう【1町は約109m】もあるいてね、森のおくのおくで、大きなかしの木が、三ぼん立っている下のおうちよ。おうちのまわりに、くるみの生垣いけがきがあるから、すぐわかるわ。
 赤ずきんちゃんは、こうおしえました。
 おおかみは、心の中でかんがえていました。
わかい、やわらかそうな小むすめ、こいつはあぶらがのって、おいしそうだ。ばあさまよりは、ずっとあじがよかろう。ついでに りょうほういっしょに、ぱっくりやる くふうがかんじんだ。
 そこで、おおかみは、しばらくのあいだ、赤ずきんちゃんと ならんであるきながら、道みちこう話しました。
赤ずきんちゃん、まあ、そこらじゅう きれいに咲いている花をごらん。なんだって、ほうぼう ながめて みないんだろうな。ほら、小鳥が、あんなにいい声で歌をうたっているのに、赤ずきんちゃん、なんだかまるで きいていないようだなあ。学校へいくときのように、むやみと、せっせこ、せっせこと、あるいているんだなあ。そとは、森の中がこんなに あかるくてたのしいのに。
 そういわれて、赤ずきんちゃんは、あおむいてみました。すると、お日さまの光が、木と木の茂った中からもれて、これが、そこでもここでも、たのしそうにダンスしていて、どの木にもどの木にも、きれいな花がいっぱい咲いているのが、目にはいりました。そこで、
あたし、おばあさまに、げんきでいきおいの いいお花をさがして、花たばをこしらえて、もってってあげようや。
[しおり] グリム兄弟-赤ずきんちゃん(2 / 5)
するとおばあさん、きっとおよろこびになるわ。まだ朝はやいから、だいじょうぶ、時間までに行かれるでしょう。」
と、こうおもって、ついと横道から、その中へかけだしてはいって、森の中のいろいろの花をさがしました。そうして、ひとつ花をつむと、その先に、もっときれいなのがあるんじゃないか、という気がして、そのほうへかけて行きました。そうして、だんだん森のおくへおくへと、さそわれて行きました。
 ところが、このあいだに、すきをねらって、おおかみは、すたこらすたこら、おばあさんのおうちへ かけていきました。そして、とんとん、戸をたたきました。
おや、どなた。
赤ずきんちゃんよ。お菓子とぶどう酒を、おみまいにもって来たのよ。あけてちょうだい。
とっ手をおしておくれ。おばあさんはご病気でよわっていて、おきられないのだよ。
 おおかみは、とっ手をおしました。戸は、ぼんとあきました。おおかみはすぐと はいっていって、なんにもいわずに、いきなりおばあさんの ねているところへ行って、あんぐりひと口に、おばあさんをのみこみました。それから、おばあさんの着物を着て、おばあさんのずきんをかぶって、おばあさんのおとこにごろりと寝て、カーテンを引いておきました。

 赤ずきんちゃんは、でも、お花をあつめるのに むちゅうで、森じゅうかけまわっていました。そうして、もうあつめるだけあつめて、このうえ持ちきれないほどになったとき、おばあさんのことをおもいだして、またいつもの道にもどりました。おばあさんのうちへ来てみると、戸があいたままになっているので、へんだとおもいながら、中へはいりました。すると、なにかが、いつもとかわってみえたので、
へんだわ、どうしたのでしょう。きょうはなんだか胸がわくわくして、きみのわるいこと。おばあさんのところへくれば、いつだってたのしいのに。」と、おもいながら、大きな声で、
おはようございます。
と、よんでみました。でも、おへんじはありませんでした。
[しおり] グリム兄弟-赤ずきんちゃん(3 / 5)
 そこで、おとこのところへいって、カーテンをあけてみました。すると、そこにおばあさんは、横になっていましたが、ずきんをすっぽり目までさげて、なんだかいつもとようすがかわっていました。
あら、おばあさん、なんて大きなお耳。
おまえの声が、よくきこえるようにさ。
あら、おばあさん、なんて大きなおめめ。
おまえのいるのが、よくみえるようにさ。
あら、おばあさん、なんて大きなおてて。
おまえが、よくつかめるようにさ。
でも、おばあさん、まあ、なんてきみのわるい大きなお口だこと。
おまえをたべるにいいようにさ。
 こういうがはやいか、おおかみは、いきなり寝床からとびだして、かわいそうに、赤ずきんちゃんを、ただひと口に、あんぐりやってしまいました。

 これで、したたかおなかをふくらませると、おおかみはまた寝床にもぐって、ながながと寝そべって休みました。やがて、ものすごい音を立てて、いびきをかきだしました。
 ちょうどそのとき、かりうどがおもてを通りかかって、はてなと思って立ちどまりました。
ばあさんが、すごいいびきで寝ているが、へんだな。どれ、なにかかわったことがあるんじゃないか、みてやらずばなるまい。
 そこで、中へはいってみて、寝床のところへ行ってみますと、おおかみが横になっていました。
ちきしょう、このばちあたりめが、とうとうみつけたぞ。ながいあいだ、きさまをさがしていたんだ。
 そこで、かりうどは、すぐと鉄砲をむけました。とたんに、ふと、ことによると、おおかみのやつ、おばあさんをそのまま のんでいるのかもしれないし、まだなかで、たすかっているのかもしれないぞ、とおもいつきました。そこで鉄砲をうつことはやめにして、そのかわり、はさみをだして、ねむっているおおかみのおなかを、じょきじょき切りはじめました。
 ふたはさみいれると、もう赤いずきんがちらと見えました。もうふたはさみいれると、女の子がとびだしてきて、
まあ、あたし、どんなにびっくりしたでしょう。
[しおり] グリム兄弟-赤ずきんちゃん(4 / 5)
おおかみのおなかの中の、それはくらいったらなかったわ。」と、いいました。
 やがて、おばあさんも、まだ生きていて、はいだしてきました。もう、よわって虫の息になっていました。赤ずきんちゃんは、でも、さっそく、大きなごろた石を、えんやらえんやらはこんできて、おおかみのおなかのなかにいっぱい、つめました。やがて目がさめて、おおかみがとびだそうとしますと、石のおもみでへたばりました。
 さあ、三人は大よろこびです。かりうどは、おおかみの毛皮をはいで、うちへもってかえりました。おばあさんは、赤ずきんちゃんの もってきたお菓子をたべて、ぶどう酒をのみました。それで、すっかりげんきを とりかえしました。でも、赤ずきんちゃんは、(もうもう、二どと、森の中で横道にはいって、かけまわったりなんか やめましょう。おかあさんがいけないと、おっしゃったのですものね。)と、かんがえました。



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底本:「世界おとぎ文庫(グリム篇)森の小人」小峰書店
   1949(昭和24)年2月20日初版発行
   1949(昭和24)年12月30日4版発行
※原題の「〔ROTKA:PPCHEN〕」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「ROTKAPPCHEN」としました。
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。入力:大久保ゆう
校正:浅原庸子
2004年4月29日作成
2005年11月19日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
----- (以下、シン文庫 追記) -----
関係者の皆様、大変ありがとうございました。感謝致します。
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