足跡
石川啄木1886年(明治19年) - 1912年(明治45年)


 冬の長い国のことで、物蔭にはまだ雪が残って居り、村端むらはずれの溝に芹せりの葉一片ひとつ 青あおんではいないが、晴れた空はそことなく霞んで、雪消ゆきげの路の泥濘ぬかるみの処々乾きかゝった上を、春めいた風が薄ら温かく吹いていた。それは明治四十年四月一日のことであった。
 新学年始業式の日なので、S村尋常高等小学校の代用教員、千早ちはや健たけしは、平生より少し早目に出勤した。白墨チョークの粉に汚れた木綿の紋付もんつきに、裾すその擦切れた長目の袴はかまを穿はいて、クリ/\した三分刈の頭に帽子も冠かぶらず‥‥渠かれは帽子も有もっていなかった。‥‥亭乎すらりとした体を真直まつすぐにして玄関から上って行くと、早出の生徒は、毎朝、控所の彼方此方かなたこなたから駆けて来て、敬うやうやしく渠かれを迎える。中には態々わざわざ 渠かれに叩頭おじぎをする許ばかりに、其処そこに待っているのもあった。その朝は殊ことに其その数が多かった。平生へいぜいの三倍も四倍も……遅刻勝がちな成績できの悪い児の顔さえ其その中に交っていた。健は直ぐ、其等それらの心々に溢れている進級の喜悦よろこびを想うた。そして、何がなく心が曇った。
 渠かれはその朝 解職願を懐にしていた。
 職員室には、十人許ばかりの男女おとこおんな‥‥何いずれも穢きたない扮装みなりをした百姓達が、物に怖おびえた様にキョロ/\している尋常科の新入生を、一人ずゝ伴つれて来ていた。職員四人分の卓つくえや椅子、書類入の戸棚などを並べて、さらでだに【ただでさえ】狭くなっている室へやは、其等それらの人数に埋うずめられて、身動みじろぎも出来ぬ程である。これも今来た許ばかりと見える女教師の並木孝子は、一人で其その人数を引受けて少し周章まごついたという態ふうで、腰も掛けずに何やら急いそがしく卓の上で帳簿を繰くっていた。
 そして、健が入って来たのを見ると、
「あ、先生!」
と言って、ホッと安心した様な顔をした。
 百姓達は、床板に膝を突いて、交る/″\かわるがわる先を争う様に健に挨拶した。
「老婆おばあさん、いくら探しても、松三郎というのは 役場から来た学齢簿の写しに ありませんよ。」と、孝子は心持 眉を顰ひそめて、古手拭てぬぐいを冠かぶった一人の老女としよりに言っている。
「ハア。」と老女は当惑した様に眼をしょぼつかせた。
「無い筈はないでしょう。尤もっとも此辺このへんでは、戸籍上の名と家うちで呼ぶ名と違うのがありますよ。」
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と、健は喙くちを容いれた。そして老女としよりに、
「芋田いもだの鍛冶屋だったね、婆さんの家うちは?」
「ハイ。」
「いくら見てもありませんの。役場にも松三郎と届けた筈だって言いますし……」と孝子はまた初めから帳簿を繰くって、「通知書を持って来ないもんですから、薩張さっぱり分りませんの。」
「可怪おかしいなぁ。婆さん、役場から真箇ほんとに通知書が行ったのかい? 子供を学校に出せという書付が?」
「ハイ。来るにぁ来ましたども、弟の方のな許ばかりで、此児これ(と顎で指して、)のなは今年ぁ来ませんでなす。それでハア、持って来こなごあんさす。」
「今年は来ない? 何だ、それじゃ其その児は九歳ここのつか、十歳とおかだな?」
「九歳ここのつ。」と、その松三郎が自分で答えた。膝に補布つぎを当てた股引を穿はいて、ボロ/\の布の無尻むじり【尻の部分がすり切れた野良着】を何枚も/\着膨れた、見るから腕白わんぱくらしい児であった。
「九歳なら去年の学齢だ。無い筈ですよ、それは今年だけの名簿ですから。」
「去年ですか。私わたしは又、其点そこに気が付かなかったもんですから……」と、孝子は少しきまり悪気わるげにして、其その児の名を別の帳簿に書入れる。
「それじゃ何だね、」と、健は再また老女の方を向いた。「此児これの弟というのが、今年八歳やっつになったんだろう。」
「ハイ。」
「何故なぜそれは伴つれて来ないんだ?」
「ハイ。」
「ハイじゃない。此この児は去年から出さなけれぁならないのを、今年まで延したんだろう。そんな風ふうじゃ不可いけない、兄弟一緒に寄越すさ。遅く入学さして置いて、卒業もしないうちから、子守をさせるの何のって下げて了しまう。そんな風ふうだから、此この辺の者は徴兵に採られても、大抵上等兵にも成らずに帰って来る。」
「ハイ。」
「親が悪いんだよ。」
「ハイ。そで ごあんすども なす、先生様、兄弟何方どっちも一年生だら、可笑おかしごあんすべぁすか?」
と、老女は黒漿おはぐろの落ちた歯を見せて、テレ隠しに追従ついしょう笑いをした。
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「構うもんか。弟が内務大臣をして 兄は田舎の郡長をしていた人さえある。一緒な位何でもないさ。」
「ハイ。」
「婆さんの理屈で行くと、兄が死ねば弟も死なゝけれぁ ならなくなる。俺の姉は去年死んだけれども俺は恁こうして生きている。然そうだ。過日こないだ死んだ馬喰ばくろうさんは、婆さんの同胞きょうだいだっていうじゃないか?」
「アツハヽヽ。」と、居並ぶ百姓達は皆笑った。
「婆さんだって其その通りチャンと生きている。ハヽヽ。とにかく弟の方も今年から寄越よこすさ。明日あすと明後日あさっては休みで、四日から授業が始まる。その時此児これと一緒に。」
「ハイ。」
「真箇ほんとうだよ。寄越さなかったら俺が迎いに行くぞ。」
 そう言いながら立ち上って、健は孝子の隣の卓に行った。
「お手伝いしましょう。」
「済みませんけれども、それでは何卒どうぞ。」
「アもう八時になりますね。」と、渠かれは孝子の頭の上に 掛っている時計を見上げた目を 移して、障子一重で隔てた宿直室を、顎で指した。「まだ顔を出さないんですか?」
 孝子は笑って点頭うなずいた。
 その宿直室には、校長の安藤が家族‥‥妻さいと二人の小供‥‥と共に住んでいる。朝飯あさめしの準備したくが今漸々ようやく出来たところと見えて、茶碗や皿を食卓ちゃぶだいに並べる音が聞える。無精者ぶしょうものの細君は何やら呟々ぶつぶつ小供を叱っていた。
 新入生の一人々々を、学齢児童調書に突合して、健はそれを学籍簿に記入し、孝子は新しく出席簿を拵こしらえる。何本を買はねば ならぬかとか、石盤は石石盤が可よいか 紙石盤が可よいかとか、塗板ぬりいたも有もたせねば ならぬかとか、父兄は一人々々同じ様な事を繰くり返して訊く。孝子は一々それに答える。すると今度は健の前に叩頭おじぎをして、小供の平生へいぜいの行状やら癖やら、体の弱い事などを述べて、何分よろしくと頼む。
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新入生は後から/\と続いて狭い職員室に溢れた。
 忠一という、今度尋常科の三年に進んだ校長の長男が、用もないのに怖々おずおずしながら入って来て、甘える様ようの姿態しなをして健の卓つくえに倚掛よりかかった。
「彼方あっちへ行け、彼方へ。」
と、健は烈はげしい調子で、隣室にも聞える様に叱った。
「ハ。」
と言って、猾ずるそうな、臆病らしい眼付で健の顔を見ながら、忠一は徐々そろそろと後退あとずさりに出て行った。為様しょうのない横着おうちゃくな児で、今迄健の受持の二年級であったが、外の教師も生徒等も、校長の子というので それとなく遠慮している。健はそれを、人一倍厳しく叱る。五十分の授業の間を教室の隅に立たして置くなどは 珍しくもない事で、三日に一度は、罰として放課後の教室の掃除当番を吩付いいつける。そんな時は、無精者の母親がよく健の前へ来て、抱いている梅ちゃんという児に 胸を披はだけて大きい乳房を含ませながら、
「千早先生、家うちの忠一は 今日も何か悪い事しあんした べすか?」
 などゝ言うことがある。
「ハ。忠一さんは日増ひましに悪くなる様ですね。今日も権太という小供が新らしく買って来た墨を、自分の机の中に隠して知らない振していたんですよ。」
「コラ、彼方あちらへ行け。」と、校長は聞きかねて細君を叱る。
「それだってなす、毎日悪い事許ばかりして 千早先生に御迷惑かける様なんだハンテ、よくお聞き申して置いて、後で私わだしもよっく吩付いいつけて置くべと思ってす。」
 健は平然けろりとして卓隣つくえどなりの秋野という老教師と話を始める。校長の妻は、まだ何か言いたげにして、上吊うわずった眉をピリ/\させながら其処そこに立っている。然そうしてるところへ、掃除が出来たと言って、掃除監督の生徒が通知しらせに来る。
「黒板も綺麗に拭いたか?」
「ハイ。」
「先生に見られても、少しも小言を言われる点ところが無い様に出来たか?」
「ハイ。」
「若もし粗末だったら、明日また為直しなおさせるぞ。」
「ハイ。立派に出来ました。」
「好し。」
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と言って、健は莞爾にっこりして見せる。「それでは一同みんな帰しても可よい。お前も帰れ。それからな、今先生が行くから忠一だけは教室に残って居おれと言え。」
「ハイ。」と、生徒の方も嬉しそうに莞爾にっこりして、活発に一礼して出て行く。健のこんな訓導方しつけかたは、尋常二年には余りに厳きびし過すぎると他の教師は思っていた。然ただしその為に健の受持の組は、他級の生徒から羨まれる程規律がよく、少し物の解った高等科の生徒などは、何彼なにかにつけて 尋常二年に笑はれぬ様にと 心懸けている程であった。
 軈やがて健は二階の教室に上って行く。すると、校長の妻は密乎こっそりと其その後を跟つけて行って、教室の外から我が子の叱られているのを立聞たちぎきする。意気地なしの校長は校長で、これも我が子の泣いている顔を思い浮べながら、明日の教案を書く……
 健が殊更ことさら校長の子に厳しく当るのは、其その児が人一倍悪戯わるさに長たけて、横着で、時にはその生先おいさきが危まれる様な事まで 為出しでかす為には違いないが、一つは渠かれの性質に、そんな事をして 或ある感情の満足を求める と言った様な点ところがあるのと、又、然そうする方が 他の生徒を取締る上に 都合の好い為でもあった。渠かれが忠一を虐いじめることが厳しければ厳しい程、他の生徒は渠かれを偉い教師の様に思った。
 そして、女教師の孝子にも、健のそんな行動しうちが何がなしに 快く思われた。時には孝子自身も、人のいない処へ忠一を呼んで、手厳しく譴たしなめてやることがある。それは孝子にとっても或ある満足であった。
 孝子は半年前に 此この学校に転任して来てから、日一日と経つうちに、何処どこの学校にもない異様な現象を発見した。それは校長と健との妙な対照で、健は自分より四円【約8万円】も月給の安い 一代用教員に過ぎないが、生徒の服していることから言えば、健が校長の様で、校長の安藤は 女教師の自分よりも生徒に侮あなどられていた。孝子は師範女子部の寄宿舎を出てから二年とは経たず、一生を教育に献げようとは思わぬまでも、授業にも読書にもまだ相応に興味を有もってる頃ではあり、何処どこか気性の確固しっかりした、判断力の勝った女なので、日頃校長の無能が 女ながらも歯痒はがゆい位。殊ことにも、その妻のだらしの無いのが見るも嫌で、毎日顔を合していながら、碌ろくそっぽ口を利かぬことさえ珍しくない。
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そして孝子には、万事よろずに生々とした健の烈しい気性‥‥その気性の輝いている、笑う時は十七八の少年の様に無邪気に、真摯まじめな時は二十六七にも、もっと上にも見える渠かれの眼、(それを孝子は、写真版などで見た奈勃翁ナポレオンの眼に肖にたと思っていた。)‥‥その眼が此この学校の精神たましいでゞもあるかの様に見えた。健の眼が右に動けば、何百の生徒の心が右に行く、健の眼が左に動けば、何百の生徒の心が左に行く、と孝子は信じていた。そして孝子自身の心も、何時しか健の眼に随したがって動く様になっている事は、気が付かずにいた。
 齢から言えば、孝子は二十三で、健の方が一歳ひとつ下の弟である。が、健は何かの事情で早く結婚したので、その頃もう小児こどもも有った。そして其その家うちが 時として其その日の糧かてにも差支える程貧しい事は、村中知らぬ者もなく、健自身も別段 隠す態ふうも見せなかった。或日、健は朝から浮かぬ顔をして、十分の休み毎に呟呻許あくびばかりしていた。
「奈何どうなさいましたの、千早先生、今日はお顔色が良くないじゃありませんか?」
と孝子は何かの機会ひょうしに訊いた。健は出かゝった生呿呻なまあくびを噛んで、
「何有なあに。」
と言って笑った。そして、
「今日は煙草が切れたもんですからね。」
 孝子は何とも言うことが出来なかった。健が平生へいぜい 人に魂消たまげられる程の喫煙家で、職員室に入って来ると、どんな事があろうと先ず煙管キセルを取上げる男であることは、孝子もよく知っていた。卓隣りの秋野は其その煙草入を出して健に薦すすめたが、渠かれは其その日一日喫のまぬ積りだったと見えて、煙管キセルも持って来ていなかった。そして、秋野の煙管キセルを借りて、美味うまそうに二三服続け様に喫のんだ。孝子はそれを見ているのが、何がなしに辛かった。宿へ帰ってからまで其その事を思出して、何か都合の好い名儀をつけて、健に金を遣やる途みちはあるまいかと考えた事があった。又、去年の一夏、健が到頭とうとう 古ふる袷あわせを着て過した事、それで左程 暑くも感じなかったという事なども、渠かれ自身の口から聞いていたが、村の噂はそれだけではなかった。其その夏、毎晩夜遅くなると、健の家うち‥‥或ある百姓家を半分画しきって借りていた‥‥では障子を開放あけはなして、居たたまらぬ位 杉の葉を燻いぶしては、中で頻しきりに団扇うちわで煽あおいでいた。それは多分蚊帳かやが無いので、然そうして 蚊を逐おい出してから 寝たのだろうという事であった。
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そんなに苦しい生活をしていて、渠かれには些ちっとも心を痛めている態ふうがない。朝から晩まで、真しんに朝から晩まで、小供等を対手あいてに怡々いい【喜ばしいさま】として暮らしている。孝子が初めて此この学校に来た秋の頃は、毎朝昧爽よあけから朝飯時まで、自宅に近所の小供等を集めて「朝読あさよみ」というのを遣やっていた。朝な/\、黎明しののめ【夜明け】の光が漸ようやく障子に仄ほのめいた許ばかりの頃、早く行くのを競っている小供等‥‥主に高等科の‥‥が、戸外そとから声高に友達を呼起して行くのを、孝子は毎朝の様に まだ臥床とこの中で聞いたものだ。冬になって朝読が出来なくなると、健は夜な/\九時頃までも生徒を集めて、算術、読方、綴方から歴史や地理、古来むかしからの偉人の伝記逸話、年上の少年には英語の初歩なども授けた。この二月村役場から話があって、学校に壮丁そうてい教育の夜学を開いた時は、三週間の期間を十六日まで健が一人で教えた。そして終しまいの五日間は、毎晩裾すそから吹上ふきあげる夜寒を怺こらえて、二時間も三時間も教壇に立った為に 風邪を引いて寝たのだという事であった。
 それでいて、健の月給は唯たった八円【16万円】であった。そして、その八円は何時いつでも前借ぜんしゃくになっていて、二十一日の月給日が来ても、いつの月でも健には、同僚と一緒に月給の渡されたことがない。四人分の受領書を持って行った校長が、役場から帰って来ると、孝子は大抵紙幣さつと銀貨を交まぜて十二円渡される。検定試験上りの秋野は十三円で、古い師範出の校長は十八円であった。そして、校長は気毒相きのどくそうな顔をしながら、健には存在ぞんざいな字で書いた一枚の前借証を返してやる。渠かれは平然けろりとして それを受取って、クル/\と円めて火鉢に燻くべる。淡い炎ほのおがメラ/\と立つかと見ると、直ぐ消えて了しまう。と、渠かれは不揃ふぞろいな火箸を取って、白くなって小ちいさく残っている其その灰を突つつく。突いて、突いて、そして上げた顔は平然けろりとしている。
 孝子は気毒きのどくさに見ぬ振をしながらも、健のその態度ようすをそれとなく見ていた。そして訳もなく胸が迫って、泣きたくなることがあった。そんな時は、孝子は用もない帳簿などを弄いじくって、人後ひとあとまで残った。月給を貰った為に怡々いそいそして早く帰るなどと、思われたくなかったのだ。
 孝子の目に映っている健は、月給八円の代用教員ではなかった。孝子は或ある時 その同窓の女友達の一人へ遣やった手紙に、この若い教師のことを書いたことがある。
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若もしや 詰らぬ疑いを起されてはという心配から、健には妻子のあることを詳しく記した上で、
「私の学校は、この千早先生一人の学校といっても可いい位よ。奥様おくさんやお子様こさんのある人とは見えない程若い人ですが、男生でも女生でも 千早先生の言うことを きかぬ者は一人もありません。そら、小野田教諭がいつも言ったでしょう‥‥教育者には教育の精神を以て教える人と、教育の形式で教える人と、二種類ある。後者には何人でも成れぬことはないが、前者は百人に一人、千人に一人しか無いもので、学んで出来ることではない、謂いはば 生来うまれつきの教育者である‥‥って。千早先生はその百人に一人しかない方の組よ。教授法なんかから言ったら、先生は乱暴よ、随分乱暴よ。今の時間は生徒と睨にらめックラをして、敗けた奴を立たせる ことにして遊びましたよ などゝ言う時があります。(遊びました)というのは嘘で、先生はそんな事をして、生徒の心を散るのを御自分の一身に集あつめるのです。そうしてから授業に取とりかゝるのです。偶たまに先生が欠勤でもすると、私が掛持で尋常二年に出ますの。生徒は決して私ばかりでなく、誰のいうことも、聞きません。先生の組の生徒は、先生のいうことでなければ聞きません。私はそんな時、『千早先生はそう騒いでも可いいと教えましたか?』と言います。すると、直ぐ静粛になって了しまいます。先生は又、教案を作りません。その事で何日いつだったか、巡まわって来た郡視学と 二時間許ばかり議論をしたのよ。その時の面白かったこと? 結局視学の方が敗けて胡麻化ごまかして了しまったの。」
「先生は尋常二年の修身と体操を校長にやらして、その代り高等科(校長の受持)の綴方と歴史地理に出ます。今度は千早先生の時間だという時は、鐘が鳴って控所に生徒の列んだ時、その高等科の生徒の顔色で分ります。」
「尋常二年に由松という児があります。
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それは生来うまれつきの低脳者で、七歳ななつになる時に燐寸マツチを弄もてあそんで、自分の家うちに火をつけて、ドン/\燃え出すのを 手を打って喜んでいた という児ですが、先生は御自分の一心で是非 由松を普通あたりまえの小供にすると言って、暇さえあればその由松を膝の間に座らせて、(先生は腰かけて、)上から眤じつと見下しながら、肩に手をかけて色々なことを言って聞かせています。その時だけは由松も大人しくしていて、終しまいには屹度きっとメソ/\泣出して了しまいますの。時として先生は、然そうしていて 十分も二十分も黙って 由松の顔を見ていることがあります。二三日前でした、由松は先生と然そうしていて、突然眼を瞑つぶって背後うしろに倒れました。先生は静かに由松を抱いて小使室へ行って、頭に水を掛けたので小供は蘇生しましたが、私共は一時喫驚びっくりしました。先生は、『私の精神と由松の精神と角力すもうをとって、私の方が勝ったのだ。』と言って居られました。その由松は近頃では 清書なんか 人並に書く様になりました。算術だけはいくら骨を折っても駄目だそうです。」
「秀子さん、そら、あの寄宿舎の談話室ね、彼処あそこの壁にペスタロツヂが小供を教えている画が 掲かけてあったでしょう。あのペスタロツヂは痩せて骨立った老人でしたが、私、千早先生が由松に物を言ってるところを 横から見ていると、何ということなくあの画を思出すことがありますの。それは先生は、無論一生を教育事業に献げるお積りではなく、お家の事情で当分あゝして居られるのでしょうが、私はこんな人を長く教育界に留めて置かぬのが、何より残念な事と思います。先生は 何か人の知らぬ 大きな事を考えて居られる様ですが、私共には分りません。然ただしそのお話を聴いていると、常々私共の行きたい/\と思ってる処‥‥何処どこですか知りませんが‥‥え段々連れて行かれる様な気がします。そして先生は、自分は教育界 獅子しし身中の虫だと言って居られるの。又、今の社会を改造するには 先ず小学教育を破壊しなければいけない、自分に若もし二つ体があったら、一つでは一生代用教員をしていたいと言ってます。奈何どうして小学教育を破壊するかと訊くと、何有なあにホンの少しの違いです、人を生れた時のままで 大きくならせる方針を取れや可よいんです と答えられました。」
「然ただし秀子さん、千早先生は私にはまだ一つの謎です。何処どこか分らないところがあります。
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ですけれども、毎日同じ学校にいて、毎日先生の為さる事を見ていると、どうしても敬服せずには居られませんの。先生は随分苦しい生活をして居られます。それはお気毒な程です。そして、先生の奥様おくさんという人は、矢張好い人で、優しい、美しい(但し色は少し黒いけれど、)親切な方です。……」
と書いたものだ。実際それは孝子の思っている通りで、この若い女教師から見ると、健が月末の出席歩合ぶあいの調べを怠なまけるのさえ、コセ/\した他の教師共より偉い様に見えた。
 が、流石は女心で、例えば健が郡視学などと揶揄からかい半分に議論をする時とか、父の目の前で手厳しく忠一を叱る時などは、傍はたで見る目もハラ/\して、顔を挙げ得なかった。
 今も、健が声高に忠一を叱ったので、宿直室の話声が礑はたと止んだ。孝子は耳敏さとくもそれを聞付けて 忠一が後退あとずさりに出て行くと、
「マア、先生は!」
と低声こごえに言って、口を窄すぼめて微笑みながら健の顔を見た。
「ハヽヽヽ。」と、渠かれは軽かるく笑った。そして、眼を円まるくして直ぐ前に立っている新入生の一人に、
「可いいか。お前も学校に入ると、不断先生の断りなしに入っては不可いけないという処へ入れば、今の人の様に叱られるんだぞ。」
「ハ。」と言って、其その児はピョコリと頭を下げた。火傷やけどの痕の大きい禿が後頭部に光った。
「忠一イ。忠一イ。」と、宿直室から校長の妻の呼ぶ声が洩れた。健と孝子は目と目で笑い合った。
 軈やがて、埃に染みた、黒の詰襟つめえりの洋服を着た校長の安藤が出て来て、健と代って新入生を取扱かった。健は自分の卓つくえに行って、その受持の教務しごとにかゝった。
 九時半頃、秋野教師が遅刻の弁疏いいわけを為しい/\入って来て、何時いつも其室そこの柱に懸けて置く黒繻子の袴はかまを穿はいた時は、後から/\と来た新入生も大方来尽して、職員室の中は空すいていた。
10/22

健は卓の上から延び上って、其処そこに垂れて居る索なわ【縄】を続様つづけざまに強く引いた。壁の彼方かなたでは勇しく号鐘かねが鳴り出す。今か/\とそれを待ちあぐんでいた生徒等は、一しきり春の潮うしおの湧く様に騒いだ。
 五分とも経たぬうちに、今度は秋野が その鐘索かねなわ【鐘を鳴らすための綱】を引いて、先ず控所へ出て行った。と、健は校長の前へ行って、半紙を八つに畳んだ一枚の紙を無造作に出した。
「これ書いて来ました。何卒どうぞ宜しく願います。」
 笑う時 目尻の皺しわの深くなる、口髯の下向いた、寒そうな、人の好よさ相な顔をした安藤は、臆病らしい眼付をして其その紙と健の顔を見比みくらべた。前夜訪ねて来て書式を聞いて行ったのだから、展あけて見なくても解職願な事は解っている。
 そして、妙に喉に絡からまった声で言った。
「然そうで ごあんすか。」
「は。何卒どうぞ。」
 綴とじ了しまえた許ばかりの新しい出席簿を持って、立ち上った孝子は、チラリと其その畳んだ紙を見た。そして、健が四月に罷やめると言うのは 予々かねがね聞いていた為であろう、それが若もしや解職願ではあるまいかと思われた。
「何と申して可よいか……ナンですけれども、お決めになってあるのだば為方しかたがない訳でごあんす。」
「何卒宜しく、お取り計いを願います。」
と言って健は、軽く会釈して、職員室を出て了しまった。その後から孝子も出た。
 控所には、級が新しくなって列ならぶべき場所の解らなくなった生徒が、ワヤワヤと騒いでいた。秋野は其その間を縫って歩いて、
「先せんの場所ところへ列ぶのだ、先の場所へ。」
と叫んでいるが、生徒等は、自分達が皆 及第して上の級に進んだのに、今迄の場所に列ぶのが 不見識な様にでも 思われるかして、仲々言うことを聞かない。と見た健は、号令壇を兼ねている階段の上に突立って、
「何を騒いでいる。」
と呶鳴どなった。耳を聾ろうする【聞こえなくする】許ばかりの騒擾さわぎが、夕立の霽はれ上る様にサツと収って、三百近い男女の瞳はその顔に萃あつまった。
「一同みんな 今迄の場所ところに 今迄の通り列べ。」
 ゾロ/\と足音が乱れて、それが鎮しずまると、各級は皆 規則正しい二列縦隊を作っていた。鬩乎ひつそりとして話一つする者がない。新入生の父兄は、不思議相にしてそれを見ていた。
11/22

 渠かれは緩ゆっくりした歩調で階段を降りて、秋野と共に各級をその新しい場所に導いた。孝子は新入生を集めて列を作らしていた。
 校長が出て来て壇の上に立った。密々ひそひそと話声が起りかけた。健は背後うしろの方から一つ咳払いをした。話声はそれで再また鎮った。
「えゝ、今日から明治四十年度の新しい学年が始まります……」
と、校長は両手を邪魔相に前で揉みながら、低い、怖々おずおずした様な声で語り出した。二分も経つか経たぬに、
「三年一万九百日。」
と高等科の生徒の一人が、妙な声色を使って言った。
「叱しツ。」
と秋野が制した。潜笑しのびわらいの声は漣さゞなみの様に伝わった。そして新しい密語ひそめきが其そこに交まじった。
 それは丁度 今の並木孝子の前の女教師が他村へ転任した時‥‥去年の十月であった。‥‥安藤は告別の辞ことばの中で「三年一万九百日」と誤って言った。その女教師は三年の間この学校にいたったのだ。それ以来年長としかさの生徒は何時いつもこの事を言っては、校長を軽蔑する種にしている。丁度この時、健もその事を思出していたので、も少しで渠かれも笑いを洩らすところであった。
 密語ひそめきの声は漸々だんだん高まった。中には声に出して何やら笑うのもある。と、孝子は草履ぞうりの音を忍ばせて健の傍かたはらに寄って来た。
「先生が前の方へ被入いらっしゃると宜よろしうござんす。」
「然そうですね。」と渠かれも囁ささやいた。
 そして静かに前の方へ出て、階段の最も低い段の端の方へ立った。場内はまた水を打った様に闃乎ひっそりとした。
 不図ふと 渠かれは、諸有あらゆる生徒の目が、諄々くどくどと何やら話し続けている校長を見ているのでなく、渠かれ自身に注がれているのに気が付いた。例いつもの事ながら、何となき満足が渠かれの情こころを唆そそのかした。そして、幽かすかに唇くちを歪めて微笑ほほえんで見た。其処そこにも此処ここにも、幽かすかに微笑んだ生徒の顔が見えた。
12/22

 校長の話の済んで了しまうまでも、渠かれは其処そこから動かなかった。
 それから生徒は、痩せた体の何処どこから出るかと許ばかり高い渠かれの号令で、各々おのおのその新しい教室に導かれた。
 四人の職員が再び職員室に顔を合せたのは、もう十一時に間のない頃であった。学年の初めは諸帳簿の綴変とじかえやら、前年度の調物の残りやらで、雑務が仲々多い。四人はこれという話もなく、十二時が打つまでも孜々せっせとそれを行やっていた。
「安藤先生。」
と孝子は呼んだ。
「ハ。」
「今日の新入生は合計みんなで四十八名でございます。その内、七名は去年の学齢で、一昨年おととしんのが 三名ございますから、今年の学齢で来たのは三十八名しかありません。」
「然そうでごあんすか。総体で何名でごあんしたろう?」
「四十八名でございます。」
「否いいえ、本年度の学齢児童数は?」
「それは七十二名という通知でございます、役場からの。でございますから、今日だけの就学歩合では六十六、六六七にしか成りません。」
「少いな。」と校長は首を傾かしげた。
「何有なあに、毎年今日はそれ位なもんでごあんす。」と、十年もこの学校にいる土地者ところものの秋野が喙くちを容いれた。「授業の始まる日になれば、また二十人位ぁ来あんすでぁ。」
「少いなぁ。」と、校長はまた同じ事を言う。
「奈何どうです。」と健は言った。「今日来なかったのえ、明日あす明後日あさっての中に役場から又 督促さして見ては?」
「何有なあに、明々後日やのあさってになれば、二十人は屹度きっと 来あんすでぁ。保険付だ。」と、秋野は鉛筆を削っている。
「二十人来るにしても、三十八名に二十……残部あと十四名の不就学児童があるじゃありませんか?」
「督促しても、来るのは来るし、来ないのは来な ごあんすぜ。」
「ハハヽヽ。」と健は訳もなく笑った。
13/22

「可いいじゃありませんか、私達が草鞋わらじを穿はいて歩くんじゃなし、役場の小使を歩かせるのですもの。」
「来ないのは来ないでしょうなぁ。」と、校長は独語ひとりごとの様に意味のないことを言って、卓つくえの上の手焙てあぶりの火を、煙管キセルで突つついている。
「一学年は並木さんの受持だが、御意見は奈何どうです?」
 然そう言う健の顔に、孝子は一寸ちょっと薄目を与くれて、
「それぁ私の方は……」
と言出した時、入口の障子がガラリと開あいて、浅黄がゝった縞の古袷あわせに、羽織はおりも着ず、足袋たびも穿はかぬ小造りの男が、セカ/\と入って来た。
「やあ、誰かと思ったば東川ひがしかわさんか。」と、秋野は言った。
「そんなに喫驚びっくりする事はねえさ。」
 然そう言いながら東川は、型の古い黒の中折なかおれ【中折帽】を書類入の戸棚の上に載せて、
「やあ お急いそがしい様でごあんすな。好いいお天気で。」
と、一同みんなに挨拶した。そして、手ずから椅子を引寄せて、遠慮もなく腰を掛け、校長や秋野と二言三言話していたが、何やら気の急ぐ態度ようすであった。その横顔を健は眤じっと凝視みつめていた。齢は三十四五であるが、頭の頂辺てっぺんが大分だいぶ円まるく禿げていて、左眼ひだりめが潰れた眼【左目の視力がほとんどない】の上に度の強い近眼鏡をかけている。小形の鼻が尖とんがって、見るから一癖あり相な、抜目のない顔立である。
「時に、」と、東川は話の断目きれめを待構えていた様に、椅子を健の卓に向けた。「千早先生。」
「何です?」
「実は其その用で態々わざわざ来たのだがなす、先生、もう出したすか? 未まだすか?」
「何をです?」
「何をって。そんなに白ばくれなくても可よごあんすべ。出したすか? 出さねえすか?」
「だから何をさ?」
「解らない人だなぁ。辞表をす。」
「あゝ、その事こつですか。」
「出したすか? 出さねえすか?」
「何故なぜ?」
「何故って。用があるから訊くのす。」
 よくツケ/\と人を圧迫おしつける様な物言ものいいをする癖があって、多少の学識もあり、村で健が友人ともだち扱いをするのは 此この男の外に無かった。若い時は青雲の夢【立身出世の夢】を見たもので、機会おりあらば宰相の位にも上ろうという野心家であったが、財産のなくなると共に徒いたずらに村の物笑いになった。今では村会議員に学務委員を兼ねている。
「出しましたよ。」と、健は平然けろりとして答えた。
「真箇ほんとすか?」
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と東川は力を入れる。
「ハヽヽヽ。」
「だハンテ若い人は困る。人がどんなに心配してるかも知らないで、気ばかり早くてさ。」
「それ/\、煙草の火が膝に落ちた。」
「これだ!」と、呆れた様な顔をしながら、それでも急いで吸殻を膝から払い落して、「先生、出したっても今日の事だがら、まだ校長の手許にあるベアハンテ、今の間うちに戻してござれ。」
「何故なぜ?」
「いやサ、詳しく話さねえば解らねえが……実はなす、」
と穏かな調子になって、「今日何も知らねえで役場さ来てみたのす。そすると種市助役が、一寸ちょっと別室、て呼ぶだハンテ、何だど思って行って見だば先生の一件さ。昨日逢った時、明日辞表を出すっていだっけが、何しろ村教育も漸々ようやく発展の緒に就いた許ばかりの時だのに、千早先生に罷やめられては誠に困る。それがと言って今は村長も留守で、正式に留任勧告をするにも都合が悪い。何いずれ二三日中には村長も帰るし、七日には村会も開かれるのだから、ともかくも それまでは是非 待って貰いたいと言うのでなす、それで畢竟つまりは種市助役の代理になって、今俺ぁ飛んで来たどころす。解ったすか?」
「解るには解ったが、……奈何どうも御苦労でした。」
「御苦労も糞も無ねえが、なす、先生、然そう言う訳だハンテ、何卒どうか一先ひとまず戻して貰ってござれ。」
 戻して貰え、という、その「貰え」という語ことばが驕持心ほこりの強い健の耳に鋭く響いた。そして、適確きっぱりした調子で言った。
「出来ません、そんな事は。」
「それだハンテ困る。」
「御好意は充分有難く思いますけれど、為方しかたがありません、出して了しまった後ですから。」
 秋野も校長も孝子も、鳴なりを潜めて二人の話を聞いていた。
「出したと言ったところです、それが未だ学校の中にあるのだば、謂いはゞ未だ内輪だけの事でぁねえすか?」
「東川さん、折角の御勧告は感謝しますけれど、貴方は私の気性を御存知の筈です。私は一旦出して了しまったのは、奈何どうあっても、譬たとえそれが自分に不利益であっても取戻すことは嫌です。内輪だろうが外輪だろうが、私はそんな事は考えません。」
 然そう言った健の顔は、もう例いつもの平然けろりとした態さまに帰っていて、此この上いくら言ったとて動きそうにない。言い出しては後へ退ひかぬ健の気性は、東川もよく知っていた。
 東川は突然いきなり椅子を捻ひねり向けた。
「安藤先生。」
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 その声は、今にも喰って掛るかと許ばかり烈はげしかった。嚇おどすナ、と健は思った。
「ハ?」と言って、安藤は目の遣場やりばに困る程周章まごついた。
「先生ぁ真箇ほんとうに千早先生の辞表を受取ったすか?」
「ハ。……いや、それでごあんすでは。今も申上げようかと思いあんしたども、お話中に容喙くちだしするのも悪いと思って、黙ってあんしたが、先刻さっきその、号鐘かねが鳴って今始業式が始まるという時、お出しになりあんしてなす。ハ、これでごあんす。」と、硯箱の下から其その解職願を出して、「何れ後刻あとで緩ゆっくりお話しようと思って あんしたったども、今迄その暇がなくて 一寸ちょっと此処ここにお預りして置いた訳で ごあんす。何しろ思懸けないことでごあんしてなす。ハ。」
「その書式を教えたのは誰だ?」と健は心の中で嘲笑あざわらった。
「然そうすか、解職願お出しえんしたのすか? 俺ぁ少しも知らな ごあんしたオなす。」と、秋野は初めて知ったと言う態ふうに言った。「千早先生も又、どんな御事情だかも知れねえども、今急にお罷やめぁねえくとも宜よう ごあんすべぁすか?」
「安藤先生、」と東川は呼んだ。「そせば先生も、その辞表を一旦お戻しやる積りだったのだなす?」
「ハ、然そうでごあんす。何いずれ後刻あとでお話しようと思って、受取った訳でぁごあんせん、一寸ちょっとお預りして置いただけでごあんす。」
「お戻しやれ、そだら。」と、東川は命令する様な調子で言った。「お戻しやれ、お聞きやった様な訳で、今それを出されでぁ困りあんすでば。」
「ハ。奈何どうせ私も然そう思ってだのでごあんすぁハンテ、お戻しすあんす。」と、顔を曇らして言って、頬を凹へこませてジュウ/\する煙管キセルを強く吸った。戻すも具合悪く、戻さぬも具合悪いといった態度ようすである。
 健は横を向いて、煙草の煙をフウと長く吹いた。
「お戻しやれ、俺ぁ学務委員の一人いちにんとして勧告しあんす。」
 安藤は思切り悪く椅子を離れて、健の前に立った。
「千早さん、先刻さっきは急いそがしい時で……」と諄々くどくど弁疏いいわけを言って、「今お聞き申して居れば、役場の方にも種々いろいろ御事情がある様でごあんすゝ、一寸ちょっとお預りしただけでごあんすから、とにかくこれはお返し致しあんす。」
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 然そう言って、解職願を健の前に出した。その手は顫ふるえていた。
 健は待ってましたと言はぬ許ばかりに 急に難しい顔をして、霎時しばし、眤じっと校長の揉手もみでをしている その手を見ていた。そして言った。
「それでは、直接 郡役所へ送ってやっても宜うございますか?」
「これはしたり!」
「先生。」「先生。」と、秋野と東川が同時に言った。そして東川は続けた。
「然そうは言うもんでぁない。今日は俺の顔を立てゝ呉れても可いいでぁねえすか?」
「ですけれど……それぁ安藤先生の方で、お考え次第 進達するのを延そうと延すまいと、それは私には奈何どうも出来ない事ですけれど、私の方では前々から決めていた事でもあり、且つ、何が何でも一旦出したのは、取るのは嫌ですよ。それも私一人の為めに 村教育が奈何どうの恁こうのと言うのではなし、却かえってお邪魔をしてる様な訳ですからね。」と言って、些ちょっと校長に流盻よこめを与くれた。
「マ、マ、然そうは言うもんでぁ無えでばサ。前々から決めておいた事は決めて置いた事として、茲ここはマア村の頼みを訊いて呉れても可よいでぁねえすか? それも唯ただ、一週間か其処そこいら待って貰うだけの話だもの。」
「とにかくお返し しあんす。」と言って、安藤は手持無沙汰に自分の卓つくえに帰った。
「安藤先生。」と、東川は再また喰って掛る様に呼んだ。「先生もまた、も少し何とか言方が有りそうなもんでぁねえすか? 今の様でぁ、宛然まるで俺に言はれた許ばかりで返す様でぁねえすか? 先生には、千早先生が何どれだけ この学校に要のある人だか解らねえすか?」
「ハ?」と、安藤は目を怖々おずおずさして東川を見た。意気地なしの、能力はたらきの無い其その顔には、あり/\と当惑の色が現れている。
 と、健は、然そうして擦すった揉もんだと果はてしなく諍あらそってるのが、‥‥校長の困り切ってるのが、何だか面白くなって来た。そして、ツと立って、解職願を再また校長の卓に持って行った。
「とにかくこれは貴方に差上げて置きます。奈何どうなさろうと、それは貴方の御権限ですが……」
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と言いながら、傍はたから留めた秋野の言葉は聞かぬ振をして、自分の席に帰って来た。
「困りあんしたなぁ。」と、校長は両手で頭を押えた。
 眇目めつかちの東川も、意地悪い興味を覚えた様な顔をして、黙ってそれを眺めた。秋野は煙管キセルの雁首がんくびを見ながら煙草を喫のんでいる。
 と、今迄 何も言はずに、四人の顔を見巡みまわしていた孝子は、思切った様に立上った。
「出過ぎた様でございますけれども……アノ、それは私がお預り致しましょう。……千早先生も一旦お出しになったのですから、お嫌でしょうし、それでは安藤先生もお困りでしょうし、お役場には又、御事情がお有りなのですから……」と、心持 息を逸はずませて、呆気あっけにとられている四人の顔を急いそがしく見巡みまわした。そして、膨むっちりと肥った手で 静かにその解職願を校長の卓から取り上げた。
「お預りしても宜敷よろしゅうございましょうか? 出過ぎた様でございますけれど。」
「ハ? ハ。それぁ何でごあんす……」と言って、安藤は密そっと秋野の顔色を覗った。秋野は黙って煙管キセルを咬くわえている。
 月給から言えば、秋野は孝子の上である。然ただし資格から言えば、同じ正教員でも一人は検定試験上りで、一人は女ながらも師範出だから、孝子は校長の次席つぎなのだ。
 秋野が預るとすると、男だから、且かつは土地者ところものだけに種々いろいろな関係があって、屹度きっと何かの反響さしひびきが起る。孝子はそれも考えたのだ。そして、
「私の様な無能者やくにたたずがお預りしていると、一番安全でございます。ホヽヽヽ。」
と、取ってつけた様に笑いながら、校長の返事も待たず、その八つ折りの紙を袴はかまの間に挟んで、自分の席に復した。その顔はポウッと赧あからんでいた。
 常にない其その行動しうちを、健は目を円まるくして眺めた。
「成程。」と、その時 東川は膝を叩いた。「並木先生は偉い。出来でかした、出来した、なぁる程それが一番だ。」
と言いながら健の方を向いて、
「千早先生も、それなら可えがべす?」
「並木先生。」と健は呼んだ。
「マ、マ。」
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と東川は手を挙げてそれを制した。「マ、これで可いいでば。これで俺の役目も済んだというもんだ。ハヽヽヽ。」
 そして、急に調子を変えて、
「時に、安藤先生。今日の新入学者は何人位ごあんすか?」
「ハ?……えゝと……えゝと、」と、校長は周章まごついて了しまって、無理に思出すという様に眉まゆを萃あつめた。「四十八名でごあんす。然そうでごあんしたなす。並木さん?」
「ハ。」
「四十八名すか? それで例年に比べて多い方すか、少い方すか?」
 話題はなしは変って了しまった。
「秋野先生、」
と言いながら、胡麻塩ごましお頭の、少し腰の曲った小使が入って来た。
「お家から迎むけえが来たぁす。」
「然そうか。何用だべな。」と、秋野は小使と一緒に出て行った。
 腕組をして眤じっと考込んでいた健は、その時ツと立上った。
「お先に失礼します。」
「然そうすか?」と、人々はその顔‥‥屹きっと口を結んだ、額の広い、その顔を見上げた。
「左様なら。」
 健は玄関を出た。処々乾きかゝっている赤土の運動場には、今年初めての黄きいろい蝶々が二つ、フワ/\と縺もつれて低く舞っている。隅の方には、柵を潜って来た四五羽の鶏にわとりが、コツ/\と遊んでいた。
 太い丸太の尖さきを円めて二本植えた、校門の辺ところへ来ると、何いずれ女生徒の遺失おとしたものであろう、小さい赤櫛が一つ泥の中に落ちていた。健はそれを足駄あしだの歯で動かしてみた。櫛は二つに折れていた。
 健が一箇年だけで罷やめるというのは、渠かれが最初、知合の郡視学に会って、昔自分の学んだ郷里の学校に出てみたい、と申込んだ時から、その一箇年の在職中も、常々言っていた事で、又、渠かれ自身は勿論、渠かれを知っているだけの人は、誰一人、健を片田舎の小学教師などで 埋もれて了しまう男とは 思っていなかった。小ちいさい時分から覇気の壮さかんな、才気に溢れた、一時は東京に出て、まだ二十はたちにも足らぬ齢で著書の一つも出した渠かれ‥‥その頃数少き年少詩人の一人に、千早林鳥ちはやりんちょうの名のあった事は、今でも記憶している人も有ろう。
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‥‥が、侘わびしい百姓村の単調な其その日々々を、朝から晩まで、熱心に、又楽し相に、育ち卑いやしき涕垂はなたらしの児女等こどもらを対手【相手】に送っているのは、何も知らぬ村の老女達としよりたちの目にさえ、不思議にも詰らなくも見えていた。
 何いずれ何事なにか やり出すだろう! それは、その一箇年の間の、四周あたりの人の渠かれに対する思惑であった。
 加之のみならず、年老としとった両親と、若い妻と、妹と、生れた許ばかりの女児おんなのこと、それに渠かれを合せて六人の家族は、いかに生活費の費かからぬ片田舎とは言え、又、倹約家しまりやの母がいかに倹しまってみても、唯たった八円の月給では到底喰って行けなかった。女三人の手で裁縫物したてものなど引受けて遣やってもいたが、それとても狭い村だから、月に一円五十銭の収入みいりは覚束おぼつかない。
 そして、もう六十に手の達とどいた父の乗雲は、家うちの惨状みじめさを見るに見かねて、それかと言って何一つ家計の補助たしになる様な事も出来ず、若い時は雲水もして歩いた僧侶上りの、思切りよく飄然ふらりと家出をして了しまって、この頃 漸ようやく居処が確たしかまった様な状態ありさまであった。
 健でないにしたところが、必ず、何かもっと収入みいりの多い職業を見付けねば ならなかったのだ。
「健や、四月になったら学校は罷やめて、何処どこさか行ぐべぁがな?」
と、渠かれの母親‥‥背中の方が頭よりも高い程 腰の曲った、極ごく小柄な渠かれの母親は、時々心配相に恁こう言った。
「あゝ、行くさ。」と、其度そのたび 渠かれはこんな返事をしていた。
「何処どこさ?」
「東京。」
 東京へ行く! 行って奈何どうする? 渠かれは以前の経験で、多少は其その名を成していても、詩では到底生活されぬ事を知っていた。且かつは又、此この頃の健には些ちっとも作詩の興きょう【面白み】がなかった。
 小説を書こう、という希望は、大分長い間 健の胸にあった。初めて書いてみたのは、去年の夏、もう暑中休暇に間のない頃であった。『面影』というのがそれで、昼は学校に出ながら、四日続け様に徹夜して百四十何枚を書了かきおえると、渠かれはそれを東京の知人に送った。十二三日経って、原稿はそのまま帰って来た。また別の人に送って、また帰って来た。三度目に送る時は、四銭の送料はあったけれども、添えてやる手紙の郵税【郵便料金】が無かった。健は、何十通の古手紙を出してみて、漸々ようやく一枚、消印スタンプの逸はずれている郵券【切手】を見つけ出した。
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そしてそれを貼って送った。或ある雨の降る日であった。妻の敏子は、到頭とうとう金にならなかった原稿の、包紙の雨に濡れたのを持って、渠かれの居間にしている穢むさくるしい二階に上って来た。
「また帰って来たのか? アハヽヽヽ。」
と渠かれは笑った。そして、そのまま本箱の中に投げ込んで、二度と出して見ようともしなかった。
 何時いつの間にか、渠かれは自信というものを失っていた。然ただしそれは、渠かれ自身も、四周あたりの人も気が付かなかった。
 そして、前夜、短い手紙でも書く様に、何気なくスラスラと解職願を書きながらも、学校を罷やめて奈何どうするという決心はなかったのだ。
 健は、例いつもの様に亭乎すらりとした体を少し反身そりみに、確乎しっかりした歩調あしどりで歩いて、行き合う児女等こどもらの会釈に微笑みながらも、始終思慮かんがえ深い眼付をして、
「罷やめても食えぬし、罷やめなくても食えぬ……。」
と、その事許ばかり思っていた。
 家うちへ入ると、通し庭の壁側かべぎわに据えた 小形の竈かまどの前に 小さく蹲しゃがんで、干菜ほしなでも煮るらしく、鍋の下を焚いていた母親が、
「帰ったか。お腹なかが減ったったべぁな?」
と、強しいて作った様な笑顔を見せた。今が今まで我家の将来ゆくすえでも考えて、胸が塞つまっていたのであろう。
 縞目しまめも見えぬ洗晒あらいざらしの双子ふたこの筒袖つつそで【腕にぴったりした細い袖】の、袖口の擦切すりきれたのを着ていて、白髪交りの頭に冠かぶった浅黄の手拭てぬぐいの上には、白く灰がかゝっていた。
「然そうでもない。」
と言って、渠かれは足駄あいだを脱いだ。上框あがりがまちには妻の敏子が、垢着いた木綿物の上に女児こどもを負おぶって、顔にかゝる ほつれ毛を気にしながら、ランプの火屋ほや【透明なガラス部分】を研みがいていた。
「今夜は客があるぞ、屹度きつと。」
「誰方どなた?」
 それには答えないで、
「あゝ、今日は急いそがしかった。」
と言いながら、健は勢いよくドン/\梯子はしごを上って行った。
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(その一、終)

(予が今までに書いたものは、自分でも忘れたい、人にも忘れて貰いたい、そして、予は今、予にとっての新らしい覚悟を以て この長編を書き出してみた。他日になったら、また、この作をも忘れたく、忘れて貰いたくなる時があるかも知れぬ。‥‥啄木)
(「スバル」明治四十二年二月号)




底本:「石川啄木全集 第三巻 小説」筑摩書房
   1978(昭和53)年10月25日初版第1刷発行
   1993(平成5年)年5月20日初版第7刷発行
底本の親本:「スバル 第二号」
   1909(明治42)年2月1日発行
初出:「スバル 第二号」
   1909(明治42)年2月1日発行
入力:Nana ohbe
校正:川山隆
2008年10月18日作成
2012年9月17日修正
青空文庫作成ファイル:
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