よだか【
夜鷹】は、実にみにくい鳥です。
顔は、ところどころ、
味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。
足は、まるでよぼよぼで、
一間【約1.8m】とも歩けません。
ほかの鳥は、もう、
よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという
工合でした。
たとえば、
ひばりも、あまり美しい鳥ではありませんが、
よだかよりは、ずっと上だと思っていましたので、夕方など、
よだかにあうと、さもさも いやそうに、しんねりと【力なく】目をつぶりながら、首をそっ
方へ向けるのでした。もっとちいさな おしゃべりの鳥などは、いつでも
よだかの まっこうから【真正面から】悪口をしました。
「ヘン。
又出て来たね。まあ、あのざまをごらん。ほんとうに、鳥の仲間の つらよごしだよ。」
「ね、まあ、あのくちのおおきいことさ。きっと、かえるの親類か何かなんだよ。」
こんな調子です。おお、
よだかでない ただの たかならば、こんな
生はんかの ちいさい鳥は、もう名前を聞いただけでも、ぶるぶるふるえて、顔色を変えて、からだをちぢめて、木の葉のかげにでも かくれたでしょう。ところが
夜だかは、ほんとうは
鷹の兄弟でも親類でもありませんでした。かえって、
よだかは、あの美しい
かわせみや、鳥の中の宝石のような
蜂すずめの兄さんでした。蜂すずめは花の
蜜をたべ、かわせみはお魚を食べ、
夜だかは羽虫をとってたべるのでした。それに
よだかには、するどい
爪も するどいくちばしも ありませんでしたから、どんなに弱い鳥でも、
よだかをこわがる
筈はなかったのです。
1/8
それなら、たかという名のついたことは不思議なようですが、これは、一つは
よだかのはねが
無暗に強くて、風を切って
翔けるときなどは、まるで鷹のように見えたことと、も一つは なきごえがするどくて、やはりどこか鷹に似ていた
為です。もちろん、
鷹は、これをひじょうに気にかけて、いやがっていました。それですから、
よだかの顔さえ見ると、
肩をいからせて、早く名前をあらためろ、名前をあらためろと、いうのでした。
ある夕方、とうとう、
鷹が
よだかのうちへやって参りました。
「おい。居るかい。まだお前は名前をかえないのか。ずいぶんお前も
恥知らずだな。お前とおれでは、よっぽど人格がちがうんだよ。たとえばおれは、青いそらをどこまででも飛んで行く。おまえは、
曇ってうすぐらい日か、夜でなくちゃ、出て来ない。それから、おれのくちばしや つめを見ろ。そして、よくお前のとくらべて見るがいい。」
「
鷹さん。それはあんまり無理です。私の名前は私が勝手につけたのではありません。神さまから下さったのです。」
「いいや。おれの名なら、神さまから
貰ったのだと言ってもよかろうが、お前のは、言わば、おれと夜と、両方から借りてあるんだ。さあ返せ。」
「
鷹さん。それは無理です。」
「無理じゃない。おれがいい名を教えてやろう。
市蔵というんだ。
市蔵とな。いい名だろう。そこで、名前を変えるには、改名の
披露というものをしないといけない。いいか。それはな、首へ
市蔵と書いたふだをぶらさげて、私は以来
市蔵と申しますと、
口上を言って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。」
「そんなことはとても出来ません。」
「いいや。出来る。そうしろ。もしあさっての朝までに、お前がそうしなかったら、もうすぐ、つかみ殺すぞ。つかみ殺してしまうから、そう思え。おれはあさっての朝早く、鳥のうちを一
軒ずつまわって、お前が来たかどうかを聞いてあるく。
2/8
一軒でも来なかったという家があったら、もう貴様もその時がおしまいだぞ。」
「だってそれはあんまり無理じゃありませんか。そんなことをする位なら、私はもう死んだ方がましです。今すぐ殺して下さい。」
「まあ、よく、あとで考えてごらん。
市蔵なんてそんなにわるい名じゃないよ。」
鷹は大きなはねを
一杯にひろげて、自分の
巣の方へ飛んで帰って行きました。
よだかは、じっと目をつぶって考えました。
(一たい
僕は、なぜこう みんなにいやがられるのだろう。僕の顔は、味噌をつけたようで、口は
裂けてるからなあ。それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたことがない。赤ん
坊の
めじろが巣から落ちていたときは、助けて巣へ連れて行ってやった。そしたら
めじろは、赤ん坊をまるで ぬす人からでもとりかえすように僕から ひきはなしたんだなあ。それからひどく僕を笑ったっけ。それにああ、今度は
市蔵だなんて、首へふだをかけるなんて、つらいはなしだなあ。)
あたりは、もう うすくらくなっていました。
夜だかは巣から飛び出しました。雲が意地悪く光って、低くたれています。
夜だかはまるで雲とすれすれになって、音なく空を飛びまわりました。
それから にわかに
よだかは口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、まるで矢のようにそらをよこぎりました。小さな羽虫が
幾匹も幾匹もその
咽喉にはいりました。
からだが つちに つくかつかないうちに、
よだかはひらりと またそらへはねあがりました。もう雲は
鼠色になり、向うの山には山焼けの火がまっ赤です。
夜だかが思い切って飛ぶときは、そらがまるで二つに切れたように思われます。一
疋の
甲虫が、
夜だかの
咽喉にはいって、ひどくもがきました。
よだかはすぐそれを
呑みこみましたが、その時何だか せなかが ぞっとしたように思いました。
3/8
雲はもう まっくろく、東の方だけ山やけの火が赤くうつって、
恐ろしいようです。
よだかは むねがつかえたように思いながら、又そらへのぼりました。
また一疋の
甲虫が、
夜だかののどに、はいりました。そしてまるで
よだかの
咽喉をひっかいて ばたばたしました。
よだかはそれを無理にのみこんでしまいましたが、その時、急に胸がどきっとして、
夜だかは大声をあげて泣き出しました。泣きながら ぐるぐるぐるぐる 空をめぐったのです。
(ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは
鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで
餓えて死のう。いやその前にもう
鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。)
山焼けの火は、だんだん水のように流れてひろがり、雲も赤く燃えているようです。
よだかはまっすぐに、弟の
川せみの所へ飛んで行きました。きれいな
川せみも、丁度起きて遠くの山火事を見ていた所でした。そして
よだかの降りて来たのを見て言いました。
「兄さん。今晩は。何か急のご用ですか。」
「いいや、僕は今度遠い所へ行くからね、その前
一寸お前に
遭いに来たよ。」
「兄さん。行っちゃいけませんよ。
蜂雀もあんな遠くにいるんですし、僕ひとりぼっちになってしまうじゃありませんか。」
「それはね。どうも仕方ないのだ。もう今日は何も言わないで
呉れ。そしてお前もね、どうしても とらなければならない時のほかは いたずらにお魚を取ったりしないようにして呉れ。ね、さよなら。」
「兄さん。どうしたんです。まあもう一寸お待ちなさい。」
「いや、いつまで居てもおんなじだ。
はちすずめへ、あとでよろしく言ってやって呉れ。さよなら。もうあわないよ。さよなら。」
4/8
よだかは泣きながら自分のお
家へ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけかかっていました。
羊歯の葉は、よあけの
霧を吸って、青くつめたくゆれました。
よだかは高く きしきしきし と鳴きました。そして巣の中をきちんと かたづけ、きれいに からだ中のはねや毛をそろえて、また巣から飛び出しました。
霧がはれて、お日さまが丁度東からのぼりました。
夜だかは ぐらぐら するほどまぶしいのをこらえて、矢のように、そっちへ飛んで行きました。
「お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。
灼けて死んでもかまいません。私のような みにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。」
行っても行っても、お日さまは近くなりませんでした。かえって だんだん小さく遠くなりながらお日さまが言いました。
「お前は
よだかだな。なるほど、ずいぶんつらかろう。今夜そらを飛んで、星にそうたのんでごらん。お前はひるの鳥ではないのだからな。」
夜だかはおじぎを一つしたと思いましたが、急にぐらぐらして とうとう野原の草の上に落ちてしまいました。そしてまるで
夢を見ているようでした。からだが ずうっと赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又
鷹が来てからだをつかんだりしたようでした。
つめたいものが にわかに顔に落ちました。
よだかは
眼をひらきました。一本の若いすすきの葉から
露がしたたったのでした。もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星が またたいていました。
よだかはそらへ飛びあがりました。今夜も山やけの火はまっかです。
よだかはその火のかすかな照りと、つめたい ほしあかりの中をとびめぐりました。それからもう一ぺん飛びめぐりました。
5/8
そして思い切って西のそらのあの美しい
オリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら
叫びました。
「お星さん。西の青じろいお星さん。どうか私をあなたのところへ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。」
オリオンは勇ましい歌をつづけながら
よだかなどは てんで相手にしませんでした。
よだかは泣きそうになって、よろよろと落ちて、それから やっと ふみとまって、もう一ぺんとびめぐりました。それから、南の
大犬座の方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「お星さん。南の青いお星さん。どうか私をあなたの所へつれてって下さい。やけて死んでもかまいません。」
大犬は青や
紫や 黄や うつくしくせわしく またたきながら言いました。
「馬鹿を言うな。おまえなんか一体どんなものだい。たかが鳥じゃないか。おまえのはねで ここまで来るには、億年兆年億兆年だ。」そしてまた別の方を向きました。
よだかはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又 二へん飛びめぐりました。それから又思い切って北の
大熊星の方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「北の青いお星さま、あなたの所へどうか私を連れてって下さい。」
大熊星はしずかに言いました。
「余計なことを考えるものではない。少し頭をひやして来なさい。そう言うときは、氷山の
浮いている海の中へ飛び
込むか、近くに海がなかったら、氷をうかべたコップの水の中へ飛び込むのが一等だ。」
よだかはがっかりして、よろよろ落ちて、それから又、四へんそらをめぐりました。そしてもう一度、東から今のぼった
天の
川の向う岸の
鷲の星に叫びました。
「東の白いお星さま、どうか私をあなたの所へ連れてって下さい。やけて死んでもかまいません。」
鷲は
大風に言いました。
「いいや、とてもとても、話にも何にもならん。星になるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。
6/8
又よほど金もいるのだ。」
よだかはもうすっかり力を落してしまって、はねを閉じて、地に落ちて行きました。そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、
よだかは
俄かに のろしのように そらへとびあがりました。そらのなかほどへ来て、
よだかはまるで鷲が熊を
襲うときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。
それからキシキシ キシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。野原や林にねむっていた ほかのとりは、みんな目をさまして、ぶるぶるふるえながら、いぶかしそうに ほしぞらを見あげました。
夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火は たばこの
吸殻のくらいにしか見えません。
よだかは のぼってのぼって 行きました。
寒さに いきは むねに白く
凍りました。空気がうすくなった為に、はねを それはそれは せわしく うごかさなければ なりませんでした。
それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。つくいきは
ふいごのようです。寒さや
霜がまるで剣のように
よだかを
刺しました。
よだかは はねがすっかり しびれてしまいました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。そうです。これが
よだかの最後でした。もう
よだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただ こころもちは やすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって
居りました。
それからしばらくたって
よだかは はっきり まなこをひらきました。そして自分のからだがいま
燐の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。
すぐとなりは、
カシオピア座でした。天の川の青じろい ひかりが、すぐ うしろになっていました。
7/8
そして
よだかの星は燃えつづけました。いつまでも いつまでも 燃えつづけました。
今でもまだ燃えています。
底本:「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社
1989(平成元)年6月15日第1刷発行
1991(平成3)年3月10日4刷
底本の親本:「新修宮沢賢治全集 第八巻」筑摩書房
1979(昭和54)年5月
入力:佐々木美香
校正:野口英司
1998年8月20日公開
2025年2月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
----- (以下、
シン文庫 追記) -----
関係者の皆様、大変ありがとうございました。感謝致します。
8/8