赤いろうそくと人魚
小川未明1882年(明治15年) - 1961年(昭和36年)


     一

 人魚にんぎょは、南みなみの方ほうの海うみにばかり棲すんでいるのではありません。北きたの海うみにも棲すんでいたのであります。
 北方ほっぽうの海うみの色いろは、青あおうございました。あるとき、岩いわの上うえに、女おんなの人魚にんぎょがあがって、あたりの景色けしきをながめながら休やすんでいました。
 雲間くもまからもれた月つきの光ひかりがさびしく、波なみの上うえを照てらしていました。どちらを見みても限かぎりない、ものすごい波なみが、うねうねと動うごいているのであります。
 なんという、さびしい景色けしきだろうと、人魚にんぎょは思おもいました。自分じぶんたちは、人間にんげんとあまり姿すがたは変かわっていない。魚さかなや、また底深そこぶかい海うみの中なかに棲すんでいる、気きの荒あらい、いろいろな獣物けものなどと くらべたら、どれほど人間にんげんのほうに、心こころも姿すがたも似にているかしれない。それだのに、自分じぶんたちは、やはり魚さかなや、獣物けものなどといっしょに、冷つめたい、暗くらい、気きの滅入めいりそうな海うみの中なかに暮くらさなければ ならないというのは、どうしたことだろうと思おもいました。
 長ながい年月としつきの間あいだ、話はなしをする相手あいてもなく、いつも明あかるい海うみの面おもてをあこがれて、暮くらしてきたことを思おもいますと、人魚にんぎょは たまらなかったのであります。そして、月つきの明あかるく照てらす晩ばんに、海うみの面おもてに浮うかんで、岩いわの上うえに休やすんで、いろいろな空想くうそうにふけるのが常つねでありました。
「人間にんげんの住すんでいる町まちは、美うつくしいということだ。人間にんげんは、魚さかなよりも、また獣物けものよりも、人情にんじょうがあってやさしいと聞きいている。私わたしたちは、魚さかなや獣物けものの中なかに住すんでいるが、もっと人間にんげんのほうに近ちかいのだから、人間にんげんの中なかに入はいって暮くらされないことは ないだろう。」と、人魚にんぎょは考かんがえました。
 その人魚にんぎょは女おんなでありました。そして妊娠みもちでありました。……私わたしたちは、もう長ながい間あいだ、このさびしい、話はなしをするものもない、北きたの青あおい海うみの中なかで暮くらしてきたのだから、もはや、明あかるい、にぎやかな国くには望のぞまないけれど、これから産うまれる子供こどもに、せめても、こんな悲かなしい、頼たよりない思おもいをさせたくないものだ。……
 子供こどもから別わかれて、独ひとり、さびしく海うみの中なかに暮くらすということは、このうえもない悲かなしいことだけれど、子供こどもがどこにいても、しあわせに暮くらしてくれたなら、私わたしの喜よろこびは、それにましたことはない。
 人間にんげんは、この世界せかいの中うちで、いちばんやさしいものだと聞きいている。
1/9
そして、かわいそうなものや、頼たよりないものは、けっしていじめたり、苦くるしめたりすることはないと聞きいている。いったん手てづけたなら、けっして、それを捨すてないとも聞きいている。幸さいわい、私わたしたちは、みんなよく顔かおが人間にんげんに似にているばかりでなく、胴どうから上うえは人間にんげんそのままなのであるから‥‥魚さかなや獣物けものの世界せかいでさえ、暮くらされるところを思おもえば‥‥人間にんげんの世界せかいで暮くらされないことはない。一度ど、人間にんげんが手てに取とり上あげて育そだててくれたら、きっと無慈悲むじひに捨すてることもあるまいと思おもわれる。……
 人魚にんぎよは、そう思おもったのでありました。
 せめて、自分じぶんの子供こどもだけは、にぎやかな、明あかるい、美うつくしい町まちで育そだてて大おおきくしたいという情なさけから、女おんなの人魚にんぎょは、子供こどもを陸りくの上うえに産うみ落おとそうとしたのであります。そうすれば、自分じぶんは、ふたたび我わが子この顔かおを見みることはできぬかもしれないが、子供こどもは人間にんげんの仲間入なかまいりをして、幸福こうふくに生活せいかつをすることができるであろうと思おもったのです。
 はるか、かなたには、海岸かいがんの小高こだかい山やまにある、神社じんじゃの灯火あかりがちらちらと波間なみまに見みえていました。ある夜よ、女おんなの人魚にんぎょは、子供こどもを産うみ落おとすために、冷つめたい、暗くらい波なみの間あいだを泳およいで、陸りくの方ほうに向むかって近ちかづいてきました。


     二

 海岸かいがんに、小ちいさな町まちがありました。町まちには、いろいろな店みせがありましたが、お宮みやのある山やまの下したに、貧まずしげな ろうそくをあきなっている店みせがありました。
 その家いえには、年としよりの夫婦ふうふが住すんでいました。おじいさんが ろうそくを造つくって、おばあさんが店みせで売うっていたのであります。この町まちの人ひとや、また付近ふきんの漁師りょうしがお宮みやへおまいりをするときに、この店みせに立たち寄よって、ろうそくを買かって山やまへ上のぼりました。
 山やまの上うえには、松まつの木きが生はえていました。その中なかにお宮みやがありました。海うみの方ほうから吹ふいてくる風かぜが、松まつのこずえに当あたって、昼ひるも、夜よるも、ゴーゴーと鳴なっています。そして、毎晩まいばんのように、そのお宮みやにあがったろうそくの火影ほかげが、ちらちらと揺ゆらめいているのが、遠とおい海うみの上うえから望のぞまれたのであります。
 ある夜よのことでありました。おばあさんは、おじいさんに向むかって、
「私わたしたちが、こうして暮くらしているのも、みんな神かみさまのお蔭かげだ。この山やまにお宮みやがなかったら、ろうそくは売うれない。
2/9
私わたしどもは、ありがたいと思おもわなければなりません。そう思おもったついでに、私わたしは、これからお山やまへ上のぼっておまいりをしてきましょう。」といいました。
「ほんとうに、おまえのいうとおりだ。私わたしも毎日まいにち、神かみさまをありがたいと心こころではお礼れいを申もうさない日ひはないが、つい用事ようじにかまけて、たびたびお山やまへおまいりにゆきもしない。いいところへ気きがつきなされた。私わたしの分ぶんもよくお礼れいを申もうしてきておくれ。」と、おじいさんは答こたえました。
 おばあさんは、とぼとぼと家いえを出でかけました。月つきのいい晩ばんで、昼間ひるまのように外そとは明あかるかったのであります。お宮みやへおまいりをして、おばあさんは山やまを降おりてきますと、石段いしだんの下したに、赤あかん坊ぼうが泣ないていました。
「かわいそうに、捨すて子ごだが、だれがこんなところに捨すてたのだろう。それにしても不思議ふしぎなことは、おまいりの帰かえりに、私わたしの目めに止とまるというのは、なにかの縁えんだろう。このままに見捨みすてていっては、神かみさまの罰ばちが当あたる。きっと神かみさまが、私わたしたち夫婦ふうふに子供こどものないのを知しって、お授さずけになったのだから、帰かえっておじいさんと相談そうだんをして育そだてましょう。」と、おばあさんは心こころの中うちでいって、赤あかん坊ぼうを取とり上あげながら、
「おお、かわいそうに、かわいそうに。」といって、家うちへ抱だいて帰かえりました。
 おじいさんは、おばあさんの帰かえるのを待まっていますと、おばあさんが、赤あかん坊ぼうを抱だいて帰かえってきました。そして、一部ぶ始終しじゅうをおばあさんは、おじいさんに話はなしますと、
「それは、まさしく神かみさまのお授さずけ子ごだから、大事だいじにして育そだてなければ罰ばちが当あたる。」と、おじいさんも申もうしました。
 二人ふたりは、その赤あかん坊ぼうを育そだてることにしました。その子こは女おんなの子こであったのです。そして胴どうから下したのほうは、人間にんげんの姿すがたでなく、魚さかなの形かたちをしていましたので、おじいさんも、おばあさんも、話はなしに聞きいている人魚にちがいないと思おもいました。
「これは、人間にんげんの子こじゃあないが……。」
3/9
と、おじいさんは、赤あかん坊ぼうを見みて頭あたまを傾かたむけました。
「私わたしも、そう思おもいます。しかし人間にんげんの子こでなくても、なんと、やさしい、かわいらしい顔かおの女おんなの子こでありませんか。」と、おばあさんはいいました。
「いいとも、なんでもかまわない。神かみさまのお授さずけなさった子供こどもだから、大事だいじにして育そだてよう。きっと大おおきくなったら、りこうな、いい子こになるにちがいない。」と、おじいさんも申もうしました。
 その日ひから、二人ふたりは、その女おんなの子こを大事だいじに育そだてました。大おおきくなるにつれて、黒目勝くろめがちで、美うつくしい頭髪かみのけの、肌はだの色いろのうす紅くれないをした、おとなしい りこうな子ことなりました。


     三

 娘むすめは、大おおきくなりましたけれど、姿すがたが変かわっているので、恥はずかしがって顔かおを外そとへ出だしませんでした。けれど、一目ひとめその娘むすめを見みた人ひとは、みんなびっくりするような美うつくしい器量きりょうでありましたから、中なかにはどうかしてその娘むすめを見みたいと思おもって、ろうそくを買かいにきたものもありました。
 おじいさんや、おばあさんは、
「うちの娘むすめは、内気うちきで恥はずかしがりやだから、人ひとさまの前まえには出でないのです。」といっていました。
 奥おくの間までおじいさんは、せっせとろうそくを造つくっていました。娘むすめは、自分じぶんの思おもいつきで、きれいな絵えを描かいたら、みんなが喜よろこんで、ろうそくを買かうだろうと思おもいましたから、そのことをおじいさんに話はなしますと、そんならおまえの好すきな絵えを、ためしにかいてみるがいいと答こたえました。
 娘むすめは、赤あかい絵えの具ぐで、白しろいろうそくに、魚さかなや、貝かいや、または海草かいそうのようなものを、産うまれつきで、だれにも習ならったのではないが上手じょうずに描えがきました。おじいさんは、それを見みるとびっくりいたしました。だれでも、その絵えを見みると、ろうそくがほしくなるように、その絵えには、不思議ふしぎな力ちからと、美うつくしさとが こもっていたのであります。
「うまいはずだ。人間にんげんではない、人魚にんぎょが描かいたのだもの。」と、おじいさんは感嘆かんたんして、おばあさんと話はなし合あいました。
4/9
「絵えを描かいたろうそくをおくれ。」といって、朝あさから晩ばんまで、子供こどもや、大人おとながこの店頭みせさきへ買かいにきました。はたして、絵えを描かいたろうそくは、みんなに受うけたのであります。
 すると、ここに不思議ふしぎな話はなしがありました。この絵えを描かいたろうそくを山やまの上うえのお宮みやにあげて、その燃もえさしを身みにつけて、海うみに出でると、どんな大暴風雨だいぼうふううの日ひでも、けっして、船ふねが転覆てんぷくしたり、おぼれて死しぬような災難さいなんがないということが、いつからともなく、みんなの口々くちぐちに、うわさとなって上のぼりました。
「海うみの神かみさまを祭まつったお宮みやさまだもの、きれいなろうそくをあげれば、神かみさまもお喜よろこびなさるのにきまっている。」と、その町まちの人々ひとびとはいいました。
 ろうそく屋やでは、ろうそくが売うれるので、おじいさんはいっしょうけんめいに朝あさから晩ばんまで、ろうそくを造つくりますと、そばで娘むすめは、手ての痛いたくなるのも我慢がまんして、赤あかい絵えの具ぐで絵えを描かいたのであります。「こんな、人間並にんげんなみでない自分じぶんをも、よく育そだてて、かわいがってくだすったご恩おんを忘わすれてはならない。」と、娘むすめは、老夫婦ろうふうふのやさしい心こころに感かんじて、大おおきな黒くろい瞳ひとみを うるませたこともあります。
 この話はなしは遠とおくの村むらまで響ひびきました。遠方えんぽうの船乗ふなのりや、また漁師りょうしは、神かみさまにあがった、絵えを描かいたろうそくの燃もえさしを 手てに入いれたいものだというので、わざわざ遠とおいところをやってきました。そして、ろうそくを買かって山やまに登のぼり、お宮みやに参詣さんけいして、ろうそくに火ひをつけてささげ、その燃もえて短みじかくなるのを待まって、またそれをいただいて帰かえりました。だから、夜よるとなく、昼ひるとなく、山やまの上うえのお宮みやには、ろうそくの火ひの絶たえたことはありません。殊ことに、夜よるは美うつくしく、灯火ともしびの光ひかりが海うみの上うえからも望のぞまれたのであります。
「ほんとうに、ありがたい神かみさまだ。」という評判ひょうばんは、世間せけんにたちました。それで、急きゅうにこの山やまが名高なだかくなりました。
 神かみさまの評判ひょうばんは、このように高たかくなりましたけれど、だれも、ろうそくに一心しんをこめて絵えを描かいている娘むすめのことを、思おもうものはなかったのです。したがって、その娘むすめをかわいそうに思おもった人ひとはなかったのであります。娘むすめは、疲つかれて、おりおりは、月つきのいい夜よるに、窓まどから頭あたまを出だして、遠とおい、北きたの青あおい、青あおい、海うみを恋こいしがって、涙なみだぐんで ながめていることもありました。


     四

 あるとき、南みなみの方ほうの国くにから、香具師やし【露店商人】が入はいってきました。
5/9
なにか北きたの国くにへいって、珍めずらしいものを探さがして、それをば南みなみの国くにへ持もっていって、金かねを もうけよう というのであります。
 香具師やしは、どこから聞きき込こんできたものか、または、いつ娘むすめの姿すがたを見みて、ほんとうの人間にんげんではない、じつに世よに珍めずらしい人魚であることを見抜みぬいたものか、ある日ひのこと、こっそりと年寄としより夫婦ふうふのところへやってきて、娘むすめにはわからないように、大金たいきんを出だすから、その人魚を売うってはくれないかと申もうしたのであります。
 年寄としより夫婦ふうふは、最初さいしょのうちは、この娘むすめは、神かみさまがお授さずけになったのだから、どうして売うることができよう。そんなことをしたら、罰ばちが当あたるといって承知しょうちをしませんでした。香具師やしは一度ど、二度ど断ことわられてもこりずに、またやってきました。そして、年としより夫婦ふうふに向むかって、
「昔むかしから、人魚は、不吉ふきつなものとしてある。いまのうちに、手てもとから離はなさないと、きっと悪わるいことがある。」と、まことしやかに申もうしたのであります。
 年としより夫婦ふうふは、ついに香具師やしのいうことを信しんじてしまいました。それに大金たいきんになりますので、つい金かねに心こころを奪うばわれて、娘むすめを香具師やしに売うることに 約束やくそくを きめてしまったのであります。
 香具師やしは、たいそう喜よろこんで帰かえりました。いずれそのうちに、娘むすめを受うけ取とりにくるといいました。
 この話はなしを娘むすめが知しったときは、どんなに驚おどろいたでありましょう。内気うちきな、やさしい娘むすめは、この家いえから離はなれて、幾いく百里りも遠とおい、知しらない、熱あつい南みなみの国くにへゆくことをおそれました。そして、泣ないて、年としより夫婦ふうふに願ねがったのであります。「わたしは、どんなにでも働はたらきますから、どうぞ知しらない南みなみの国くにへ売うられてゆくことは、許ゆるしてくださいまし。」といいました。
 しかし、もはや、鬼おにのような心持こころもちになってしまった年寄としより夫婦ふうふは、なんといっても、娘むすめのいうことを聞きき入いれませんでした。
 娘むすめは、へやのうちに閉とじこもって、いっしんにろうそくの絵えを描かいていました。しかし、年寄としより夫婦ふうふはそれを見みても、いじらしいとも、哀あわれとも、思おもわなかったのであります。
 月つきの明あかるい晩ばんのことであります。
6/9
娘むすめは、独ひとり波なみの音おとを聞ききながら、身みの行ゆく末すえを思おもうて悲かなしんでいました。波なみの音おとを聞きいていると、なんとなく、遠とおくの方ほうで、自分じぶんを呼よんでいるものが あるような気きがしましたので、窓まどから、外そとをのぞいてみました。けれど、ただ青あおい、青あおい海うみの上うえに月つきの光ひかりが、はてしなく、照てらしているばかりでありました。
 娘むすめは、また、すわって、ろうそくに絵えを描かいていました。すると、このとき、表おもての方ほうが騒さわがしかったのです。いつかの香具師やしが、いよいよこの夜よ娘むすめを連つれにきたのです。大おおきな、鉄格子てつごうしのはまった、四角かくな箱はこを車くるまに乗のせてきました。その箱はこの中なかには、かつて、とらや、ししや、ひょうなどを入いれたことがあるのです。
 このやさしい人魚も、やはり海うみの中なかの獣物けものだというので、とらや、ししと同おなじように取とり扱あつかおうとしたのであります。ほどなく、この箱はこを娘むすめが見みたら、どんなに たまげたでありましょう。
 娘むすめは、それとも知しらずに、下したを向むいて、絵えを描かいていました。そこへ、おじいさんと、おばあさんとが入はいってきて、
「さあ、おまえはゆくのだ。」といって、連つれだそうとしました。
 娘むすめは、手てに持もっていたろうそくに、せきたてられるので絵えを描かくことができずに、それをみんな赤あかく塗ぬってしまいました。
 娘むすめは、赤あかいろうそくを、自分じぶんの悲かなしい思おもい出での記念きねんに、二、三本ぼん残のこしていったのであります。


     五

 ほんとうに穏おだやかな晩ばんのことです。おじいさんとおばあさんは、戸とを閉しめて、寝ねてしまいました。
 真夜中まよなかごろでありました。トン、トン、と、だれか戸とをたたくものがありました。年寄としよりのものですから耳みみさとく、その音おとを聞ききつけて、だれだろうと思おもいました。
「どなた?」と、おばあさんはいいました。
 けれどもそれには答こたえがなく、つづけて、トン、トン、と戸とをたたきました。
 おばあさんは起おきてきて、戸とを細ほそめにあけて外そとをのぞきました。すると、一人ひとりの色いろの白しろい女おんなが戸口とぐちに立たっていました。
 女おんなはろうそくを買かいにきたのです。おばあさんは、すこしでもお金かねがもうかることなら、けっして、いやな顔かおつきをしませんでした。
 おばあさんは、ろうそくの箱はこを取とり出だして女おんなに見みせました。
7/9
そのとき、おばあさんはびっくりしました。女おんなの長ながい、黒くろい頭髪かみのけがびっしょりと水みずにぬれて、月つきの光ひかりに輝かがやいていたからであります。女おんなは箱はこの中なかから、真まっ赤かなろうそくを取とり上あげました。そして、じっとそれに見入みいっていましたが、やがて金かねを払はらって、その赤あかいろうそくを持もって帰かえってゆきました。
 おばあさんは、灯火ともしびのところで、よくその金かねをしらべてみると、それはお金かねではなくて、貝かいがらでありました。おばあさんは、だまされたと思おもって、怒おこって、家うちから飛とび出だしてみましたが、もはや、その女おんなの影かげは、どちらにも見みえなかったのであります。
 その夜よのことであります。急きゅうに空そらの模様もようが変かわって、近ちかごろにない大暴風雨おおあらしとなりました。ちょうど香具師やしが、娘むすめをおりの中なかに入いれて、船ふねに乗のせて、南みなみの方ほうの国くにへゆく途中とちゅうで、沖おきにあったころであります。
「この大暴風雨おおあらしでは、とても、あの船ふねは助たすかるまい。」と、おじいさんと、おばあさんは、ぶるぶると震ふるえながら、話はなしをしていました。
 夜よが明あけると、沖おきは真まっ暗くらで、ものすごい景色けしきでありました。その夜よ、難船なんせんをした船ふねは、数かぞえきれないほどであります。
 不思議ふしぎなことには、その後のち、赤あかいろうそくが、山やまのお宮みやに点ともった晩ばんは、いままで、どんなに天気てんきがよくても、たちまち大おおあらしとなりました。それから、赤あかいろうそくは、不吉ふきつということになりました。ろうそく屋やの年としより夫婦ふうふは、神かみさまの罰ばちが当あたったのだといって、それぎり、ろうそく屋やをやめてしまいました。
 しかし、どこからともなく、だれが、お宮みやに上あげるものか、たびたび、赤あかいろうそくがともりました。昔むかしは、このお宮みやにあがった絵えの描かいた ろうそくの燃もえさしさえ持もっていれば、けっして、海うみの上うえでは災難さいなんにはかからなかったものが、今度こんどは、赤あかいろうそくを見みただけでも、そのものはきっと災難さいなんにかかって、海うみにおぼれて死しんだのであります。
 たちまち、このうわさが世間せけんに伝つたわると、もはや、だれも、この山やまの上うえのお宮みやに参詣さんけいするものがなくなりました。
8/9
こうして、昔むかし、あらたか【効き目が著しい】であった神かみさまは、いまは、町まちの鬼門きもんとなってしまいました。そして、こんなお宮みやが、この町まちになければいいものと、うらまぬものは なかったのであります。
 船乗ふなのりは、沖おきから、お宮みやのある山やまをながめておそれました。夜よるになると、この海うみの上うえは、なんとなく ものすごう ございました。はてしもなく、どちらを見みまわしても、高たかい波なみがうねうねとうねっています。そして、岩いわに砕くだけては、白しろいあわが立たち上あがっています。月つきが、雲間くもまからもれて波なみの面おもてを照てらしたときは、まことに気味悪きみわるうございました。
 真まっ暗くらな、星ほしもみえない、雨あめの降ふる晩ばんに、波なみの上うえから、赤あかいろうそくの灯ひが、漂ただよって、だんだん高たかく登のぼって、いつしか山やまの上うえのお宮みやをさして、ちらちらと動うごいてゆくのを見みたものがあります。
 幾年いくねんもたたずして、そのふもとの町まちはほろびて、滅なくなってしまいました。




底本:「定本小川未明童話全集 1」講談社
   1976(昭和51)年11月10日第1刷
   1977(昭和52)年C第3刷
初出:「東京朝日新聞」
   1921(大正10)年2月16日~20日
※表題は底本では、「赤(あか)いろうそくと人魚(にんぎょ)」となっています。
※初出時の表題は「赤い蝋燭と人魚」です。
入力:門田裕志
校正:仙酔えびす
2011年12月31日作成
2012年4月14日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
9/9