すし
岡本かの子


 東京の下町と 山の手の境い目といったような、ひどく坂やがけの多い街がある。
 表通りの繁華から折れ曲って来たものには、別天地の感じを与える。
 つまり 表通りや 新道路の繁華な刺激しげきに疲れた人々が、時々、刺激をずして気分を転換する為めにまぎれ込むような ちょっとした街筋――
 福ずしの店のあるところは、この町でも一ばん低まったところで、二階建の銅張りの店構えは、三四年前 表だけを造作したもので、裏の方は 崖に支えられている柱の足を根つぎして 古い住宅のままを使っている。
 古くからある普通の鮨屋すしやだが、商売不振で、先代の持主は 看板ごと家作【建物・店舗】をともよの両親に譲って、店もだんだん行き立って来た【繁盛してきた】。
 新らしい福ずしの主人は、もともと 東京で屈指の鮨店で 腕を仕込んだ職人だけに、周囲の状況を察して、鮨の品質を上げて行くに造作もなかった。前にはほとんど出まえだったが、新らしい主人になってからは、鮨盤【作業台】の前や土間に腰かける客が多くなったので、始めは、主人夫婦と女の子のともよ三人きりの暮しであったが、やがて職人を入れ、子供と女中を使わないでは 間に合わなくなった。
 店へ来る客は十人十いろだが、全体については共通するものがあった。
 後からも前からも ぎりぎりに生活の現実に詰め寄られている、その間をぽっと外ずして気分を転換したい。
 一つ一つ我ままがきいて、ちんまりした贅沢ぜいたくができて、そして、ここへ来ている間は、くだらなくばかになれる。好みの程度に自分から裸になれたり、仮装したり出来る。たとえ、そこで、どんな安ちょくなことを しても 言っても、誰も軽蔑するものがない。
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お互いに 現実から隠れんぼうをしているような者同志の 一種の親しさ、そして、かばい合うような ねんごろな【人情のある】眼ざしで 鮨をつまむ手つきや 茶をむ様子を 視合みあったりする。かとおもうと またそれは人間というより 木石の如く、はたの神経とはまったく無交渉な様子で 黙々といくつかの鮨をつまんで、さっさと帰って行く客もある。
 鮨というものの生む 甲斐々々かいがいしい【よく働き、気が利いて】まめやかな【世話が行き届く】雰囲気、そこへ人がいくらふけり込んでも【夢中になっても】、みだれる【騒がしくなったりする】ようなことはない。万事が手軽く こだわりなく 行き過ぎて仕舞う。
 福ずしへ来る客の常連は、元狩猟しゅりょう銃器店の主人、デパート外客回り係長、歯科医師、畳屋のせがれ、電話のブローカー、石膏せっこう模型の技術家、児童用品の売込人、うさぎ肉販売の勧誘員、証券商会をやったことのあった隠居――このほかに この町の近くの何処どこかにんでいるに違いない 劇場関係の芸人で、劇場がひまな時は、何か内職をするらしく、脂づいたような【光沢がある】絹もの【絹でできた着物】を ぞろり【ゆったり】と着て、青白い手で鮨を器用につまんで食べて行く男もある。
 常連で、この界隈かいわいに住んでいる暇のある連中は 散髪のついでに寄って行くし、遠くからこの附近へ用足しのあるものは、その用の前後に寄る。季節によって違うが、日が長くなると 午後の四時頃から灯がつく頃が 一ばん落合って立て込んだ。
 めいめい、好み好みの場所に席を取って、鮨種子すしだねで融通してれるさしみや、のもので酒を飲むものもあるし、すぐ鮨に取りかかる ものもある。

 ともよ親である鮨屋の亭主は、ときには仕事場から土間へ降りて来て、黒みがかった押鮨を盛った皿を 常連のまん中のテーブルに置く。
「何だ、何だ」
 好奇の顔が四方からのぞき込む。
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「まあ、やってご覧、あたしの寝酒のさかなさ」
 亭主は客に友達のような口をきく。
こはだにしちゃ味が濃いし――」
 ひとつつまんだのがいう。
あじかしらん」
 すると、畳敷の方の 柱の根に横座りにして見ていた内儀かみさん――ともよ親――が、は は は は と太りじしゆすって「みんな おとッつあんに一ぱい喰った」と笑った。
 それは塩さんまを使った押鮨で、おからを使って程よく塩と脂を抜いて、押鮨にしたのであった。
「おとっさんずるいぜ、ひとりでこっそり こんなうまいものをこしらえて食うなんて――」
「へえ、さんまも、こうして食うと まるで違うね」
 客たちのこんな話が一しきり がやがや渦まく。
「なにしろ あたしたちは、銭のかかる贅沢は できないからね」
「おとっさん、なぜこれを、店に出さないんだ」
「冗談いっちゃ、いけない、これを出した日にゃ、他の鮨が蹴押されて 売れなくなっちまわ。第一、さんまじゃ、いくらも値段がとれないからね」
「おとッつあん、なかなか商売を知っている」
 その他、鮨の材料を採ったあとの かつお中落なかおちだの、あわびはらわただの、たいの 白子だの をたくみに調理したものが、ときどき常連にだけつき出された。ともよはそれを見て「飽きあきする、あんなまずいもの」と顔をしわめた。だが、それらは 常連かられといっても なかなか出さないで、思わぬときにひょっこり出す。亭主は このことにかけてだけ いこじで むら気なのを知っているので 決してねだらない。
 よほど欲しいときは、娘のともよにこっそり頼む。するとともよは面倒臭そうに探し出して与える。
 ともよは幼い時から、こういう男達は見なれて、その男たちを通して世の中を頃あいで こだわらない、いささか稚気ちきのあるものに感じて来ていた。
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 女学校時代に、鮨屋の娘ということが、いくらか恥じられて、家の出入の際には、できるだけ友達を近づけない ことにしていた 苦労のようなものがあって、孤独な感じはあったが、ある程度までの孤独感は、家の中のの間柄からも染みつけられていた。と喧嘩をするような事はなかったが、気持ちは めいめい独立していた。ただ生きて行くことの必要上から、事務的よりも、もう少し本能に喰い込んだ協調やら いたわり方を 暗黙のうちに交換して、それが反射的にまで発育しているので、世間からは無口で比較的仲のよい夫婦にも見えた。親は、どこか下町のビルディングに支店を出すこと に熱意を持ちながら、小鳥を飼うのを道楽にしていた。親は、物見遊山ものみゆさんにも行かず、着ものも買わない代りに 月々の店の売上げ額から、自分だけの月がけ貯金をしていた。
 両親は、娘のことについてだけは一致したものがあった。とにかく教育だけは しとかなくては ということだった。まわりに浸々ひたひたと押し寄せて来る、知識的な空気に対して、この点では両親は期せずして 一致して社会への競争的なものは持っていた。
「自分は職人だったから せめて娘は」
 と――だが、それから先をどうするかは、全く茫然ぼうぜんとしていた。
 無邪気に育てられ、表面だけだが世事に通じ、軽快でそして孤独的なものを持っている。これがともよの性格だった。こういう娘を誰も目のかたきにしたり邪魔にするものはない。ただ男に対してだけは、ずばずば応対して 女の子らしいはじらいも、作為の態度もないので、一時女学校の教員の間で問題になったが、商売柄、自然、そういう女の子になったのだとわかって、いつの間にか疑いは消えた。
 ともよは学校の遠足会で 多摩川べりへ行ったことがあった。
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春さきの小川の淀みのふちを覗いていると、いくつもふなが泳ぎ流れて来て、新茶のような青い水の中に尾鰭おひれひらめかしては、杭根くいね【杭の根元】のこけんで、また流れ去って行く。するともう あとのふなが流れとどまって 尾鰭おひれひらめかしている。流れ来り、流れ去るのだが、その交替は 人間の意識の眼には留まらない程 すみやかで かすかな作業のようで、いつも若干の同じ魚が、其処そこに遊んでいるかとも思える。ときどきは不精そうななまずも来た。
 自分の店の客の新陳代謝は ともよには この春の川の魚のようにも感ぜられた。(たとえ常連というグループはあっても、そのなかの一人々々は いつか変っている【入れ替わっている】)自分は杭根のみどりの苔【そこにずっと付いている苔】のように感じた。みんな自分に軽く触れてはなぐさめられて行く。ともよは店のサービスを義務とも辛抱とも感じなかった。胸も腰もつくろわない【体の線を強く見せない】少女じみたカシミヤの制服を着て、有合せの男下駄をカランカラン引きずって、客へ茶を運ぶ。客が情事めいたことをいって揶揄からかうと、ともよは口をちょっととがらし、片方の肩を一しょに釣上げて
「困るわそんなこと、何とも返事できないわ」
 という。さすがに、それにはく軽いび【甘えるような】が声によじれて消える。客はほのかな明るいものを 自分の気持ちのなかに点じられて笑う。ともよは、その程度の福ずしの看板娘であった。

 客のなかのみなとというのは、五十過ぎぐらいの紳士で、濃い眉がしら から 顔へかけて、憂愁ゆうしゅう【うれい】のかげを帯びている。時によっては、もっと老けて見え、場合によっては情熱的な壮年者にも見える ときもあった。けれども 鋭い理知【物事をとてもはっきり見抜く知性】から来る 一種の諦念ていねん【落ち着いたあきらめ】といったようなものが、人柄の上にえて、苦味のある顔を柔和に磨いていた。
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 濃く縮れた髪の毛を、程よく もじょもじょに分け 仏蘭西フランスひげを生やしている。服装はあかい短靴【革靴】をほこりまみれにして ホームスパン【手織りの素朴な毛織物の服】を着ている時もあれば、少し古びた結城ゆうき着流しのときもある。独身者であることは たしかだが 職業は誰にも判らず、店ではいつか先生と呼び馴れていた。鮨の食べ方は巧者であるが、いて通がるところも無かった。
 サビタのステッキを床にとんとつき、椅子に腰かけてから体を斜に鮨の握り台の方へ傾け、硝子ガラス箱の中に入っている材料を物憂そうに【だるそうに】点検する。
「ほう。今日はだいぶ品数があるな」
 と言ってともよの運んで来た茶を受け取る。
「カンパチがあぶらがのっています、それに今日ははまぐりも――」
 ともよ親の福ずしの亭主は、いつかこの客の潔癖な性分であることを覚え、が来ると無意識に俎板まないた塗盤ぬりばん【寿司下駄】の上へ しきりに布巾ふきんをかけながら言う。
「じゃ、それを握って貰おう」
「はい」
 亭主はしぜん、ほかの客とは違った返事をする。の鮨の食べ方のコースは、いわれなくともともよ親は判っている。まぐろの中とろから始って、つめ【煮詰め】の つく煮ものの【佃煮つくだにをのせた】鮨になり、だんだんあっさりした青いうろこのさかなに進む。そして玉子と海苔のり巻に終る。それで握り手は、その日の特別の注文は、適宜にコースの中へ加えればいいのである。
 は、茶を飲んだり、鮨を味わったりする間、片手を頬にてがうか、そのまま首を下げて ステッキの頭に置く両手の上へあごを載せるかして、じっと眺める。眺めるのは開け放してある奥座敷を通して眼に入る 裏の谷合の木がくれ【木の陰】の沢地か、水をいてある表通りに、向うのへいから垂れ下がっている しいの葉の茂みかどちらかである。
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 ともよは、初めは少し窮屈きゅうくつな客と思っていた だけだったが、だんだんこの客の謎めいた眼のり処を見れると、お茶を運んで行ったときから 鮨を喰い終るまで、よそばかり眺めていて、一度もその眼を自分の方に振向けないときは、物足りなく思うようになった。そうかといって、どうかして、まともにその眼を振向けられ 自分の眼と永く視線を合せていると、自分を支えている力をぼかされて 危いような気がした。
 偶然のように顔を見合して、ただ一通りの好感を寄せる程度で、微笑してれるときは ともよとは違って、自分をほぐしてれる なにか暖味あたたかみのある刺激のような感じを この年とった客から うけた。だからともよが いつまでもよそばかり見ているときは 土間の隅の湯沸しの前で、ざし【刺繍ししゅう】の手をとめて、たとえば、作りせきをするとか 耳に立つものの音をたてるかして、自分ながら しらずしらず の注意を自分に振り向ける所作をした。するとは、ぴくりとして、ともよの方を見て、微笑する。上歯と下歯がきっちり合い、引緊ひきしまって見える口の線が、滑かになり、仏蘭西フランスひげの片端が目についてあがる――親は鮨を握りながら ちょっと眼を挙げる。ともよの いたずら気とばかり思い、また不愛想な顔をして仕事に向う。
 はこの店へ来る常連とは分け隔てなく話す。競馬の話、株の話、時局の話、碁、将棋の話、盆栽の話――大体こういう場所の客の間に交される話題に れないものだが、は、八分は相手に話さして、二分だけ自分が口を開くのだけれども、その寡黙かもくは相手を見下げているのでもなく、つまらないのを我慢しているのでもない。その証拠には、盃の一つもさされると
「いやどうも、僕は身体を壊していて、酒はすっかり とめられているのですが、折角せっかくですから、じゃ、まあ、頂きましょうかな」
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といって、細い がっしりとしている手を、何度も振って、さも敬意を表するように鮮かに盃を受取り、気持ちよく飲んでまた盃を返す。そして徳利を器用に持上げて酌をしてやる。その挙動の間に、いかにも人なつこく 他人の好意に対しては、何倍にかして返さなくては 気が済まない性分が現れているので、常連の間で、先生は好い人だということに なっていた。
 ともよは、こういうを見るのは、あまり好かなかった。あの人にしては軽すぎるというような態度だと思った。相手客の ほんの気まぐれに振り向けられた親しみに対して、ああまともに親身の情を返すのは、の持っているものが減ってしまうように感じた。ふだん陰気なくせに、一たん向けられると、何という浅ましく がつがつ人情にえている様子を現わす 年とった男だろうと思う。ともよが中指にめている 古代埃及エジプト甲虫スカラップのついている銀の指輪さえ そういうときは嫌味に見えた。
 の対応ぶりに有頂天になった相手客が、なお繰り返してに盃をさし、も釣り込まれて 少し笑声さえ たてながら その盃の遣り取りを始め出したと見るときは、ともよは つかつかと寄って行って
「お酒、あんまり呑んじゃ体にいけないって言ってるくせに、もう、よしなさい」
 との手から盃をひったくる。そしての代りに 相手の客にその盃をつき返して 黙って行って仕舞う。それは必しもの体をおもう為でなく、妙な嫉妬がともよにそうさせるのであった。
「なかなか世話女房だぞ、ともちゃんは」
 相手の客がそういう位でその場はそれなりになる。も苦笑しながら 相手の客に一礼して 自分の席に向き直り、重たい湯呑み茶碗に手をかける。
 ともよのことが、だんだん妙な気がかりになり、かえって、そしらぬ顔をして黙っていることもある。がはいって来ると、つんと済して立って行って仕舞うこともある。
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もそういう素振りをされて、却って明るく薄笑いするときもあるが、全然、ともよの姿の見えぬときは物寂しそうに、いつもより一そう、表通りや裏の谷合の景色を深々と眺める。

 ある日、ともよは、かごをもって、表通りの虫屋へ河鹿かじか【カジカガエル】を買いに行った。ともよ親は、こういう飼いものに凝る性分で、飼い方もうまかったが、ときどきは失敗して数を減らした。が 今年も もはや初夏の季節で、河鹿かじかなど涼しそうに鳴かせる時分だ。
 ともよは、表通りの目的の店近く来ると、その店から硝子ガラス鉢を下げて出て行く姿を見た。ともよに気がつかないで硝子ガラス鉢をいたわりながら、むこう向きにそろそろ歩いていた。
 ともよは、店へ入って 手ばやく店のものに 自分の買うものを注文して、籠にそれを入れて貰う間、店先へ出て、の行く手に気をつけていた。
 河鹿を籠に入れて貰うと、ともよはそれを持って、急いでに追いついた。
「先生ってば」
「ほう、ともちゃんか、珍らしいな、表で逢うなんて」
 二人は、歩きながら、互いの買いものを見せ合った。は西洋の観賞魚の髑髏魚ゴーストフィッシュスケルトン魚】を買っていた。それは骨が寒天のような肉に透き通って、腸がえらの下に小さくこみ上っていた。
「先生のおうち、この近所」
「いまは、この先のアパートにいる。だが、いつ越すか わからないよ」
 は珍らしく表で逢ったから ともよにお茶でも御馳走しようといって 町筋をすこし物色したが、この辺には思わしい店もなかった。
「まさか、こんなものを下げて銀座へも出かけられんし」
「ううん、銀座なんかへ行かなくっても、どこかその辺の空地で休んで行きましょうよ」
 は今更のように みなぎわたる新樹の季節を見回し、ふうっと息を空に吹いて
「それも、いいな」
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 表通りを曲ると 間もなく崖端に病院の焼跡の空地があって、煉瓦レンガべいの一側がローマの古跡のように見える。ともよは持ちものをくさむらの上に置き、足を投げ出した。
 ともよは、になにか いろいろ訊いてみたい気持ちがあったのだが、いまこうして傍に並んでみると、そんな必要もなく、ただ、霧のような匂いにつつまれて、しんしんとする【しんとした気持ちになる】だけである。の方が却ってはずんでいて
「今日は、ともちゃんが、すっかり大人に見えるね」
 などと機嫌好さように言う。
 ともよは何を言おうかとしばらく考えていたが、大したおもいつきでも無いようなことを、とうとう言い出した。
「あなた、おすし、本当にお好きなの」
「さあ」
「じゃ何故来て食べるの」
「好きでないことはないさ、けど、さほど食べたくない時でも、鮨を食べるということが僕のなぐさみになるんだよ」
「なぜ」
 何故、が、さほど鮨を食べたくない時でも 鮨を食べるというその事だけが なぐさめとなるかを話し出した。
 ――ふるくなってつぶれるような家には 妙な子供が生れるというものか、大きな家のつぶれるときというものは、大人より子供にそのおびえが予感されるというものか、それが激しく来ると、子はの胎内にいるときから、そんなおびえに命をむしばまれているのかも しれないね――というような言葉を冒頭には語り出した。
 その子供は小さいときから 甘いものを好まなかった。おやつには せいぜい塩煎餅せんべいぐらいを望んだ。食べるときは、上歯と下歯を丁寧ていねいそろえ円い形の煎餅の端を規則正しく噛み取った。ひどく湿っていない煎餅なら大概好い音がした。子供は噛み取った煎餅の破片を じゅうぶんに咀嚼そしゃくして咽喉のどへきれいにみ下してから 次の端を噛み取ることにかかる。
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上歯と下歯をまた丁寧に揃え、その間へまた煎餅の次の端を挟み入れる――いざ、噛み破るときに子供は眼を薄くつぶり耳を澄ます。
 ぺちん
 同じ、ぺちんという音にも、いろいろの性質たちがあった。子供は聞きれてその音の種類を聞き分けた。
 ある一定の調子の響きを聞き当てたとき、子供はぷるぷると胴慄どうぶるいした。子供は煎餅を持った手を控えて、しばらく考え込む。うっすら眼に涙を溜めている。
 家族は両親と、兄と姉と召使いだけだった。家中で、おかしな子供と言われていた。その子供の食べものは外にまだかたよっていた。さかなが嫌いだった。あまり数の【多くの】野菜は好かなかった。肉類は絶対に近づけなかった。
 神経質のくせに 表面は大ように見せている親はときどき
「ぼうずは どうして生きているのかい」
 と子供の食事を覗きに来た。一つは時勢のためでもあるが、親は臆病なくせに大ように見せたがる性分から、家の没落をじりじり眺めながら「なに、まだ、まだ」と まけおしみを言って潰して行った【家の財産を食いつぶしていった】。子供の小さい膳の上には、いつものようにり玉子と浅草海苔のりが、載っていた。親は親が覗くと その膳をそでで隠すようにして
「あんまり、はたから騒ぎ立てないで下さい、これさえ気まり悪がって食べなくなりますから」
 その子供には、実際、食事が苦痛だった。体内へ、色、香、味のある塊団かたまりを入れると、何か身がけがれるような気がした。空気のような食べものは無いかと思う。腹が減るとえは充分感じるのだが、うっかり食べる気はしなかった。床の間の冷たく透き通った水晶の置きものに、舌を当てたり、頬をつけたりした。飢えぬいて、頭の中が澄み切ったまま、だんだん、気が遠くなって行く。
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それが谷地の池水を距てて―丘の後へ入りかける夕陽を眺めているときで でもあると(の生れた家も この辺の地勢に似た 都会の一隅にあった。)子どもはこのまま のめり倒れて死んでもかまわないとさえ思う。だが、この場合は窪んだ腹にきつく締めつけてある帯の間に 両手を無理にさし込み、体は前のめりのまま首だけあおのいて
「おさあん」
 と呼ぶ。子供の呼んだのは、現在の生みののことではなかった。子供は現在の生みのは家族じゅうで一番好きである。けれども子供にはまだ他に自分に「おさん」と呼ばれる女性があって、どこかに居そうな気がした。自分がいま呼んで、もし「はい」といってその女性が眼の前に出て来たなら 自分はびっくりして 気絶して仕舞うに違いないとは思う。しかし呼ぶことだけは悲しい楽しさだった。
「おさあん、おさあん」
 薄紙が風にふるえるような声が続いた。
「はあい」
 と返事をして現在の生みの親が出て来た。
「おや、この子は、こんな処で、どうしたのよ」
 肩をゆすって顔を覗き込む。子供は感違いした親に対して何だか恥しくあかくなった。
「だから、三度々々ちゃんとご飯食べておれと言うに、さ、ほんとに後生だから【お願いだから】」
 親は おろおろの声である。こういう心配の揚句あげく、玉子と浅草海苔が、この子の一ばん性に合う食べものだ ということが見出されたのだった。これなら子供には腹に重苦しいだけで、けがされざるものに感じた【子供にとっては おいしい食べ物というより、大人の食べ物で近寄りがたいものに感じた】。
 子供はまた、ときどき、切ない感情が、体のどこからか判らないで 体一ぱいに詰まるのを感じる。そのときは、酸味のある柔いものなら何でも噛んだ。生梅やたちばなの実をいで来て噛んだ。
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さみだれの季節【梅雨つゆ】になると 子供は都会の中の丘と谷合に それ等の実の在所を それらをついばみに来るからすのようによく知っていた。
 子供は、小学校はよく出来た。一度読んだり聞いたりしたものは、すぐ判って乾板のように脳のひだに焼きつけた。子供には学課の容易さが つまらなかった。つまらないという冷淡さが、却って学課の出来をよくした。
 家の中でも学校でも、みんなはこの子供を別もの扱いにした。
 親と親とが一室で言い争っていた末、親は子供のところへ来て、しみじみとした調子でいった。
「ねえ、おまえがあんまりせて行くもんだから 学校の先生と学務委員たちの間で、あれは家庭で衛生の注意が足りないからだ という話が持上ったのだよ。それを聞いて来ておつあんは、ああいう性分だもんだから、私に 意地くね悪く【意地悪く】 当りなさるんだよ」
 そこで親は、畳の上へ手をついて、子供に向ってこっくりと、頭を下げた。
「どうか頼むから、もっと、食べるものを食べて、肥っておれ、そうしてれないと、あたしは、朝晩、いたたまれない気がするから」
 子供は自分の奇形きけいな性質から、いずれは犯すであろうと予感した罪悪を、犯したような気がした。わるい。に手をつかせ、お叩頭じぎをさせてしまったのだ。顔がかっとなって体にふるえが来た。だが不思議にも心は却って安らかだった。すでに、自分は、こんな不孝をして悪人となってしまった。こんな奴なら自分は滅びて仕舞っても 自分で惜しいとも思うまい。よし、何でも食べてみよう、食べ馴れないものを食べて体がふるえ、吐いたりもどしたり、その上、体じゅうがにごくさって 死んじまっても好いとしよう。生きていて しじゅう食べものの好き嫌いをし、人をも自分をも悩ませるより その方が ましではあるまいか――
 子供は、平気を装って家のものと同じ食事をした。すぐ吐いた。
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口中や咽喉を極力無感覚に制御したつもりだが み下した食べものが、親以外の女の手が触れたものと思う途端に、胃嚢いぶくろが不意に逆に絞り上げられた――女中のすそから出る げた赤いゆもじ【腰巻き】や 飯炊婆さんの横顔になぞってある黒びんつけの印象が 胸の中を暴力のようにき回した。
 兄と姉はいやな顔をした。親は、子供を横顔でちらりと見たまま、知らん顔して晩酌の盃を傾けていた。親は子供の吐きものを始末しながら、恨めしそうに親の顔を見て
「それご覧なさい。あたしの せいばかりでは ないでしょう。この子はこういう性分です」
 と嘆息たんそくした。しかし、親に対して親はなお、おずおずはしていた。

 その翌日であった。親は青葉の映りの濃く射す縁側へ新しい茣蓙ござを敷き、俎板まないただの包丁だの水桶だの蠅帳はいちょうだの持ち出した。それもみな買い立ての真新しいものだった。
 親は自分と俎板まないたを距てた向側に子供を座らせた。子供の前には膳の上に一つの皿を置いた。
 親は、腕捲うでまくりして、薔薇ばらいろのを差出して手品師のように、手の裏表を返して子供に見せた。それからその手を言葉と共に調子づけてこすりながら言った。
「よくご覧、使う道具は、みんな新しいものだよ。それからこしらえる人は、おまえさんのさんだよ。手はこんなにも よくきれいに洗ってあるよ。判ったかい。判ったら、さ、そこで――」
 親は、鉢の中で炊きさました飯に酢を混ぜた。親も子供もこんこんせた。それから親はその鉢を傍に寄せて、中からいくらかの飯の分量をつかみ出して、両手で小さく長方形に握った。
 蠅帳はいちょうの中には、すでに鮨のが調理されてあった。親は素早くその中からひときれを取出して それからちょっと押えて、長方形に握った飯の上へ載せた。子供の前の膳の上の皿へ置いた。玉子焼鮨だった。
「ほら、鮨だよ、おすしだよ。
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手々で、じかにつかんで食べても好いのだよ」
 子供は、その通りにした。はだかの肌をするするでられるようなころ合いの酸味に、飯と、玉子のあまみがほろほろに交った あじわいが 丁度 舌一ぱいに乗った具合――それをひとつ食べて仕舞うと 体をりつけたいほど、おいしさと、親しさが、ぬくめた香湯のように子供の身うちに湧いた。
 子供はおいしいと言うのが、きまり悪いので、ただ、にいっと笑って、の顔を見上げた。
「そら、もひとつ、いいかね」
 親は、また手品師のように、手をうら返しにして見せた後、飯を握り、蠅帳はいちょうから具の一片ひときれを取りだして押しつけ、子供の皿に置いた。
 子供は 今度は握った飯の上に乗った 白く長方形の切片を気味悪く覗いた。すると親は怖くない程度の威丈高いたけだかになって
「何でもありません、白い玉子焼だと思って食べればいいんです」
 といった。
 かくて、子供は、烏賊いかというものを生れて始めて食べた。象牙ぞうげのような滑らかさがあって、生餅より、よっぽど歯切れがよかった。子供は烏賊いか鮨を食べていたその冒険のさなか、詰めていた息のようなものを、はっ、として顔の力みを解いた。うまかったことは、笑い顔でしか現わさなかった。
 親は、こんどは、飯の上に、白い透きとおる切片をつけて出した。子供は、それを取って口へ持って行くときに、おびやかされる においにかすめられたが【強い匂いが、ふっと鼻先をかすめたが】、鼻をつまらせて、思い切って口の中へ入れた。
 白く透き通る切片は、咀嚼そしゃくのために、上品なうま味にきくずされ、程よい滋味の圧感に混って、子供の細い咽喉へ通って行った。
「今のは、たしかに、ほんとうの魚に違いない。自分は、魚が食べられたのだ――」
 そう気づくと、子供は、はじめて、生きているものを噛み殺したような征服と新鮮を感じ、あたりを広く見回したい歓びを感じた。
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むずむず する両方の脇腹を、同じような歓びで、じっとしていられない手の指でつかいた。
「ひ ひ ひ ひ ひ」
 無暗むやみ疳高かんだかに子供は笑った。親は、勝利は自分のものだと見てとると、指についた飯粒を、ひとつひとつ払い落したりしてから、わざと落ちついて蠅帳はいちょうのなかを子供に見せぬよう覗いて言った。
「さあ、こんどは、何にしようかね……はてね……まだあるかしらん……」
 子供は焦立いらだって絶叫する。
「すし! すし」
 親は、嬉しいのをぐっと堪える少しほうけたような――それは子供が、としては一ばん好きな表情で、生涯忘れ得ない美しい顔をして
「では、お客さまのお好みによりまして、次を差上げまあす」
 最初のときのように、薔薇いろの手を子供の眼の前に近づけ、はまたも手品師のように 裏と表を返して見せてから 鮨を握り出した。同じような白い身の魚の鮨が握り出された。
 親はまず最初の試みに 注意深く色と生臭の無い魚肉を選んだらしい。それはたい比良目ひらめであった。
 子供は続けて食べた。親が握って皿の上に置くのと、子供がつかみ取る手と、競争するようになった。その熱中が、と子を何も考えず、意識しない一つの気持ちのしびれた世界にき入れた。五つ六つの鮨が握られて、つかみ取られて、食べられる――その運びに面白く調子がついて来た。素人しろうと親の握る鮨は、いちいち大きさが違っていて、形も不細工だった。鮨は、皿の上に、ころりと倒れて、載せたを傍へ落すものもあった。子供は、そういうものへ却って愛感を覚え、自分で形を調えて食べると余計おいしい気がした。子供は、ふと、日頃、内しょで呼んでいる も一人の幻想のなかのと いま目の前に鮨を握っているとが 眼の感覚だけか頭の中でか、一致しかけ一重の姿に紛れている気がした。もっと、ぴったり、一致して欲しいが、あまり一致したら恐ろしい気もする。
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 自分が、いつも、誰にも内しょで呼ぶはやはり、この親であったのかしら、それが こんなにも自分においしいものを食べさせてれる このであったのなら、内密に心を外のに移していたのが悪かった気がした。
「さあ、さあ、今日は、この位にして置きましょう。よく食べておれだったね」
 目の前の親は、飯粒のついた薔薇いろの手を ぱんぱんと子供の前で気もちよさそうに はたいた。
 それから後も五、六度、親の手製の鮨に子供はらされて行った。
 ざくろの花のような色の赤貝の身だの、二本の銀色の地色に竪縞たてじまのあるさよりだのに、子供は馴染なじむようになった。子供はそれから、だんだん平常の飯の菜にも魚が食べられるようになった。身体も見違えるほど健康になった。中学へはいる頃は、人が振り返るほど美しくたくましい少年になった。
 すると不思議にも、今まで冷淡だった親が、急に少年に興味を持ち出した。晩酌の膳の前に子供を座らせて酒の対手あいてをさしてみたり、玉突きに連れて行ったり、茶屋酒ちゃやざけも飲ませた。
 その間に家はだんだんつぶれて行く。親は美しい息子が紺飛白こんがすりの着物を着て盃をふくむのを見て陶然【うっとり】とする。他所よその女に ちやほやされるのを見て手柄を感ずる。息子は十六七になったときには、結局いい道楽者になっていた。
 親は、育てるのに手数をかけた息子だけに、狂気のようになって その子を親が台なしにして仕舞ったと怒る。その必死な親の怒りに対して 親は張合いもなく うす苦く黙笑してばかりいる。家が傾く鬱積うっせきを、こういう夫婦争いで両親は晴らしているのだ、と息子はつくづく味気なく感じた。
 息子には学校へ行っても、学課が見通せて判り切ってるように思えた。中学でも彼は勉強もしないでよく出来た。高等学校から大学へ苦もなく進めた。
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それでいて、何かしら体のうちに切ないものがあって、それを晴らす方法は 急いで求めても なかなか見付からないように感ぜられた。永い憂鬱ゆううつと退屈あそびのなかから大学も出、職も得た。
 家は全く潰れ、や兄姉も前後して死んだ。息子自身は頭が好くて、何処どこへ行っても相当に用いられたが、何故か、一家の職【家業】にも、栄達にも気が進まなかった。二度目の妻が死んで、五十近くなった時、一寸ちょっとした投機でかなりもうけ、一生独りの生活には 事かかない見極めのついたのを機に 職業も捨てた。それから後は、ここのアパート、あちらの貸家と、彼の一所不定の生活が始まった。

 今のはなしの うちの子供、それから大きくなって 息子と呼んで はなしたのは 私のことだとは長い談話のあとで、ともよに言った。
「ああ判った。それで先生は鮨がお好きなのね」
「いや、大人になってからは、そんなに好きでも なくなったのだが、近頃、年をとったせいか、しきりに親のことを想い出すのでね。鮨までなつかしくなるんだよ」
 二人の座っている病院の焼跡のひとところに 支えのちた藤棚があって、おどろのように藤蔓ふじづるが宙から地上にい下り、それでもつるさきの方には若葉を一ぱいつけ、その間から痩せたうす紫の花房がしずくのように咲き垂れている。庭石の根締めになっていた やしお【とても鮮やかで濃い赤色】の躑躅つつじが 石を運び去られたあとの穴の側に半面、あおぐろく枯れて火のあおりのあとを残しながら、半面に白い花をつけている。
 庭の端の崖下は電車線路になっていて、ときどき轟々ごうごうと電車の行き過ぎる音だけが聞える。
 りゅうひげのなかのいちはつの花の紫が、夕風に揺れ、二人のいる近くに一本立っている太い棕梠しゅろの木の影が、草叢くさむらの上にだんだん斜にかかって来た。ともよが買って来てそこへ置いた籠の河鹿が二声、三声、き初めた。
 二人は笑いを含んだ顔を見合せた。
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「さあ、だいぶ遅くなった。ともちゃん、帰らなくては悪かろう」
 ともよは河鹿の籠を捧げて立ち上った。すると、は自分の買った骨の透き通って見える髑髏魚ゴーストフィッシュをも、そのままともよに与えて立ち去った。

 はその後、すこしも福ずしに姿を見せなくなった。
「先生は、近頃、さっぱり姿を見せないね」
 常連の間に不審がるものもあったが、やがてすっかり忘られてしまった。
 ともよと別れるとき、がどこのアパートにいるか 聞きもらしたのが残念だった。それで、こちらから訪ねても行けず病院の焼跡へ暫くたたずんだり、あたりを見回しながら石に腰かけて のことを考え 時々は眼にうすく涙さえためて また茫然ぼうぜんとして店へ帰って来るのであったが、やがてともよのそうした行為も止んで仕舞った。
 此頃このごろでは、ともよを思い出す度に
「先生は、何処どこかへ越して、また何処かの鮨屋へ行ってらっしゃるのだろう――鮨屋は何処にでもあるんだもの――」
 と漠然ばくぜんと考えるに過ぎなくなった。







底本:「岡本かの子全集5」ちくま文庫、筑摩書房
   1993(平成5)年8月24日第1刷発行
底本の親本:「第六創作集 老妓抄」中央公論社
   1939(昭和14)年3月18日
初出:「文芸」
   1939(昭和14)年1月号
入力・校正:鈴木厚司
1999年3月8日公開
2013年4月26日修正
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----- (以下、シン文庫 追記) -----
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