ある良人の惨敗
佐々木 くに




 日本はアメリカよりも自由国である。小学校で進化論を教えても問題にならない。しかし鳥居とりいうじの家庭では、
「お母さん、僕も先祖は猿でしょうかね?」
 と十歳になる総領そうりょう息子【家督を相続する男子】が尋ねた時、日頃貞淑【しとやか】な夫人が、
「何うだろうかね。私はお前のお父さんの親類のことは知らないよ」
 と答えたので、夫婦の間に一場いちじょうの波瀾が持ち上った。長火鉢を隔てゝ夕刊を読んでいた主人公は、
「変なことを言うじゃないか?」
 と覚えず鎌首をもたげた【不穏な動きを察知して顔を上げた】のである。
「知らないから知らないと申したんですわ」
 と応じながら、夫人は一方 女中に早く食卓の上を片付けるように目つきで命じた。もう一方 末の子に乳を飲ませている。又もう一方 少し考えていることもあった。三方四方ナカナカ忙しい。
「何も俺の親類を引き合いに出す必要はあるまい。あるは【あるいは】猿かも知れないと言わないばかりじゃないか?」
 と鳥居氏は追究した。
 夫人はこの時笑ってしまえばかったのに、うもう行き兼ねた。女中ず笑ったのである。それが先刻の仇討あだうちのように思えた。私を叱っても旦那さまの前へ出ればこの通りと言ったように取れた。尚 お居並ぶ子供の手前もあった。そこで勢い、
「人間なら猿かも知れませんわ」
 とやった。無論、現在人間なら先祖は猿かも知れないという意味で、進化論を認めたのである。
「人間ならと言うと人間じゃないとも思えるのかい?」
 と鳥居氏は又 とがめた。いつもはしつこくないのだが、主人公、今日は特に気を回す理由がある。
 夫人はこゝで笑ってもおそくはなかった。しかし少し料簡りょうけん【考え】がある上に、女中が手を休めて傾聴しているので、行きがかり上 止むを得ない。主婦には主婦の見識がある。
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「何の気なしに申したことをそんなに仰有おっしゃらなくてもうございましょう? あなたは余っ程変な人ね」
 と夫人は乳飲み子を抱き直して、良人りょうじん【夫】をキッと見据えた。折から、
「電報!」
 という声が玄関から響いた。総領【あと取り】が早速取次いだ。鳥居氏は電文を一読して膝の上へ置いた。
さんからですか?」
 と夫人は覗くようにして訊いた。主人公は答弁の限りでないというような仏頂面ぶっちょうづらをして又電文に眺め入った。鳥居氏の家系が猿から出たかうかという討論は差当り延期になった。
「僕にも見せて下さい」
 と 長男はお父さんが やがて食卓の上に置いた電報を手にした。電報のことは近頃学校で習ったばかりだったから、実物に接するのは一種の学問である。ことに自分が配達夫から受取って来てお父さんに渡したのだから、先刻さっきから見たくてたまらなかった。しかし普通の家庭へ舞い込む電報には好い消息よりも悪い消息の方が多い。滅多に顔を見たことのない伯父さんから届いた電報は、
「タノンダカネハンブンダケデンポウデスグネガウ」
 とあった。弟に無心を言うような濁音だくおんの倹約をしない。
 二時間ばかり後に夫人は四人の子供を悉皆しっかい【皆】寝せつけてから、再び長火鉢の前に現れた。鳥居氏は食卓の上にラジオセットを置いて長唄を聴いていた。御機嫌の悪い上に元来盤台面ばんだいづら【平たくて大きい顔】である。レシーバーの銀棒が二本の角のように見えた。
「あなた」
 と夫人は坐ると直ぐに言った。
「何だい?」
 と鳥居氏はもうきていたからレシーバーをはずした。
「子供や女中の前で あんなにツケツケ物を仰有おっしゃっては困りますよ」
 と夫人添乳そえぢをしながら考えて置いたプログラムに従って行動を開始した。進化論けならあのまゝにしてもかったのだが、義からの電報がある。
「子供がいたって何がいたって、誠意をもって不都合をたしなめるに差支えない」
 と答えながら、鳥居氏は夫人の強硬な態度を意外に感じた。しかし歯牙しがにかけない【問題にしない】というふうを示す為めに、泰然【落ち着き払って】としてレシーバーをかぶろうとした。
「あなたは誠意がございますからね」
「お前は妙に食ってかゝるんだね?」
「あなたこそ変につっかゝるわ」
 と夫人は何処までも挑戦的に出た。
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「俺はお前が何故そんなにたてをつくか知っている。に金を貸すのが不平なんだろう?」
 と鳥居氏も最早もうラジオどころでなかった。
「そんなことはありませんわ。あなたのお金をあなたがお上げになるんですもの、お勝手じゃありませんか?」
 と女というものは 見す/\ それでも、決してそれとは言わない。もっと夫人の場合は厄挫やくざ【ろくでなし】なの無心が当面の問題でなかった。常からある一般的不平が昨日の書面と今日の電報で刺激されたのだった。
「それが厭味いやみだよ」
 と鳥居氏は忌々いまいましがった。
「あなたは何でも気を回すのね。男らしくもない」
 と夫人は益〻強硬だった。
「お前が何と言っても俺は貸す。お前には迷惑をかけないから黙っていなさい」
 と鳥居氏は悉皆すっかり激してしまった。
「だから私は何とも申しませんよ。思召おぼしめし通りになすったらよろしゅうございましょう」
「思召し通りにするよ」
「けれども私くらい詰まらないものはありませんね。何一つ正式に相談をかけて戴いたことがないんですから」
「それじゃ相談する。今度け貸すから承知しておくれ」
「私はさんに御用立てするのをれ申しませんよ。今までだって一度でも苦情らしいことを申しましたか? ただあなたが何でも私を差置いて独断でなさるから腹が立つのです」
「俺はそんなに独断かね?」
「独断ですとも。御自分勝手ですわ。昨日のお手紙だって私が訊かなければ黙っていなさるじゃありませんか? 同じ御用立てるにしても、実はうだと一言仰有おっしゃって下されば、私だってんなに心持がいか知れませんわ」
 と夫人の訴えるところは至極道理だった。
「それは俺だって有りもしない金を絞り取られるのは感服しない。自分でもクサクサすることをお前の耳に入れたくないんだ。お前に相談しないで断ったこともあるよ」
「断ったって承知なさらないでしょう?」
「それはうさ。精々値切るぐらいのところさ。それだものだから、この頃は駈引かけひきを覚えて三四割掛値かけねを言って来る。しかし旅先で困っているものをちゃっても置けないじゃないか? 俺は何もの不始末をかくす気じゃない。そんな他人行儀はしない積りだ。
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ただお前に不愉快な思いをかけたくないから黙っていたのさ」
 と鳥居氏ももとより善意である。
「それでも夫婦ですから、一言相談して戴きとうございますわ」
 と夫人も良人の申分を弁解とばかりは思わないが、見す/\二百円三百円とまとまった金が銀行の通帳かよいちょうから永久に消えて行く仕事だから、何とか苦情をつけたくなる。
 こんな押し問答が少時しばらく続いた後、鳥居氏は、
「何にしても厄介な貴だよ。黒羊ブラックシープ【厄介者】って奴だね。兄弟が多いと何処の家でも一人ぐらいくずが出る。諦めてはいるものゝ、毎年だからやり切れない」
 と長嘆息ちょうたんそくした。
「年に二度のことも ございましたわ」
 と夫人はチャンと覚えている。
「何か正業についてくれるといんだが、大きなことばかり言って彼方此方あっちこっち飛んで回って歩いて、真正ほんとうに兄弟泣かせだよ」
「兄弟泣かせって、大きい兄さんのところや 祐三さんのところへは っとも仰有おっしゃらないじゃありませんか?」
「それは大きい兄さんは軍人だもの。余裕のないことが分っている。祐三とは年が大分違うから、彼処あすこへも行きにくい。片付いた妹は諦めている。つまり俺けを信頼しているのさ」
「有難い信頼ですわ。不断は寄りつきもしないくせに」
「それでもお父さんの亡くなった時は北海道から駈けつけたじゃないか? あれでナカナカ好いところもある。一番泣いたのは常二郎兄貴だったからね」
「当り前ですわ。不断音信不通で一番苦労をかけていたんですもの。さんの義理はあとにもさきにも あれっきりじゃございませんか? 大地震の時だって見舞状一本下さいませんでしたわ。此方こっちから知らせて上げたら、ようやくのことで、うせ皆焼け死んだろうと思って諦めていた なんて言って寄越よこしたでしょう? 憎らしいわ」
「まあまあ、貴のことはもう勘弁してくれ。うせ厄挫やくざものさ。金を取られる上にお前から油を絞られちゃわしも立つ瀬がない。これからは万事誠意をもって相談するから機嫌を直しなさい」
 と鳥居氏は結局兜を脱いだ。
「私、さんのことで機嫌を悪くしているんじゃありませんわ。あなたが御自分勝手だから少し申上げたいんです」
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 と夫人はこれから本論に入るのだった。
「それだから以来は誠意をもって相談すると言っている」
 と鳥居氏は又少し語気を荒くした。かく 折れて出たのにだ納得しないとは増長していると思ったのである。
「その誠意と仰有おっしゃるのが、私、信じられませんの」
 と夫人空嘯そらうそぶいた。
「分ったよ、お光、分ったよ。羽織をこしらえてやると言って 未だ こしらえてやらないからだろう? こしらえなさい。明日にでも三越へ行くがい」
 と鳥居氏は貴にゆえなくして二百円【100万円/2025年】差出すものが 妻の羽織に五十円【25万円/2025年】おしんでいる矛盾を認めた。
「あの羽織はもうこしらえましたわ」
こしらえた? いつ?」
「先月 こしらえましたわ。婦人会がございましたからね」
 と夫人は落ちつき払っていた。
「それはお前の方がっと誠意を欠きはしないか?」
 と鳥居氏は又険悪な顔になった。夫人はプログラムに従って行動しているから常に冷静を失わないけれど、良人は方針が立たない。臨機応変に赤くなったり青くなったりするところは七面鳥に似ていた。
「あなたが何と仰有おっしゃっても、婦人会は事実 新柄しんがらの共進会【新しい柄を披露する品評会】でございますからね。う/\同じものばかり着ては出られませんよ」
「そんなら断ってこしらえるがい」
「あなたも私に断って 何かお求めになったことがございますの?」
「三十円【15万円/2025年】以上の品物を買う時はかく 必ず断ることになっているだろう? 俺は洋服をこしらえるにも 外套をこしらえるにも 一々お前に断っているよ」
「オホヽヽ」
「何を笑う?」
「何でもうございますわ。もうお休みしましょうよ。詰まらない」
 と夫人は最後の刺激を加えた。
「お前は いつの間に そんな不貞腐ふてくされになったんだい? まるで毒婦だ、態度が」
 と鳥居氏は烈火のように怒ってしまった。戦いこれからたけなわ【一番の盛り】になる。
「羽織一枚ぐらいで 毒婦呼ばわりをされたんじゃ 私も黙っていられませんよ。あなた」
「何だ?」
「あなたぐらい水臭い人はありませんよ。男らしくもない細工ばかりして!」
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「何処が男らしくない?」
「変なかくし立てばかりなさるじゃありませんか?」
「何をかくしたか聴こう」
「朝寝坊のあなたが時々薄暗い中に起きる理由わけを 私はうから知っているんでございますよ」
 と言って、夫人れくらい利いたか見定めるように 良人の顔色を打目戍うちまもった【監視した】。
「ふうむ、盆栽のことだね」
「この春から秋へかけて あなたが幾鉢お買いになったか 私は存じて居りますよ」
「それがうした? 俺の小遣で俺が買うのにお前の干渉は受けない」
「それなら私にかくさなくてもいでしょう?」
かくしはしない」
「いゝえ、嘘です。晩に買ってお出になって玄関の植込にかくして置くじゃありませんか? そうして朝早く起きてコッソリと庭の棚へ上げるじゃありませんか? 御自分のお小遣でお求めになったものなら、そんなに秘密になさるにも及びますまい?」
「秘密にする次第わけでもないが、お前が没趣味ぼつしゅみだ【趣味に乏しい】からさ。又かというような顔をされるのが面白くない。細君のやかましい盆栽家は皆 うするんだ。俺ばかりじゃない。世間を知らないくせにして人をうたぐるな!」
「でも変ね。八十円だの百十円だのとお友達に仰有おっしゃっていたじゃありませんか?」
「あれはそれけの値打のあるものを安く買って来たと言ったんだ。盆栽家は誰だって自慢をするよ」
「あなた、はなはだ立ち入ったようで申訳ありませんが、あなたの通帳かよいちょうを拝見させて戴けませんでしょうか? 一家の主婦として 家にお金があるのかないのか 知らないでいるのも 随分 迂濶うかつな話でございますからね」
「通帳は見せない」
「お見せになれない理由わけがございましょう?」
「別に理由はないが、う喧嘩腰になって強要するものに見せるものか。頭を下げて頼むならかく
「宝物じゃございませんわ。頭は下げませんよ」
「それだから見せない」
「意地ですね?」
うだ。勝手にしろ!」
 と鳥居氏は進退きわまって暴言を吐いた。第一戦は良人の敗北と認めてかろう。
「あなた、私 だ申上げることがございますのよ」
 と夫人暫時ざんじ休憩の後 第二回の攻撃に取りかゝった。
「もう止せ。うるさい」
「いゝえ、ついでですから白状して戴きますわ」
「白状? 失敬なことを言うな」
「この秋あなたのなすったことで 一番悪かったと思召おぼしめすことを白状して下さい。
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私も 金紗きんしゃの羽織 を一枚白状致しますから、お互っ子ですわ」
い加減にしろ」
 と鳥居氏は口先け強く言っても、はらうちに弱味があったからつい考え込んだ。
「沢山おありで見当がつき兼ねましょうから、何なら私の方から申上げましょうか?」
 と夫人綽々しゃくしゃく【余裕しゃくしゃくの〝しゃくしゃく〟】たる余裕を示して、
「あなたはこの夏八十五円の碁盤にれたと仰有おっしゃったでしょう?」
 と相手の様子を覗った。
「俺はもう寝る」
「まあ お待ち下さい。子供が追々おいおい大きくなりますから、家庭内でれたなんて下劣な言葉をお使いになっては迷惑致します」
「言葉の注意か? それならつつしもう」
「お言葉もつつしんで戴きますが、秋になると早々碁会で一等賞をお取りになったと仰有おっしゃって、その翌晩あの新しい碁盤と合乗りでお帰りになりましたね?」
「ふうむ。あの碁盤に嫌疑がかゝっているのかい?」
 と鳥居氏は如何いかにも案外【意外】のようだった。
うでございますよ。あゝいう細工をなさるから誠意がないと申上げるのです」
「驚いたね。尤もお前は碁を知らないから、そんな風に考えるのだろう。碁って奴は弱ければ置いて打つ【置き石のハンデを付ける】から誰でも対等だよ。勝負は時の運さ。俺だって一生に一度ぐらいは全勝もしようさ。家へ来る碁打ち連中に訊いて見るがい。それに一等賞として水引をかけて熨斗のしをつけてあったじゃないか?」
「水引ぐらいは碁盤屋の小僧にもかけられますわ。私は証拠を握っていますよ」
んな証拠を?」
「それ御覧なさい。気になるじゃありませんか?」
「釣ろうったって駄目だよ。盆栽の方は仕方がないが、碁盤は寃罪えんざいだ」
「それじゃ盆栽けはお認めになりますのね」
ある程度まで認める。俺はもう寝るよ」
「あなたはく/\図太い人ね?」
 と夫人は呆れ果てたように言った。
「何故?」
何処どこまでも駈引があるんですもの」
「勝手にしなさい」
「あなた、もし私が碁盤屋の受取証を持っていたらうなさいます」
「え?」
「金八十五円、芝区今入町でございますよ」
「ふうむ。恐れ入った」
 と鳥居氏はもう退きならなかった。一回戦に負けた良人は二回戦でイヨイヨ泥を吐いたのである。
「それ御覧なさいませ」
「一言もないよ。
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っ張り悪いことは出来ないものだね。うしてそんなものがお前の手に入ったんだろう?」
「あなたの夏服をクリーニングにやる時 ポケットの中をあらためました。すると電車の回数券の表紙と一緒に出て参りましたのよ。天罰ね」
 と夫人は勝ち誇った。しかしクリーニングにやる時ではなかったかも知れない。良人りょうじんたるものは 毎日洋服のポケットをあらためられていると 覚悟する方が安全である。
「あの碁盤には実際惚れたのさ。諦められなくて幾度も見に行ったが、既に二面あるのでうもお前には相談をかけにくかった。そこで一策を案じて、碁会の翌日に実行したのさ。確か九月の俸給日ほうきゅうび【給料日】だったと覚えている」
「私は腹が立ちましたわ。こんなことをしているならと思って直ぐ羽織をこしらえたんですが、未だ 虫が治まりませんから、帯も一本買いましたわ。両方で丁度碁盤ぐらいです。あなたが白状なすったから、私も白状致しますわ」
「お前もナカナカ隅へは置けないんだね」
 と鳥居氏はよんどころなく夫人の手腕をめた。
「でも、私は良心がありますわ。始終気がとがめていたんですもの」
うだか?」
「それはあなたが御自分のお心に引きくらべて仰有おっしゃることよ。あなたぐらい図々しい人はありませんわ」
「図々しくもないんだが、美事みごと成功した積りで安心していたのさ」
「安心していられるけ図々しいんですよ。私なんか直ぐに後悔致しましたわ。帯や羽織をこしらえても、あなたに見て戴けなければっとも嬉しいことはございませんわ」
 と夫人こびを含んだ目つきを良人に浴せかけた。三十を越しても努力すれば多少の色気は出る。
「成程、それもあったろうね」
 と鳥居氏は先刻から散々 胴突どつかれたことを悉皆すっかり忘れてしまった。
「私、毒婦でしょうかね?」
「いや、そんなことはないよ。あれは失言だ。取消す」
「もうお互に堪忍しましょうね」
「俺が悪かったのさ。これからは憲法を堅く守ろう。三十円以上の支出は必ずお前に相談する」
「通帳は見せて戴けませんの?」
「それけはこの際俺の顔を立てゝおくれ。もう悉皆すっかり兜を脱いでいるんだから」
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「これからをつつしんで下さればうございますわ」
「無論 つつしむさ」
「お正月になると又碁会がございましょう? 碁盤が三面あって石が二組しかなければ、あなたは又 屹度きっと一等賞になって百円ぐらいの碁石を貰っておいでになりますわ。私、それが怖かったのでございます」
「もう大丈夫だ。買いたければ相談する。俺の道楽は碁と盆栽けだ。通帳を見せなくても案じることはない。他の方面はすこぶかたいんだからね」
「安心していますわ。あなたみたいな人を誰がうするもんですか」
 と夫人あつく信任していた。
「散々だね。褒められたんだかけなされたんだか分らない」
 と恐悦して、鳥居氏は、
「お茶の一杯も入れないか? 夫婦喧嘩は喉がかわく」
「お草臥くたびれなら水を入れて差上げますわ。オホヽヽヽ」
 と夫人はプログラムの終りに達した。
(大正十五年二月、面白倶楽部)



底本:「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短編」講談社
   1975(昭和50)年12月20日第1刷
初出:「面白倶楽部」
   1926(大正15)年2月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:POKEPEEK2011
2015年8月2日作成
2020年5月10日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
----- (以下、シン文庫 追記) -----
関係者の皆様、大変ありがとうございました。感謝致します。
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