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瓶詰びんづめ地獄
夢野久作


 拝呈 時下益々御清栄、奉慶賀候けいがたてまつりそうろう陳者のぶればかねてより御通達の、潮流研究用とおぼしき、赤封蝋ふうろう附きの麦酒ビール瓶、拾得次第届告とどけつげ仕る様、島民一般に申渡置候処もうしわたしおきそうろうところ、此程、本島南岸に、別小包の如き、樹脂封蝋附きの麦酒ビール瓶が三個漂着致し居るを発見、届出申候とどけいでもうしそうろう。右はいずれも約半里、乃至ないし、一里余を隔てたる個所に、或は砂に埋もれ、又は岩の隙間に固く挟まれ居りたるものにて、よほど以前に漂着致したるものらしく、中味も、御高示の如き、官製端書はがきとは相見えず、雑記帳の破片様のものらしく候為め、御下命の如き漂着の時日等の記入は不可能と被為存候ぞんぜられそうろう。然れ共、なお何かの御参考と存じ、三個とも封瓶のまま、村費にて御送附申上候間もうしあげそうろうあいだ何卒なにとぞ御落手相願度あいねがいたく、此段得貴意候きいをえそうろう 敬具
    月   日
××島村役場㊞
 海洋研究所 御中


【現代語訳】
拝啓
時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。

さて、かねてよりご通達のありました、潮流研究用と思われる赤い封蝋ふうろう付きのビール瓶について、「拾得次第届け出るように」と島民全体に通知しておいたところ、このたび、本島南岸に、別の小包のような様子をした、樹脂封蝋付きのビール瓶が3本漂着しているのを発見し、届け出いたします。

これらはすべて、おおよそ半里約2Kmから一里約4Km余り離れた場所にあり、あるものは砂に埋もれ、あるものは岩の隙間に固く挟まっていたもので、かなり以前に漂着したもののように見受けられます。

中身も、ご指示のとおりの官製はがきのようなものとは異なり、雑記帳の切れ端のようなものに見えるため、ご命令どおりに漂着日時などを記入することはできませんでした。

とはいえ、何かの参考になるかと考え、3本とも封をしたまま、村の費用でお送り申し上げますので、なにとぞお受け取りいただけますようお願い申し上げます。

以上、取り急ぎご報告いたします。

敬具

【要約】
島の南岸に樹脂封のビール瓶が3本漂着しているのを見つけた。中身は指示されたものとは異なるが、研究の参考になるかもしれないので、村の費用で送付した。ご確認願いたい。


 ◇第一の瓶の内容

 ああ………この離れ島に、救いの舟がとうとう来ました。
 大きな二本のエントツの舟から、ボートが二そう、荒浪の上におろされました。舟の上から、それを見送っている人々の中にまじって、たちのお父さまや、お母さまと思われる、なつかしいお姿が見えます。そうして……おお……たちの方に向って、白いハンカチを振って下さるのが、ここからよくわかります。
 お父さまや、お母さまたちはきっと、たちが一番はじめに出した、ビール瓶の手紙を御覧になって、助けに来て下すったに違いありませぬ。
[] 夢野久作-瓶詰地獄(1 / 9)
 大きな船から真白い煙が出て、今助けに行くぞ……というように、高い高い笛の音が聞こえて来ました。その音が、この小さな島の中の、禽鳥とり昆虫むしを一時に飛び立たせて、遠い海中わだなかに消えて行きました。
 けれども、それは、たち二人にとって、最後の審判の日のらっぱよりも怖ろしいひびきで御座いました。たちの前で天と地が裂けて、神様のお眼の光りと、地獄の火炎ほのお一時いっときひらめき出たように思われました。
 ああ。手がふるえて、心が倉皇あわてて書かれませぬ。涙で眼が見えなくなります。
 たち二人は、今から、あの大きな船の真正面に在る高い崖の上に登って、お父様や、お母様や、救いに来て下さる水夫さん達によく見えるように、シッカリと抱き合ったまま、深い淵の中に身を投げて死にます。そうしたら、いつも、あそこに泳いでいるフカが、間もなく、たちを食べてしまってくれるでしょう。そうして、あとには、この手紙を詰めたビール瓶が一本浮いているのを、ボートに乗っている人々が見つけて、拾い上げて下さるでしょう。
 ああ。お父様お母様。すみません。すみません、すみません、すみません。たちは初めから、あなた方の愛子いとしごでなかったと思って諦らめて下さいませ。
 又、せっかく、遠い故郷ふるさとから、たち二人を、わざわざ助けに来て下すった皆様の御親切に対しても、こんなことをするたち二人はホントにホントに済みません。どうぞどうぞおゆるし下さい。そうして、お父様と、お母様いだかれて、人間の世界へ帰る、喜びの時が来ると同時に、死んで行かねばならぬ、不倖ふしあわせたちの運命を、お矜恤あわれみ下さいませ。
 たちは、こうしてたちの肉体と霊魂たましいを罰せねば、犯した罪の報償つぐのいが出来ないのです。この離れ島の中で、たち二人が犯した、それはそれは恐ろしい悖戻よこしま報責むくいなのです。
 どうぞ、これより以上うえ懺悔ざんげすることを、おゆるし下さい。たち二人はフカの餌食になる価打ねうちしか無い、狂妄しれものだったのですから……。
[] 夢野久作-瓶詰地獄(2 / 9)
 ああ。さようなら。

 神様からも人間からも救われ得ぬ
        かなしき二人より
お父様
お母様
皆々様


 ◇第二の瓶の内容

 ああ。隠微かくれたるにたまう神様よ【人の隠れた心の奥までもお見通しの神よ】。
 この困難くるしみから救わるる道は、が死ぬよりほかに、どうしても無いので御座いましょうか。
 たちが、神様の足凳あしだい【踏み台】と呼んでいる、あの高い崖の上にがたった一人で登って、いつも二、三匹のフカが遊び泳いでいる、あの底なしの淵の中を、のぞいてみた事は、今までに何度あったかわかりませぬ。そこから今にも身を投げようと思ったことも、いくたびであったか知れませぬ。けれども、そのたんびに、あの憐憫あわれアヤ子の事を思い出しては、霊魂たましい滅亡ほろぼす深いため息をしいしい、岩の圭角かどを降りて来るのでした。が死にましたならば、あとから、きっと、アヤ子も身を投げるであろうことが、わかり切っているからでした。

       *

 と、アヤ子の二人が、あのボートの上で、附添いの乳母ばあや夫妻や、センチョーサンや、ウンテンシュさん達を、波にさらわれたまま、この小さな離れ島にながれついてから、もう何年になりましょうか。この島は年中夏のようで、クリスマスもお正月も、よくわかりませぬが、もう十年ぐらい経っているように思います。
 その時に、たちが持っていたものは、一本のエンピツと、ナイフと、一冊のノートブックと、一個のムシメガネと、水を入れた三本のビール瓶と、小さな新約聖書バイブルが一冊と……それだけでした。
 けれども、たちは幸福しあわせでした。
 この小さな、緑色に繁茂しげり栄えた島の中には、まれに居る大きなありのほかに、たちを憂患なやます【悩ます】とり【鳥】、けもの昆虫はうものは一匹も居ませんでした。そうして、その時、十一歳であったと、七ツになったばかりのアヤ子と二人のために、余るほどの豊饒ゆたかな食物が、みちみちておりました。キュウカンチョウだの鸚鵡おうむだの、絵でしか見たことのないゴクラク鳥だの、見たことも聞いたこともない華麗はなやかな蝶だのが居りました。おいしいヤシの実だの、パイナプルだの、バナナだの、赤と紫の大きな花だの、香気かおりのいい草だの、又は、大きい、小さい鳥の卵だのが、一年中、どこかにありました。
[] 夢野久作-瓶詰地獄(3 / 9)
鳥や魚なぞは、棒切れでたたくと、何ほどでも取れました。
 たちは、そんなものを集めて来ると、ムシメガネで、天日てんぴを枯れ草に取って、流れ木に燃やしつけて、焼いて食べました。
 そのうちに島の東に在る岬といわの間から、キレイな泉が潮の引いた時だけいているのを見付けましたから、その近くの砂浜の岩の間に、壊れたボートで小舎こやを作って、柔らかい枯れ草を集めて、アヤ子と二人で寝られるようにしました。それから小舎こやのすぐ横の岩の横腹を、ボートの古釘で四角に掘って、小さな倉庫くらみたようなものを作りました。しまいには、外衣うわぎ裏衣したぎも、雨や、風や、岩角に破られてしまって、二人ともホントのヤバン人のように裸体はだかになってしまいましたが、それでも朝と晩には、キット二人で、あの神様の足凳あしだいの崖に登って、聖書バイブルを読んで、お父様お母様のためにお祈りをしました。
 たちは、それから、お父様お母様にお手紙を書いて大切なビール瓶の中の一本に入れて、シッカリと樹脂やにで封じて、二人で何遍も何遍も接吻くちづけをしてから海の中に投げ込みました。そのビール瓶は、この島のまわりをめぐる、うしおの流れに連れられて、ズンズンと海中わだなか遠く出て行って、二度とこの島に帰って来ませんでした。たちはそれから、誰かが助けに来て下さる目標めじるしになるように、神様の足凳あしだいの一番高い処へ、長い棒切れをてて、いつも何かしら、青い木の葉を吊しておくようにしました。
 たちは時々争論いさかいをしました。けれどもすぐに和平なかなおりをして、学校ゴツコや何かをするのでした。はよくアヤ子を生徒にして、聖書の言葉や、字の書き方を教えてやりました。そうして二人とも、聖書を、神様とも、お父様とも、お母様とも、先生とも思って、ムシメガネや、ビール瓶よりもズット大切にして、岩の穴の一番高い棚の上に上げておきました。たちは、ホントに幸福しあわせで、平安やすらかでした。この島は天国のようでした。

       *

 かような離れ島の中の、たった二人切りの幸福しあわせの中に、恐ろしい悪魔が忍び込んで来ようと、どうして思われましょう。
 けれども、それは、ホントウに忍び込んで来たに違いないのでした。
 それはいつからとも、わかりませんが、月日のつのにつれて、アヤ子の肉体が、奇跡のように美しく、麗沢つややかそだって行くのが、アリアリとの眼に見えて来ました。
[] 夢野久作-瓶詰地獄(4 / 9)
ある時は花の精のようにまぶしく、又、ある時は悪魔のようになやましく……そうしてはそれを見ていると、何故かわからずに思念おもい曚昧くらく、哀しくなって来るのでした。
お兄さま…………
 とアヤ子が叫びながら、何の罪穢けがれもないを輝かして、の肩へ飛び付いて来るたんびに、の胸が今までとは まるで違った気もちでワクワクするのが、わかって来ました。そうして、その一度一度ごとに、の心は沈淪ほろび患難なやみわたされるかのように、畏懼おそれ、ふるえるのでした。
 けれども、そのうちにアヤ子の方も、いつとなく態度ようすがかわって来ました。やはりと同じように、今までとは まるで違った…………もっともっとなつかしい、涙にうるんだ眼でを見るようになりました。そうして、それにつれて何となく、身体からださわるのが恥かしいような、悲しいような気もちがするらしく見えて来ました。
 二人はちっとも争論いさかいをしなくなりました。その代り、何となく憂容うれいがおをして、時々ソッと嘆息ためいきをするようになりました。それは、二人切りでこの離れ島に居るのが、何ともいいようのないくらい、なやましく、嬉しく、淋しくなって来たからでした。そればかりでなく、お互いに顔を見合っているうちに、眼の前が見る見る死蔭かげのように暗くなって来ます。そうして神様のお啓示しめしか、悪魔の戯弄からかいか わからないままに、ドキンと、胸がとどろくと一緒にハッとわれに帰るような事が、一日のうち何度となくあるようになりました。
 二人は互いに、こうした二人の心をハッキリと知り合っていながら、神様の責罰いましめを恐れて、口に出し得ずにいるのでした。万一もし、そんな事をし出かしたアトで、救いの舟が来たらどうしよう…………という心配に打たれていることが、何にも言わないまんまに、二人同志の心によくわかっているのでした。
 けれども、或る静かに晴れ渡った午後の事、ウミガメの卵を焼いて食べたあとで、二人が砂原に足を投げ出して、はるかの海の上をすべって行く白い雲を見つめているうちにアヤ子はフイと、こんな事を言い出しました。
ネエ。お兄様。あたし達二人のうち一人が、もし病気になって死んだら、あとは、どうしたらいいでしょうネエ」 そう言ううちアヤ子は、かおを真赤にしてうつむきまして、涙をホロホロと焼け砂の上に落しながら、何ともいえない、悲しい笑い顔をして見せました。
[] 夢野久作-瓶詰地獄(5 / 9)

       *

 その時にが、どんな顔をしたか、は知りませぬ。ただ死ぬ程息苦しくなって、張り裂けるほど胸がとどろいて、おしのように何の返事もし得ないまま立ち上りますと、ソロソロとアヤ子から離れて行きました。そうしてあの神様の足凳あしだいの上に来て、頭をむしり掻き挘りひれ伏しました。
ああ。天にまします神様よ。
 アヤ子は何も知りませぬ。ですから、あんな事をに言ったのです。どうぞ、あの処女むすめを罰しないで下さい。そうして、いつまでもいつまでも清浄きよらかにお守り下さいませ。そうしても…………。
 ああ。けれども…………けれども…………。
 ああ神様よ。はどうしたら、いいのでしょう。どうしたらこの患難なやみから救われるのでしょう。が生きておりますのはアヤ子のためにこの上もない罪悪つみです。けれどもが死にましたならば、尚更なおさら深い、悲しみと、苦しみをアヤ子に与えることになります、ああ、どうしたらいいでしょうは…………。
 おお神様よ…………。
 髪毛かみのけは砂にまみれ、の腹は岩に押しつけられております。もしの死にたいお願いが聖意みこころにかないましたならば、只今すぐに生命いのちを、燃ゆる閃電いなずまにおわたし下さいませ。
 ああ。隠微かくれたるに鑒給みたまう神様よ。どうぞどうぞ聖名みなあがめさせ給え。み休徴しるしを地上にあらわし給え…………

 けれども神様は、何のお示しも、なさいませんでした。藍色の空には、白く光る雲が、糸のように流れているばかり…………崖の下には、真青まっさおく、真白く渦捲うずまきどよめく波の間を、遊び戯れているフカの尻尾しっぽやヒレが、時々ヒラヒラと見えているだけです。
[] 夢野久作-瓶詰地獄(6 / 9)
 その青澄あおずんだ、底無しの深淵ふちを、いつまでもいつまでも見つめているうちに、の目は、いつとなくグルグルと、眩暈くるめき初めました。思わずヨロヨロとよろめいて、漂い砕くる波の泡の中に落ち込みそうになりましたが、やっとの思いで崖の端に踏み止まりました。…………と思う間もなくは崖の上の一番高い処まで一跳びに引き返しました。その絶頂に立っておりました棒切れと、その先端さきに結びつけてあるヤシの枯れ葉を、一思ひとおもいに引きたおして、眼の下はるかの淵に投げ込んでしまいました。
もう大丈夫だ。こうしておけば、救いの船が来ても通り過ぎて行くだろう」 こう考えて、何かしらゲラゲラと嘲り笑いながら、残狼おおかみのように崖を馳け降りて、小舎こやの中へ馳け込みますと、詩篇の処を開いてあった聖書を取り上げて、ウミガメの卵を焼いた火の残りの上に載せ、上から枯れ草を投げかけて焔を吹き立てました。そうして声のある限り、アヤ子の名を呼びながら、砂浜の方へ馳け出して、そこいらを見まわしました…………が…………。
 見るとアヤ子は、はるかに海の中に突き出ている岬の大磐おおいわの上にひざまずいて、大空を仰ぎながらお祈りをしているようです。

       *

 は二足三足うしろへ、よろめきました。荒浪に取り捲かれた紫色の大磐おおいわの上に、夕日を受けて血のように輝いている処女おとめの背中の神々こうごうしさ…………。
 ズンズンとうしおが高まって来て、膝の下の海藻かいそうを洗い漂わしているのも心付かずに、黄金色こがねいろ滝浪たきなみを浴びながら一心に祈っている、その姿の崇高けだかさ…………まぶしさ…………。
 身体からだを石のようにこわばらせながら、しばらくの間、ボンヤリと眼をみはっておりました。けれども、そのうちにフイッと、そうしているアヤ子の決心がわかりますと、はハッとして飛び上がりました。夢中になって馳け出して、貝殻かいがらばかりの岩の上を、傷だらけになってすべりながら、岬の大磐おおいわの上に這い上りました。キチガイのようにれ狂い、さけアヤ子を、両腕にシッカリとかかえて、身体からだ中血だらけになって、やっとの思いで、小舎こやの処へ帰って来ました。
 けれどもたちの小舎こやは、もうそこにはありませんでした。聖書や枯れ草と一緒に、白い煙となって、青空のはるか向うに消え失せてしまっているのでした。
[] 夢野久作-瓶詰地獄(7 / 9)

       *

 それからのちたち二人は、肉体からだ霊魂たましいも、ホントウの幽暗くらやみい出されて、夜となく、昼となく哀哭かなしみ、切歯はがみしなければ ならなくなりました。そうしてお互い相抱き、なぐさめ、励まし、祈り、悲しみ合うことは愚か、同じ処に寝る事さえも出来ない気もちになってしまったのでした。
 それは、おおかた、が聖書を焼いた罰なのでしょう。
 夜になると星の光りや、浪の音や、虫の声や、風の葉ずれや、木の実の落ちる音が、一ツ一ツに聖書の言葉をささやきながら、たち二人を取り巻いて、一歩一歩と近づいて来るように思われるのでした。そうして身動き一つ出来ず、微睡まどろむことも出来ないままに、離れ離れになってもだえているたち二人の心を、窺視うかがいに来るかのように物怖ろしいのでした。
 こうして長い長い夜が明けますと、今度は同じように長い長い昼が来ます。そうするとこの島の中に照る太陽も、唄う鸚鵡おうむも、舞う極楽鳥も、玉虫も、蛾も、ヤシも、パイナプルも、花の色も、草の芳香かおりも、海も、雲も、風も、虹も、みんなアヤ子の、まぶしい姿や、息苦しい肌のとゴッチャになって、グルグルグルグルと渦巻き輝やきながら、四方八方からを包み殺そうとして、襲いかかって来るように思われるのです。その中から、とおんなじ苦しみにとらわれているアヤ子の、なやましいが、神様のような悲しみと悪魔のようなホホエミとを別々にめて、いつまでもいつまでもを、ジイッと見つめているのです。

       *

 鉛筆が無くなりかけていますから、もうあまり長く書かれません。
 は、これだけの虐遇なやみ迫害くるしみに会いながら、なおも神様の禁責いましめを恐れているたちのまごころを、この瓶に封じこめて、海に投げ込もうと思っているのです。
 明日あしたにも悪魔の誘惑いざないに負けるような事がありませぬうちに…………。
 せめて二人の肉体からだだけでも清浄きよらかでおりますうちに……。

       *

 ああ神様…………たち二人は、こんな苛責くるしみに会いながら、病気一つせずに、日にし丸々と肥って、康強すこやかに、美しくそだって行くのです、この島の清らかな風と、水と、豊穣ゆたか食物かてと、美しい、楽しい、花と鳥とに護られて…………。
 ああ。何という恐ろしい責め苦でしょう。この美しい、楽しい島はもうスッカリ地獄です。
 神様、神様。あなたはなぜたち二人を、一思いに屠殺ころして下さらないのですか…………。
――太郎記す………

 ◇第三の瓶の内容

 オ父サマ。
[] 夢野久作-瓶詰地獄(8 / 9)
オ母サマ。ボクタチ兄ダイハ、ナカヨク、タッシャニ、コノシマニ、クラシテイマス。ハヤク、タスケニ、キテクダサイ。
市川 太郎
イチカワ アヤコ



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底本:「夢野久作怪奇幻想傑作選 あやかしの鼓」角川ホラー文庫、角川書店
   1998(平成10)年4月10日初版発行
初出:「猟奇」
   1928(昭和3)年10月
入力:林裕司
校正:浜野智
1998年11月10日公開
2019年4月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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大変ありがとうございました。感謝致します。(シン文庫追記)
[] 夢野久作-瓶詰地獄(9 / 9)