投稿へ 戻る

さなづら

/ 秋田県の名物お土産
  • Currently 0/5
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
Rating: 0/5 (0 votes cast)

コメント :投稿数 (3)

漫画「釣りキチ三平」作者 矢口高雄さん死去

秋田県西成瀬村(現・横手市)生まれ。高校卒業後、地元の銀行に就職し、銀行員をしながら漫画誌に投稿した。

1969年、「長持唄考」が「月刊ガロ」に初入選。70年に銀行を退職して漫画家に転身、「鮎」でプロデビューした。

 同年、「週刊少年マガジン」(講談社)に自らの自然体験をいかした「釣りキチ三平」の連載を開始。釣りに天性の才能を持つ少年、三平三平(みひらさんぺい)がさまざまな工夫をこらして巨大魚や幻の魚に挑戦する物語は釣りブームを巻き起こし、74年に講談社出版文化賞(児童まんが部門)を受賞。

https://mainichi.jp/articles/20201126/ddp/041/060/015000c

([3] 投稿者 Anonymous さん : 2020年11月26日)

秋田市 菓子舗榮太楼 大鵬、東海林太郎との縁 オリジナル銘菓主軸に


大町店では、なまはげをモチーフにした「赤まん・青まん」が目立つ場所に置かれている=秋田市
 秋田の菓子舗榮太楼は創業134年、東京・日本橋の老舗菓子舗、榮太樓總本鋪の「遠縁」にあたる。

 始まりは明治16(1883)年、初代の高橋長左衛門が秋田産のフキの砂糖漬けを売り出したこと。場所は現在、基幹店の大町店がある秋田市中心部を流れる旭川のそば。「榮太樓總本鋪も東京の日本橋川のそばにある。そんな縁で初代が『榮太楼』を名乗らせていただけるよう頼んだそうです」と7代目の小国輝也社長(54)。ただし経営は全く別。秋田県産のヤマブドウ果汁を使ったゼリー「さなづら」など、扱う菓子は全てオリジナル商品だ。

 小国家がのれんを引き継いで以降、順調に事業を拡大するが、太平洋戦争の統制で菓子製造中止を余儀なくされる。経営多角化のため戦後、小国家の別荘だった屋敷を改装した「旅館榮太楼」を開業する。再開した菓子づくりとともに事業を切り盛りしたのが、輝也社長の祖母で、「秋田三大女傑」の一人といわれたキセだった。「さなづら」を昭和天皇にお買い上げいただく名誉も得た。

 旅館榮太楼は大相撲巡業の宿舎としても使われた。横綱大鵬(1940~2013年)が宿泊、輝也社長の姉、芳子さん(70)を見初めて結婚が決まる。「祖母は姉に後を継がせたかったようですが、僕になりました」と輝也社長。

http://www.sankei.com/life/news/171030/lif1710300001-n1.html

([2] 投稿者 Anonymous さん : 2017年10月31日)

今年の夏、乳頭温泉に立ち寄った帰りにお土産をと思い、何気に立ち寄ったところで試食したさなづら、そのなんとも言えない甘ずっぱさ、うまい・・・  久しぶりに美味いものを食べたような気がした。日持ちはするし、お土産にするには最適ではないかな・・・

([1] 投稿者 戸田光一 さん : 2006年10月13日)

page: 1

コメントしてください
実際に体験した感想や、新しい情報等がありましたら、ぜひ投稿してください。 ※Help




トラックバック

現在トラックバックは受け付けておりません



©全国の名物 - クチコミLOG